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脳内麻薬出まくりの『シングルマン』…身悶えしながら観てください
10月2日からいよいよ一般公開されるトム・フォード初監督映画『シングルマン』。お友達や彼氏を誘ってぜひ、観に行ってください。そして、脳内麻薬出まくりの映像美や「美しい秘密」に酔いしれ、身悶えしてください。
オープンリー・ゲイであるトム・フォードの美学とゲイテイストがこれでもかと詰まった映画に、身悶えするほど脳内麻薬が出まくりました。これぞゲイ映画。素晴らしくゲイ映画でした。
とにかく、すさまじく映像が美しいです。美しい男たち、美しい衣裳やインテリアや小道具…どのカットを取っても即、宣伝用のスチール写真に使えます。全編ファッション広告といった趣です。
しかし、それでいて、単なる「お耽美」映画でもないのです。ヘタなポルノ映画よりぜんぜんエロティック。ヘタなドラマよりぜんぜんドラマティック。そしてヘタな文芸映画よりぜんぜん文学的です(原作は高名な小説家クリストファー・イシャーウッド)
まるで高級なレストランで本当に美味しいものを食べたときのような、満ち足りた幸福感。五感で「希望」を感じ、「これで明日からまた元気に生きていける」と思えるような作品です。
そして、主人公ジョージがその目や肌を通して感じること…パートナーと過ごすなにげない日常の幸せや、それが突然失われ、しかも葬式にすら参列できないと知った時のたとえようのない絶望感は、とても50年も前の出来事とは思えないような、僕らのリアルそのものです。
『シングルマン』はきっと、『ヴェニスに死す』『モーリス』『アナザー・カントリー』『ファスビンダーの「ケレル」』『ブロークバック・マウンテン』などと比較され、永く語り継がれるゲイ映画の古典となることでしょう。
著名人のコメントや映画評などもまじえ、様々な角度から、この映画の魅力をお伝えしてみたいと思います。(後藤純一)
美しき男たち
あの夏木マリさんが「何もかもがあるべきしてそこにあるように存在する。トム・フォードは俳優、ディティールを完璧に配置した。こんなステキな俳優たちを見たことがない…」というコメントを寄せています。
また柴門ふみさんは「これほどまでに男が美しい映画は、ヴィスコンティ以来でしょう」と語っています。
本当にその通りで、この映画に出演する男たちはみな美しく(しかもゲイ役を演じ)、この映画の世界を完成させるための重要な布陣となっています。
その名を聞いてピンと来る方もいらっしゃると思います。コリン・ファースは『モーリス』と並ぶあの古典的「寄宿舎モノ」耽美ゲイ映画の古典『アナザーカントリー』で主役(ルパート・エヴェレット)の親友役として出演していた、いわばその時代を知るゲイにとっては思い入れの深い俳優なのです。
『アナザーカントリー』は英国の寄宿舎で生活する上流階級の男の子たちの同性愛を描く作品ですが、実はコリン・ファースは舞台版『アナザーカントリー』で主役(つまりゲイ役)を演じたことがきっかけで映画にも出演するようになったのです。彼の俳優としてのキャリアのスタートはゲイの役であり、そして、(時効だと思うのでお伝えしますが)昨年話題になった映画『マンマ・ミーア!』でもゲイ役を演じていました。
監督はコリン・ファースについてこう語っています。
「コリンの役はキャスティングがいちばん難しかった。ジョージ役を演じる感受性をもった俳優は世界中にほとんどいないからだ。彼は本当のプロだ。素晴らしいよ。驚くべき俳優だった。特に表情が素晴らしい。何も動かさなくても、感情が分かる。考えていることが分かるんだ。カメラを長い時間彼の顔に向けて撮影した。彼の表情を捉えるためだけにね。驚くべき表現力だ。コリンのすごいところは、目を通して、ほとんど顔も動かさず、セリフも言うことなく、思っていることを伝えられる才能だ」 そして、ジョージに天使のような笑顔で微笑み、幸福にさせる学生を演じているのが、ニコラス・ホルト。『アバウト・ア・ボーイ』という映画でヒュー・グラント(『モーリス』)と共演していた子役が、今度は自身がゲイ役を演じることになりました。死をも覚悟した教授の前に現れる、まるで天国から遣わされたのでは…と錯覚するような美青年です。たとえ彼がタイプではなくても、そのまぶしさに年甲斐もなくはしゃいでしまう教授の気持ちは、本当によく伝わってきます。
一方、まるで『ファスビンダーの「ケレル」』のような荒くれ男風の魅力で教授を誘惑する「オムファタル(運命の男)」として登場するのが、トム・フォードブランドの「顔」となっているモデル、ジョン・コルタジャレナです。「この人がいちばんイケる!」と興奮する方も多いハズ。
それから、あまり登場シーンは多くないのですが、ジョージと16年間連れ添ったパートナーを演じたマシュー・グード(『ウォッチメン』のオジマンディアス役)もまた、美形の俳優です。背の高い、モデルのような青年で、こんな人が彼氏だったらどんなにいいだろうと思わせるような、年下のやんちゃなかわいらしさを醸し出しています。 男性ではないですが、傷ついたジョージを癒す親友を演じるジュリアン・ムーアも重要なキャストです。「あの女性ならゲイのことを理解し、いい友達になってくれるわ」というリアリティ、説得力ある演技にナットクさせられます。ジュリアン・ムーアほどゲイ&レズビアン映画に縁の深い女優はいないでしょう。今年のベルリン映画祭でテディ賞(最優秀ゲイ映画賞)を受賞した『The Kids Are All Right』が日本で公開されることを期待します。
