COLUMN
トークイベント「RUSHをめぐる最前線」で浮き彫りになった厳罰主義施策の理不尽さ
9月30日に二丁目の「Dragon Men」でトークイベント「RUSHをめぐる最前線」が開催されました。RUSHを入手しようとすることで今どのようにシリアスな現実に直面するのかということ、その有害性の低さと全く比例していない厳罰の不当さに対して声を上げはじめた方がいるということ、その意義などについて、お伝えします。
2018年9月30日(日)14時〜、二丁目の「Dragon Men」でトークイベント「RUSHをめぐる最前線」が開催されました。現状、RUSHは個人輸入であっても厳罰に処されるようになってしまったということ、一方、その厳罰化自体がおかしいと声を上げはじめた(裁判を起こした)方もいらっしゃるということがわかりました。RUSH自体はほとんど有害性はないにもかかわらず、それを買おうとすることで社会的制裁を受ける(不当に重い処分を受ける)という不条理について、また、そうして傷ついてしまった方たちを支援するコミュニティの素晴らしさや、不当と声を上げる裁判の意義について、お伝えします。(後藤純一)
トークイベント「RUSHをめぐる最前線」
2018年9月30日(日)、二丁目の「Dragon Men」には、台風が近づくなか、二丁目でお店をやっている方、クラブで遊んでるような方、活動家の方などいろんな方が本当にたくさん詰めかけ、熱気を感じさせました。
司会を務めてくださったのは、塚本堅一さん(元NHKアナウンサー)でした。2016年1月に、RUSHの所持および製造違反で逮捕された方です。NHKアナウンサーがRUSHで逮捕!と世間で騒がれたので、記憶している方もいらっしゃるかもしれません。塚本さんはNHKを懲戒免職になり、鬱を患い、リハビリ施設に入ったり、という苦労をしてきたそうですが、ぷれいす東京の生島さんたち(ラッシュ(RUSH)の規制を考える会のメンバー)にお声かけをいただいて、今回、この大役を務めることを決意されたそうです(拍手!)。さすがは元アナウンサー、という、美声&イケメンっぷりでした。
最初に、ぷれいす東京の生島さんから、基調講演的なお話がありました。
亜硝酸イソブチル=RUSH(英語ではPopper)は、血管拡張作用があり、吸引してしばらくの間、頭がカーっと血が上ったようになり、括約筋を弛緩させる作用があると言われ、アナルセックスの際によく使用されていました(若い方は知らないかもしれませんが、ルミエールなどのショップで普通に販売されていました)
2005年、薬事法で販売が規制されるようになりました(所持や使用はお咎めなし)
2006年、指定薬物※に指定され、違法薬物とみなされることに(同上)
2014年、指定薬物の罰則が強化され、所持や使用も禁止されることに
2015年、指定薬物は関税法上の輸入を禁止されることに(販売目的の大量輸入のみならず、個人輸入でも逮捕されることに)
2015年くらいの脱法ドラッグ騒ぎの中で、厚労省は、指定薬物への指定(罰則の強化)などについて、従来、審議会から施行まで約4ヶ月かかるような手続きだったものを、パブリックコメントも省略し、2週間で行うようにしました。
2015年、(おそらく個人輸入でも逮捕されるなんて知らなかった方がほとんどだと思われますが)指定薬物の輸入で関税法違反とされた事件が年間1462件だったうちの9割がRUSHで(おそらくそのほとんどがゲイ・バイセクシュアル男性の方)、2016年は年間477件のうちの7割がRUSHでした。
ぷれいす東京は、HIVだけでなく薬物関連の相談を受けることが多くなったため、セクシュアルヘルスやメンタルヘルス(薬物使用を含む)に関する情報を発信するLASHというWebサイトを立ち上げ、薬物使用についてオンライン調査を実施し(7587人が回答)、初めてのドラッグ使用の多くが10代20代の時期で、「相手に誘われて使用した」または「自分の同意がないまま摂取してた」人が多いということ、使ったことがあるのはダントツでRUSHが多く、ついで勃起薬であるということ、使う理由は、快感を高める、現実からの逃避、などであることがわかりました(詳細はLASHonlineをご覧ください)
※指定薬物:新たに作られたり輸入されたりして世の中に出回るようになった危険ドラッグは、無承認医薬品として輸入・製造・販売等が禁止されますが、指定薬物に指定されると、所持や使用も禁止され、最高で5年以下の懲役および500万円以下の罰金刑が課されます。指定薬物は「医薬品医療機器法」による規制ですが、さらに麻薬に指定されると「麻薬および向精神薬取締法」の対象となり、懲役3年以上の厳罰が課されることとなります。
