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へテロノーマティヴィティ(異性愛規範)

へテロノーマティヴィティ(異性愛規範)

 へテロノーマティヴィティ(Heteronormativity)、異性愛規範とは、「世の中には男と女しかいない」「セックスや恋愛、結婚は男女間で行うべきものである」という規範、思い込み(バイアス)のことを言います。

 これまで世間の多くの人々は、子どもに「男」らしくしなさい、「女」らしくしなさい、と、もともと多様であるはずのジェンダーを「矯正」しようとしてきたり、相手のセクシュアリティに関係なく異性との結婚を勧めたり、強要したりしてきました(LGBTQを疎外してきました)。「世の中には男と女しかいない」「セックスや恋愛、結婚は男女間で行うべきものである」と、その規範から逸脱することは、不道徳、人の道に外れたこと、世間から白い目で見られるようなこと、不幸なことだと思い込んできたからです。このように言う人たち(親兄弟や友人、先生、同僚だったりします)は、決して「いじめよう」「困らせよう」と思って言っているのではなく、相手の幸せを心から願って言っていたりします。それなのに、言われたLGBTQは困惑し、葛藤し、苦しみ、時に自死に追い込まれたりさえするのです。これは社会のありように問題があるとしか考えられません。では、このようにLGBTQへの偏見や差別、抑圧を日々、再生産してしまうものは何なのだろうか、と(当事者だったりする)哲学者や社会学者の方たちが考え、へテロノーマティヴィティという概念に結晶しました。
 
 へテロノーマティヴィティは、クィア理論(クィア・スタディーズ)のキー概念です。
 1970年代にホモフォビア(同性愛嫌悪)という概念が提唱され、問題は同性愛者自身の方ではなく同性愛を異常視する社会の側にあるのだという考え方が確立したことがレズビアン/ゲイ・スタディーズのパラダイムシフトとなりました。1980年代には、セクシズム(性差別)の概念に倣い、異性愛を自明視する社会構造を問題視するヘテロセクシズム(異性愛中心主義)が論じられるようになります。
 そして、1980年代のエイズ禍との闘いから生まれたクィア・ムーブメントがアカデミズムの世界にも波及し、1990年頃、異性愛中心主義の社会で抑圧、弾圧、周縁化されてきた多様な性を生きる人々が連帯するための画期的な理論として、クィア・スタディーズが誕生しました。ジュディス・バトラーやイヴ・セジウィックといった研究者が有名ですが、フーコー構築主義の理論を援用し、異性愛と非異性愛の区別を支えている全体的な二元的構造を脱構築することで、規範的な性を問い直し、ジェンダーやセクシュアリティを包括的に論じました。

 なお、おそらく日本語のWebサイトでへテロノーマティヴィティについて最もわかりやすく、詳しく解説されているのはこちらのblog記事だと思います。

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