トム・フォードの美学とゲイテイスト
10月2日の公開を前に、『シングルマン』について様々な記事が書かれています。その多くは、希代のファッション・デザイナーによるあまりにも美しい映像やディテールのこだわり、繊細さを褒め上げています。
我らがピーコさんは「60年代のリアルなファッションを楽しめるのが素敵!それ以上に大人の男女の会話に陶酔しました。トム・フォードの繊細さに乾杯!」とコメントしています。
「ぴあ映画生活」では「日本で1年間に公開される洋画は300本以上だが、すべてにおいて納得のいく、観終わったあとに深く考えさせられる映画は決して多くはない。キャストはいいけれど脚本がいまひとつ、音楽が、演出が…ケチをつけることは容易い。しかし、ケチのつけようがない、誰かに勧めたくなる、上質で完璧に近い映画もある。ファッション・デザイナーのトム・フォードが初メガホンを執った『シングルマン』はそれにあたる映画と言える」と、ベタ褒めされています。
よく引き合いに出されるのは、コリン・ファース演じる大学教授ジョージが、愛するパートナーの死に直面して自らの「死に装束」を準備するシーン。スーツやシャツや靴をきちんと並べ、整え、「ネクタイはウィンザーノットで」などとメモ書きを残していくあたりの几帳面さ、ディテールへのこだわりは、まさにトム・フォードらしさが全開な、忘れられないシーンです。
cinemacafe.netの「美しき男たち」という連載記事では、トム・フォード自身が手がけた衣裳が意外にもコリン・ファースとニコラス・ホルトのものだけで、あとは信頼できるスタッフにまかせたということが伝えられています。
そして、この2人は「教授と生徒、老いと若さ、硬と柔、陰と陽、過去と未来を象徴するキャラクターでもある。こういった対比を体現するファースとホルトは、着ているものも対照的」と見事に指摘しています。「几帳面で折り目正しいダークなスーツを着るファースに対し、彼の人生に射す光のような役のホルトは、白くふんわりとしたモヘアのセーターを着ています。明るく眩しいほどの色味と質感からは主人公にとって実際にそうであるように、天使のような優しい存在感を感じさせます」
『シングルマン』には、ヒッチコックの『サイコ』からの引用(トップ画像をご参照ください)や、アルモドバルやファスビンダーなど、偉大なゲイ映画監督のイメージを匂わせるような映像が見受けられます。それだけでなく、映画を愛する人たち、あるいはゲイだからこそわかるような「符牒(コード)」がたくさん隠されているように思います。一見して「なぜこれを大写しにするんだろう」とか「このシーンは何のためにあるんだろう」と思ってしまうようなシーンは、そうしたアート的な符牒である確率は高いと思います。
何度となく観て、そうした「美しき秘密」を探し出すという楽しみも、この作品には用意されているのです。
トム・フォードが伝えたかったこと
美しい映像、アート的な仕掛けだけがこの映画の魅力ではありません。
「MovieWalker」の記事では、トム・フォードがこの映画の製作を思い立った経緯が伝えられています。
「1980年代初頭にロサンゼルスに住んでいた時、20代前半だった私は小説『A Single Man』を初めて読んで、すぐに虜になったよ。その物語の誠実さとシンプルさに感動を覚えたんだ。3年前、自分の監督デビュー作にとって最適な作品を探していた私は、自分がこの小説や主人公ジョージのことを頻繁に考えていたことを思い出した。『シングルマン』は我々全員が感じる孤独を描いていて、それは人間性の一部だと思う。人間の魂は肉体によって隔離されているから、人は誰かとつながりをもとうとする。この映画のメインメッセージは、“今を生きること”。毎日を最後の日だと思って生きることなんだ」
精神科医の香山リカさんは「ひとりの一日の心を描ききることは、世界を描くこと。深いメッセージが美しい映像から静かににじみ出る」と、そして同じく精神科医の名越康文さんは「大切な人を失う経験はその耐え切れぬ苦痛の代償として人が本来かけがえない魂の器であることをわれわれに開示する」とコメントしています。
また、cinemacafe.netの「美しき男たち」では、監督へのこんなインタビューも紹介されています。
「ジョージは過去に生きていて、人生の変化を経験する。そしてこれからの人生が見えないんだ。ジョージはそのために自殺を決心する。そしてこの世で最後の日に、彼はすべてをまったく違う目で見始めるというわけだ。未来が見えず、深い絶望感を振り払うことができないから人生を終わらせようと決意する。だが最後に彼が目にするものによって、彼は世界を違う目で見始め、ここ何年で初めて今を生きている自分を見いだし、世界の美しさに直面する。これはタイムリーなテーマだ。我々の人生に与えられた贈り物に感謝することは、我々全員にとって、今だからこそもっと大切なのだと私は信じている」