続いて、日本薬物政策アドボカシーネットワークの古藤吾郎さんがお話しました。
薬物への対処法としては、アジアは厳罰主義となる傾向があるが、欧米は福祉や健康に重点を置いているとのことで、日本薬物政策アドボカシーネットワークでは、国際的なネットワークの中で考えていきたい、とおっしゃっていました。
RUSHについて言うと、日本以外で使用・所持で逮捕される国は聞いたことがない、とのことでした。例えば台湾では、販売は規制されているが、実際はいくらでも使えるし、逮捕者もいない。ソウルでは、オーストラリア人が逮捕されたケースがありましたが、人体にほとんど影響がないという英国の研究結果を示したところ、無罪となったそうです。英国でも2016年に規制の動きがありましたが、保守党のゲイの議員が、自分もよく使っているが、何の問題があるのか、バカバカしいと発言し、なくなりました。オーストラリアでは今まさに規制のしようかという動きが、ゲイコミュニティでは反対の運動が沸き起こっています。
50年前にドラッグ規制をめぐる国連麻薬に関する単一条約が締結され、薬物との「戦争」が始まりましたが、逆に問題が多くなり、質の悪い麻薬が出回るようになり、失敗している。もっと健康や福祉の観点から、罰することなく、オープンにして、治療につなげていくこと、そうすれば薬物使用も減らせるし、HIV感染も減るということがわかってきました。今も議論の最中です。
2007年には英国で、いろんな薬物の有害性を調査したランキングが発表されました。20の薬物のうち、アルコールが5位、タバコが9位、そしてRUSHは19位でした。このデータは、有害性と、規制の重さとが比例していないということの実態を浮き彫りにしています。
それから、Dragon MenのマスターであるKENさんが登場しました。
こちらとこちらにインタビュー動画も載っていますが、KENさんは2016年3月に156本のRUSHを所持していた(元彼さんがロンドンから箱買いしたのを運悪くお店に置いておいた)ことで逮捕されました。KENさんの「妹分」に当たる方が先に所持で逮捕され、LINEの履歴からKENさんのこともバレたんだそうです。かわいそうなことに、ゲイだということで他の人たちと引き離すために独居房に入れられ、66日間も拘留されました。KENさんは「あんなつらい思いをしたことはない」と語ります。知的障害がある実の妹さんが面会に来て「私が代わってあげたい」と言い、思わず涙が溢れたそうです。取り調べに際して、刑事さんに自身の不遇な生い立ちを涙ながらに語ったりして情に訴え、執行猶予がついた(実刑を免れた)とのことでした。
それから、司会の塚本さんが、自身のことを語りました(時々、涙を堪えながら…)
塚本さんは13年間、NHKのアナウンサーを務めていて、地方局にも配属されていましたが、東京に来て1年目で、渋谷のNHKに警察官がドカドカやって来るという騒ぎになり、懲戒免職となりました。
逮捕の経緯は、たまたまRUSHに似たものを作るためのキットを販売するサイトを見つけて、出来上がったものがRUSHに似た何かである(亜硝酸イソブチルではない)ならば、それは指定薬物には該当しないに違いないと思い、購入し、作ってみたそうで、その際に、本名でメールのやりとりをしていたことから、検挙につながった、とのことです。
留置場での塚本さんは幸い、相部屋で「話す人がいてよかった」そうです。しかし、夜は眠れず、(取り調べ以外)昼間は本を読むことで気を紛らわし、なんとか正気を保っていたそうです。
なぜ今、自身のことを公にすることにしたのか。塚本さんは切々と、思いを語り始めます。
出所してから、人ごみが怖くて、電車にも乗れなくなったといいます。「誰にどう謝ったらいいか、わからなかった」
1年経って、鬱を患い、外出できなくなりました。薬物依存の権威である松本俊彦先生(国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長)に相談したところ、施設を勧められ、薬物依存の仲間といっしょにプログラムを受け、並行して自助グループにも通い、とてもよかった、もう大丈夫かもと思えるくらい回復したそうです。「独りで抱え込んでいたものが大きすぎたんです」
今年の5月、施設でのリハビリが終わり、その頃に生島さんに声をかけていただいて、話す決意をしたそうです。
