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スカーレット・ヨハンソンがトランスジェンダー役を当事者に譲り、賞賛されています

2018年07月18日

 ルパート・サンダース監督の新作映画『Rub and Tug(原題)』でトランスジェンダー役を演じることが決定していたスカーレット・ヨハンソンが、様々な批判を受け、自らこの役を辞退することを発表しました。
 この件に関しては、批判の趣旨が正しく伝わっていなかったり、背景にあるアメリカのトランスジェンダーについての事情もよく知られていなかったりして、どうも誤解(というか曲解?)されているフシがあります…ので、少し長いですが、詳しくお伝えしてみます。
 
 『Rub and Tug(原題)』は、ダンテ・”テックス”・ジル(本名ジーン・マリー・ジル)というFtMトランスジェンダーを描いた作品です。ダンテ・テックス・ジルは、出生時の性別は女性ですが、性自認は男性で、男装して生活し、女性の恋人とつきあっていました。それまで男性が仕切っていた風俗店業界で1970年代から80年代にかけて成功を収め、歓楽街で帝国を築いた人物として知られています。彼女の成功の背後には、同性愛や異性装の人々のコミュニティの支援があったと言われています。
 
 今月初め、このFtMトランスジェンダーの主人公の役をスカーレット・ヨハンソンが演じることが発表されるや、批判の声が上がりました。それは、トランスジェンダーの役はトランスジェンダーにしか表現できないと主張しているわけでも、スカヨハが役不足だと言っているわけでもありません。
 たとえば、『トランスペアレント』に出演していたトランスジェンダー俳優のトレース・リセッテは、「え? ってことは、あなたは私たちを演じられるけど、私たちはあなたを演じられないってこと? ハリウッドって本当にクソ。もし私が、シスジェンダー役を演じるためにジェニファー・ローレンス(注:スカヨハに決まる前、ジェニファーにこの役のオファーがありました)やスカーレットと同じ部屋に入れるならこんなこと言わないけど、そうじゃないよね。ひどい話ね」とコメント。(このコメントを投稿した後、彼女は殺害の脅迫に遭ったそうです)
 『センス8』に出演していたトランスジェンダー俳優のジェイミー・クレイトンは、「トランスジェンダーの役者は、トランスの役以外ではオーディションにすら行けない。これは実際に起こっている問題。私たちはその可能性にすらたどり着けないのです。トランスジェンダーの役者を、シスジェンダーのキャラクターとしてキャスティングして。(できるものなら)やってみなさい」とコメントしています。
 トランスジェンダーの俳優/脚本家/プロデューサーであるジェン・リチャーズは、「私は生後6か月で両親と一緒に初舞台を踏み、40年間役者をやっていて、シェイクスピアを研究し、CBSとFXとTBSとCMTとShowtimeとFocus FeaturesとHBOで仕事をしてきて、ゴッサム・インディペンデント映画賞とピーボディ賞を獲り、エミー賞にノミネートされた。「演技力が必要なんだよ!」だって? くそくらえ」とコメントしています。
 様々な批判の声が上がりましたが、論点のポイントはこういうことです(「スカジョが映画『Rub & Tug(原題)』のトランス男性役降板」より)
1.シスジェンダーの人にばかりトランス役を振ることで、観客の中の「トランス女性は『本当は』男なんだ」/「トランス男性は『本当は』女なんだ」という偏見が強化されてしまう
2.シスジェンダーの役者がトランスジェンダー役もシスジェンダー役も持っていく一方、トランスジェンダーの役者にはシスジェンダー役は回ってこない
3.それでいて、本物のトランス女性やトランス男性の役者が「トランスジェンダーらしさが足りない(シスジェンダーの人々の偏見に合致するような見た目ではない)」という理由でトランスジェンダー役を断られたりしている

 こうした話はずっと米映画業界で問題視されてきたことです(ホワイトウォッシュの問題などとともに)
 3の話は、リアルなゲイを演じると「ゲイっぽくない」と言っておおげさなオネエを演じることを要求される、といった話といっしょで、極めて深刻な問題です。
 
