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Lady Gaga " You and I" PV

アルバム『Born This Way』からの4thシングルとなる『You and I』のPVが公開されました。正直、『Edge of Glory』のような感じじゃないの?と思っていた方も多いと思いますが、いい意味で予想を裏切る、素敵な映像になっていました。

Lady Gaga

 アルバム『Born This Way』からの4thシングルとなる『You and I』のPVが公開されました。『You and I』は正直、ガガがこれまで発表してきた曲のなかでも最もシンプルなカントリー調のバラード(ゲイ的にはあまりピンとこない感じの曲)で、この前の『Edge of Glory』がそうだったように、PVもあまり期待されてなかったのでは?と思われます。が、いい意味で予想を裏切るような、素敵な映像が届けられました。

 土埃の舞うアメリカの田舎道におよそ似つかわしくない、とんでもなく大きな帽子やサングラス、歩きづらそうなヒール、まるでサイボーグのようなメタリックな装飾という最新モードないでたちで登場したガガ(その不釣り合い感は、まるで岩山をヒールで登る『プリシラ』のドラァグクイーンたちのようです)。遠くから(ニューヨークから)歩いてきたと見えて足は血だらけ。ちょっとホラーなアイスクリーム屋からアイスを買ったりします。
 そして、トウモロコシ畑の真ん中で、ノーメイクでキャミソール一枚(少女時代)のガガがピアノを弾き、ジョー・カルデローネ(男装のガガ)といっしょに思春期チックなワンシーンを楽しみます。
 一方、畑の中にある倉庫では、まるで実験室のような、人造人間製造工場のような(?)雰囲気のなか、台に縛り付けられたガガが、何かを飲まされたり電気ショックを与えられたり。はたまた、水槽の中でホルマリン漬けにされたり、バスタブの中で人魚になったりしながら、マッチョな男と愛しあうのです(ウェディングのシーンもフラッシュバックします)
 
 『You and I』というカントリー調のバラードにふさわしい、映画『フィールド・オブ・ドリームス』を彷彿とさせる(アメリカ人の原風景のような)トウモロコシ畑のなかのロマンチックなシーンと、およそそうしたイメージとはかけ離れたファンタジックなシーンが交錯する今回のPVは、おそらく大きな支持を得ることと思います。
 なぜなら、誰もが恋愛を経験するなかで感じてきたこと…燃え上がるような情熱、あふれる悦び、ただいっしょにいる時間の満ち足りた幸福感、そして、傷つけられ、怯え、囚われ、喪失感に苛まれ…そうした恋にまつわる記憶や感情を喚起させる表象(イメージ)に満ちあふれているからです。
 このPVは、ニューヨークからネブラスカまで歩き通して愛する人を取り戻すというストーリーなのだそうですが、こういうふうに解釈することもできると思います。多感な思春期の時代を田舎で過ごした女の子が、都会に出て、子どもの頃には想像もできなかったようなメカニカルでフェイクでケミカルな恋愛を経験し、ひどく衝撃を受けたり、傷ついたりした…けど、彼女は、傷ついた心をサイボーグのように修復し、ゴージャスなファッションという鎧を身に纏い、一時の癒しを求めて田舎に帰って来るのです。大きなサングラスを外した彼女の顔は、あの純粋無垢だった頃のまま。そして彼女は、トウモロコシ畑を走り回った(その走り方の不器用さがたまらなくイイのです)少女時代と同じように、土埃の舞う田舎道を駆けて行くのです…
 正直、音楽だけではそこまでの感動はなかったと思いますが、この映像が誰もが胸の奥に秘めている「恋のせつなさ」「失われた純粋無垢さ」といったイメージをかきたててくれたおかげで、泣けるような名曲へと昇華した気がします。
 『You and I』という曲は、ガガが長年つきあってきた(くっついたり離れたりしてきた、いわば腐れ縁な)リュック・カールに捧げられたもので、歌詞に彼の故郷であるネブラスカが歌い込まれ(PVで描かれているのもおそらくネブラスカの田舎の風景です)、いわば私小説的な歌なのですが、ハウス・オブ・ガガ(ガガお抱えのファッション集団)が監督したこのPVは、ガガ・ワールド全開にして普遍的な恋愛絵巻になっているのです。
 
 そしてこのPV、ガガらしいファッションや人魚のイメージ(マドンナの『Cherish』のPVや、ベット・ミドラーのライブを彷彿とさせます)も素敵なのですが、やはり注目すべきは、ジャケ写にもなっているガガの男装姿(ジョー・カルデローネ)でしょう。男性としてのガガは、トウモロコシ畑の真ん中で、少女としてのガガとキスします。それは思春期の頃の性のありようについての精神分析的な考察としてもたいへん興味深い表現だと思いますし、ジェンダー論的にも意味があるはずです。ガガの男装は、アメリカのニュースでも「DRAG KING」と語られていたように、単にボーイッシュなスタイルにしてみたというレベルではない、これまでガガがまるでドラァグクイーンのようにパフォーマンスしてきたことの延長線上にある、ジェンダー(男制/女制)を超越しようとする企図、ゲイカルチャーと同様のクィアな(キャンプな)精神を感じさせるのです。
(後藤純一)