ともすると圧倒的な映像美の影に隠れてしまいがちですが、トム・フォードが映画に込めたそうしたメッセージこそが、この映画を「本物」にし、世界的な受賞歴につながるような普遍性を獲得したのではないかと思います。
「自分の人生に与えられた贈り物に感謝すること」…この時代、本当に大切なことではないでしょうか。
撮影現場でのトム・フォード監督
60年代を生きるゲイのリアリティ
「美しき男たちvol.2『シングルマン』から見えてくる“時代”」では、60年代にゲイが直面した厳しい現実について、主人公の苦悩に寄り添い、真摯に、丁寧に伝えられています。
今やニューヨークやサンフランシスコと並ぶゲイの解放区であるロサンゼルスですが、ストーンウォール以前の時代(1962年)、大学教授という職にあったジョージは、親しい友人や家族にしかカミングアウトしておらず、事実を知る人にも完全に理解されているとは言いがたいものがありました。16年間共に暮らしたジムが事故で突然亡くなったとき、ジョージは、ジムの従兄弟からの知らせを受けて打ちひしがれます。そして、愛する者の死という衝撃と共に直面したのは、ジムの親がジョージには息子の死を知らせるなと言っていた残酷な事実でした。ジョージは愛するパートナーの葬儀にすら出席できず、ひとり嗚咽するのです…
この記事では、『シングルマン』とは対照的な「怒り」によってマイノリティの無念さを訴えていく『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』、最低限の生きる権利を求めて闘った『ミルク』、母親から「まともじゃない。歪んでいるわ」と罵られるシーンがあまりにも痛く突き刺さる『トーチソング・トリロジー』などを挙げ、『シングルマン』のジョージの苦悩は「今も完全になくなったわけではありません」と結びます。
この記事が見事に伝えてくれたように、『シングルマン』は、ゲイが堂々と自分らしく生きることができなかった時代の悲劇を描いた作品でもあります。(『ブロークバック・マウンテン』と同様です)
そういう意味でも、『シングルマン』は、ゲイにとって特別な意味を持つ作品、古典的名作と呼ばれるにふさわしい作品だと思います。
ただ、トム・フォードが生み出した作品の世界は、時代がもたらした悲劇ということには留まらず、もっと広くて深いものを指向していると思います(原作の力も大きいと思います)。驚きのラストシーン、文学的とも言うべき物語の終わり方には、賛否両論あるようです(そういう意味では、『ブロークバック・マウンテン』と違って泣けないかもしれません…でも、エンドロールを眺めていると、ひたひたと余韻が押し寄せてくると思います)。が、そういうところも含めてゲイらしい名作になっているのでは?という気がします。
ぜひ、劇場でご覧になってみてください。
『シングル・マン』 A Single Man
2009年/アメリカ/監督:トム・フォード/出演:コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、ニコラス・フォルト、マシュー・グードほか/配給:ギャガ/10月2日(土)より新宿バルト9ほか全国にてロードショー公開
受賞歴:
ヴェネチア国際映画祭 男優賞(コリンファース)受賞、クィア・ライオン賞(トム・フォード)受賞、金獅子賞(トム・フォード)ノミネート
サンディエゴ映画批評家協会賞 主演男優賞、作曲賞 受賞
サンフランシスコ映画批評家協会賞 主演男優賞 受賞
サンタバーバラ国際映画祭 アウトスタンディングパフォーマンス賞(コリン・ファース)受賞
サテライト賞 美術賞 受賞、主演男優賞<ドラマ部門>ノミネート
ゴールデン・グローブ賞 主演男優賞<ドラマ部門>、助演女優賞<ドラマ部門>、作曲賞 ノミネート
オースティン映画批評家協会賞最優秀男優賞 受賞
英国アカデミー賞 主演男優賞 受賞 衣装デザイン賞ノミネート
ブロードキャスト映画批評家協会賞 主演男優賞、助演女優賞、美術賞、脚色賞 ノミネート
シカゴ映画批評家協会賞 助演女優賞ノミネート
GLAADメディア賞 アウトスタンディングフィルム賞 ノミネート
インディペンデント・スピリット賞 主演男優賞、第一回脚本賞、第一回作品賞 ノミネート
ロンドン映画批評家協会賞 英国主演男優賞 ノミネート
オンライン映画批評家協会賞 助演女優賞 ノミネート
アメリカ映画俳優組合賞 主演男優賞ノミネート
ワシントンDC映画批評家協会賞 主演男優賞、助演女優賞 ノミネート
INDEX
- 特集:2024年7月の映画・ドラマ
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- 特集:2024年夏のクィア・アート展
- レポート:秋田プライドマーチ2024
- 今年も「NLGR+」の名古屋が熱くなる!
SCHEDULE
- 10.11さなえナイト 〜SNE48〜
- 10.12NOLZA vol.9
- 10.13三重レインボープライドin 津まつり大パレード
- 10.13AVALON -CONTACT-
- 10.13ゆるぽナイト