「何百人も逮捕されている方がいる。何人かでも、気づいて、難を逃れる人がいれば、という思いです。失うものは大きいです」
ヒデさんという覆面の方が登場し、個人輸入について無罪を主張して裁判中であることを語りました。
彼は2015年、ネットでRUSHについて検索するなかで、所持や使用も禁止になったということを知りましたが、しかし、関税法(個人輸入でも逮捕される)のことはわかりませんでした。2015年秋にネットで医薬品の輸入代行業者を通じて海外から買えることを知り、12月のクリスマスキャンペーンで一度買って、それは自宅に届きました。2回目も購入したところ、2016年1月に税関で引っかかり、違法な行為だったのかと思い、税関に連絡したら、検査結果を待つようにと言われました。そこで4ヶ所の法律事務所に相談したら、職場(役所)を辞めたほうがいいと言われたり、職場に知られないよう略式起訴にできると言われたりしました。同年5月、税関が家宅捜索に入り、2017年3月、警察に行く可能性があると連絡が入り、5月に警官が家に来て、連行され、職場にも伝わり、懲戒免職となりました。同年7月、起訴されましたが、生島さんに森野弁護士(府中青年の家事件を担当したことでも知られるアライ弁護士)を紹介されました。森野さんは、そもそも、有害性がほとんどないRUSHの輸入(未遂)で懲役や懲戒免職という処分を受けるのは、刑が重すぎる、とおっしゃって、お二人は、無罪を求めて闘うことを決意したそうです(同時に公務員懲戒免職処分の取消しも求めて審査請求し、現在も係争中です)
森野弁護士はこう語りました。
「RUSHというのは、依存性も全くないし、精神錯乱を起こした人もいない、指定薬物になっていること自体がおかしい。薬物として見たとき、中枢神経系への悪影響(有毒性)と保健衛生上の危害について麻薬レベルかどうか?というと、チョコレートやステロイドほどの依存性もないし、激辛食品ほども体に影響を与えない物質であり、とてもじゃないけど法律の介入が必要だとは言えない。ヒデさんは、とても真面目で品のいい、好感が持てる人物ですが、こんな方が、RUSHの個人輸入ごときで社会的に放逐されるというのは許されることなのか、という静かな怒りが湧いてきました。ですから、指定薬物になっていること自体がおかしい、と主張していくことを決意したのです」
最後に、パネリストのみなさんがステージに上がり、一言ずつご挨拶して、閉会となりました。
閉会後も残って、登壇者の方とお話したり、交流を深めることができました。
(なお、行ったことがある方も多いと思いますが、二丁目の「Dragon Men」は、まるで海外のバーのような雰囲気で楽しめるお店で、週末はたいへん賑わっています。来日して間もないゲイ・バイセクシュアル男性等に安全な居場所を提供するための「Not Alone Cafe東京」というイベントも開催されています)
RUSHをめぐる厳罰主義施策の理不尽さに声を上げていくことの意義
最初、生島さんからご案内をいただいた時、逮捕された方がそんなにたくさんいるの?とビックリしました。
みなさんのお話を聞いて、RUSHごときで、こんなにもつらい、悲惨な体験をした方たちがいたのか…と胸が痛む思いがしました。以前は当たり前に使われていたものが、わりと急激に規制されていって、しかし、個人輸入もダメになったことなどはほとんど知らされていなくて、逮捕者が激増したという現実があるということにも、やるせない気持ちにさせられました(いつの間に?という感じですよね。せめてaktaなどの機関を通じて警告を発してくれたら、もっと周知ができたかもしれないのに…という気持ち、そして、ゲイメディアに関わる人間として、認識の甘さというか、この問題にもっと敏感になっておけばよかったという後悔の念も生まれました…)
古藤さんや森野さんがお話していたように、RUSHは依存性もなく、人体への影響(有毒性)もとても低い、アルコールやタバコほども影響がない物質です。であるにもかかわらず、十分な審議もないまま、指定薬物に指定されてしまい、現状、個人輸入で逮捕され、職場を追われ、2ヶ月も拘留されたりするという厳罰が課されるようになっています。
そもそも麻薬や指定薬物の取り締まりが、人体への影響(有毒性)と保健衛生上の観点からのものなのであれば、RUSHをそこまで厳しく取り締まる意味はいったい何なのでしょうか…(東京メトロで「一度の使用で人生台無し」という広告が流れているそうですが、RUSHに関して言えば、台無しにしているものはいったい何なのでしょうか?)