 2016年には、マット・ボマーがMtFトランスジェンダー役に抜擢されましたが、ほかにもMtFのいい役者がたくさんいて、すでに活躍している時代なのに、なぜシスジェンダーのマットが演じなくてはならないのか…いつまでそんなことを繰り返すのか?といった批判を浴びています。
 
 ここで、トランスジェンダーにはまともな役者がいないという主張は真っ赤なウソであることを、以下にお伝えします。
 まず、『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』のラヴァーン・コックス。テレビ界のアカデミー賞と言われるプライムタイム・エミー賞の女優部門にノミネートされています。
 『タンジェリン』のキタナ・キキ・ロドリゲスとマイヤ・テイラーも、インディペンデント・スピリット賞最優秀助演女優賞、ゴッサム・インディペンデント映画賞ブレイクスルー演技賞、サンフランシスコ映画批評家協会賞最優秀助演女優賞をはじめ数多くの映画賞を受賞しています。
 『センス8』のジェイミー・クレイトンも今や有名な女優ですし(ちなみに『センス8』の監督のウォシャウスキー姉妹は2人ともMtFトランスジェンダーです)、『glee』のライアン・マーフィが作った主役5人をトランスジェンダーの役者が演じるドラマ『Pose』の成功も、実力を証明しています。
 そして、今年のアカデミー外国語映画賞受賞作品『ナチュラル・ウーマン』に主演したダニエラ・ヴェガも、国際的に高く評価されました。米国の重要な映画祭の一つであるパームスプリングス国際映画祭でも国際批評家連盟賞外国語映画部門女優賞を受賞しています。
 
 ルパート・サンダース監督&スカーレット・ヨハンソンが今回のような非難を受けるのは決して初めてではない、ということも踏まえなくてはなりません。2017年、『攻殻機動隊』の実写版『ゴースト・イン・ザ・シェル』でスカヨハがアジア人キャラクターを演じたことにより、「ホワイトウォッシング(※白人以外の役柄を白人が演じること)」だと批判されていました。またこのコンビか!という気持ちにさせられた部分は否めません。
 
 そして、そもそも、アメリカでは毎年、何十人ものトランスジェンダーがヘイトクライムによって殺されている、という事実を忘れてはなりません。その多くはMtFトランスジェンダーですが、それこそヒラリー・スワンクがアカデミー主演女優賞に輝いた映画『ボーイズ・ドント・クライ』のブランドン・ティーナのように、FtMトランスジェンダーで殺された人もいました。
「本当は男のくせに」「本当は女のくせに」という偏見、そして根深いトランスフォビアが、彼らの命を奪ってきたのです。(上記の1.の話につながります)

 今回の批判は、LGBT団体が突然「ポリコレ棒」を振りおろして無理難題を言い始めた、といった話ではなく、このような背景を踏まえたうえでの、当事者からの「またですか」「いつまで同じことを繰り返すのですか」という気持ちの表明だったわけです。
 
 しかし、そういった事情に無頓着だったと思われるスカーレット・ヨハンソンの広報官は「ジェフリー・タンバー、ジャレッド・レト、そしてフェリシティ・ハフマンにもコメントを要求できるって教えてあげて」などというコメントを発表してしまい、火に油を注ぎました。(注:ジェフリー・タンバーは『トランスペアレント』で、ジャレッド・レトは『ダラス・バイヤーズクラブ』で、フェリシティ・ハフマンは『トランスアメリカ』(10年以上前の映画です)でトランスジェンダー役を演じています。3人とも現在は、トランスジェンダーの役は当事者が演じるべきだという立場だそうです)