もし、逮捕され、職を追われたことがきっかけで、鬱が重症化し、亡くなった方がいたとしたら…
そもそも指定薬物にするほどのものではないRUSHでそのような社会的制裁を受けるのは理不尽であると、弁護士さんが味方になって、声が上がりはじめているということに、大きな感銘を受けました。応援したいです。
二丁目のコミュニティやアライの方たちが(HIV陽性の方や、薬物依存の方などと同じように)このように、少しつまずいたかもしれないけどそれ以上に大きな代償を払い、苦しんでしまっている方たちを、見捨てずに、同じゲイの仲間として支援していることも、本当に素晴らしいと感じました。
もっと俯瞰して見ると、こういうことも言えるのではないかと思います。
日本のゲイシーンでは、かつて盛んに行われていたことがお上の規制によってできなくなった(自由が奪われた)ということがいくつかあります(ハッテン場の全裸デーとか)。RUSHもその一つですが、それに対して堂々と声を上げ、変えさせる(自由を取り戻す)ということは、ほとんどありませんでした。事がセックスにからむことだからかもしれません(日本社会は性に関して非常に保守的と言いますか、セックスフォビアを感じさせる部分が多々あります)
そういう意味で、今回のケース(裁判)は、ゲイセックスに関係のある事柄で、一方的に規制を甘んじて受け入れるのではなく、初めて、不当であると訴えるケースになったと考えられ、重要な意義を持っていると言えます。
こちらにも書いたように、日本がいつか、もっと性に関してオープンに、自由になったら、どんなに素敵だろう…と夢見るものです。
INDEX
- RUSH裁判のこれまでとこれから
- 同性婚訴訟の方たちによる院内集会が大盛況、涙なしには見られない熱い会になりました
- HIV予防施策について、世界の最前線の情報や2020東京大会での可能性について話し合うトークイベントが開催されました
- 社内制度づくりのその先へ−−「work with Pride 2019」に参加して感じたこと
- 2019年9月20日、神宮前交差点に「プライドハウス東京2019」がオープンしました
- 日本におけるPrEPの現状と、今後への期待
- LGBTと企業(3) 着実に企業のLGBT施策が進んだ2018年
- 『バディ』誌、25年の輝かしい歴史に幕 〜休刊に寄せて〜
- 杉田議員問題(5)TOKYO LOVE PARADE
- トークイベント「RUSHをめぐる最前線」で浮き彫りになった厳罰主義施策の理不尽さ
- 杉田議員問題(4)『新潮45』10月号のこと
- 杉田議員問題(3)この1ヶ月余の動きを振り返って
- 杉田議員問題(2)「日本のストーンウォール」となった抗議集会
- 杉田議員問題について
- レポート:第2回レインボー国会
- レポート:シンポジウム「同性国際カップルの在留資格をめぐって」
- LGBTと企業(2) 2017年、企業のアライ化はどのように進んだか
- チェチェンでゲイが強制収容所に送り込まれ、拷問を受け、命を奪われています
- LGBTと企業(1) 企業がLGBTフレンドリー(アライ)化していく意味
- オーランドのゲイクラブ銃撃事件−−「なぜ犯人はゲイクラブを狙ったのか?」に迫る
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