 約1週間後、スカーレットは『OUT』に以下のような声明を発表しました。
「私がダンテ・”テックス”・ジルにキャスティングされたことについて起きた議論が提示した倫理的な疑問を踏まえ、このプロジェクトを降りることを決めました」
「これからもトランスジェンダーの人々に関する文化的な理解を進めていきます。私はこのキャスティングについて最初の声明を発表してからトランスジェンダーのコミュニティから多くを学び、自分が無神経だったことに気がつきました。私はトランスジェンダーのコミュニティに対して大きな尊敬と愛を抱いています。そしてハリウッドで包摂に関する議論が続いていくことに感謝しています。中傷と闘うゲイ&レズビアン同盟(GALAAD)によると2017年、映画やドラマにおいてLGBTQのキャラクターは前年よりも40%減少し、大手の制作会社が公開した作品ではトランスジェンダーの役は1つもなかったそうです」 
「私はダンテの物語や変化に命を与える機会をうれしく思っていました。しかし多くの人々がダンテをトランスジェンダーの人が演じるべきと感じていることも理解しています。私はキャスティングに関するこの議論が、たとえ物議を醸すようなものであっても映画における多様性と表現に関するより大きな討議を起こしたことに感謝しています。私はすべてのアーティストが公平に平等に尊敬されるべきだと信じています。私の制作会社『These Pictures』は観客を楽しませ、境界を押し広げる、その両方のために積極的にこのプロジェクトを続行していきます。すべてのコミュニティとともに取り組み、この強く心に訴えかける重要な物語を世界中の観客に届けるのを楽しみにしています」

 素晴らしいコメントですね。
 この発表を受けて、『ハリウッド・レポーター』は何人かのトランスジェンダーの映画関係者へのインタビューを掲載しています。エミー賞ノミネート実績のあるFtMトランスジェンダーの演出家/プロデューサーのリース・アーンストは「スカーレットはよく決断してくれた。コミュニティの声に耳を傾ける好例になってくれたし、彼女は正しいことをしたと思うよ」と、ジェン・リチャーズは「彼女の声明は、とてもスマートな人々によって完璧に作られた感じはあるけど、それでも、彼女の気持ちは本物だと思う」と語っています。
 
 昨年、リブート版『ヘルボーイ』の日系アメリカ人のベンジャミン・デミオ役を白人のエド・スクラインが演じると報じられた後、ホワイトウォッシュだとの批判が起こり、エド・スクラインが「このキャラクターを、文化的に正確に表現することが非常に重要なことだというのは明らか。この責任を無視すれば、人種的マイノリティの物語や声が芸術の世界から失われることへの懸念が続いてしまう」として、辞退を決め、賞賛されていました。(その後、韓国出身のダニエル・デイ・キムがこの役を演じることが決定し、リブート版『ヘルボーイ』は2019年1月全米公開されます)
 『Rub and Tug(原題)』も同様に、いいかたちで世に出ることを期待します。
 

 

スカーレット・ヨハンソン、トランスジェンダー役の抜擢に世間から猛バッシング(MTV)
http://www.mtvjapan.com/news/reyiyh/180706-07

スカヨハが新作映画辞退 トランスジェンダー役に批判殺到(AFP)
http://www.afpbb.com/articles/-/3182423

スカーレット・ヨハンソン、トランスジェンダー役を降板(ELLE ONLINE)
https://www.elle.com/jp/culture/celebgossip/a22174964/cnews-scarlett-johansson-180717/

スカーレット・ヨハンソン、性的マイノリティ役演じる映画から降板 ─ 「なぜ非トランスが演じるのか」批判受け(THE RIVER)
https://theriver.jp/scarlett-withdraws/

Trans Actors Praise Scarlett Johansson's Withdrawal From 'Rub & Tug'(OUT)
https://www.out.com/news-opinion/2018/7/16/trans-actors-praise-scarlett-johanssons-withdrawal-rub-tug

21 Transgender Stars, Creators Sound Off on Hollywood: "I Want to Portray These Characters, and I'm Ready"(The Hollywood Reporter)
https://www.hollywoodreporter.com/features/21-transgender-stars-hollywood-scarlett-johansson-representation-1127378

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