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【追悼】韓国で強制的に除隊させられたトランス女性ピョン・ヒスさんと、済州のパレードの主催者キム・ギホンさん

2021年03月04日

 男性として入隊した後に性別適合手術を受け、軍隊に復帰した後、強制的に除隊させられたトランス女性のピョン・ヒスさんが3月3日、自宅で亡くなっているのが見つかりました。遺書は特にありませんでしたが、ピョンさんは過去に自殺を試みたことがあります。2月28日から連絡が取れなくなり、心配したカウンセリングセンターが消防隊に連絡し、遺体で発見されました。

 ピョン・ヒスさんは2017年に入隊しましたが(韓国では健康な男性に約2年間の兵役が義務づけられています)、性別違和に苦しみ、2019年にタイで性別適合手術を受けました。韓国軍は2020年1月、規則違反だとしてピョンさんを除隊処分にしました。
 韓国の人権団体「軍人権センター」のリム・テフン氏は、通常、除隊処分の決定から実際に除隊されるまで最長3ヵ月ほどの期間が設けられるにもかかわらず、ピョンさんの除隊処分が下されたその日のうちに実際に除隊されたのはおかしいと指摘しました。
 また、ある軍当局者は、ピョンさんが法律上女性となり、女性兵士として再志願すれば、軍がピョンさんを拒否する理由はないはずだと述べました。

 ピョンさんは同月、当初伏せていた実名を公表して軍服で記者会見に臨みました。集まった報道陣を前に敬礼し、「私は大韓民国の兵士です」と涙ながらに語り、軍人になるのが子どもの頃からの夢だったと語りました。
 ピョンさんは、韓国軍には性的マイノリティ(LGBT)に対する「根深い不寛容さ」があるとも語りました。
「自分のジェンダーアイデンティティを軍に伝えるという決断は、非常に難しいものでした」
「服務を完了してから手術を受け、女性兵士として再度入隊しようと考えていました。しかし、うつ病の症状がかなり悪化してしまいました」
「私もこの国を守る優秀な兵士の一人になれるのだということをみんなに証明したい」
「どうか私にそのチャンスをください」

 女性兵士としての服務の継続を望み、処分撤回を求めて人事訴請を起こしたものの、陸軍によって棄却されたピョンさんは、昨年8月、陸軍参謀総長を相手取って除隊の取消しを求める訴訟を起こし、来月15日に第1回の口頭弁論が予定されていました。しかし、ピョンさんが法廷で公正な裁きを求める機会は永遠に失われてしまいました…。
 国家人権委員会は昨年12月、ピョンさんの除隊処分には法的根拠がないと結論付けていました。
 
 ピョンさんは、淑明女子大学法学部の2020年新入生として合格したものの、誹謗中傷を受けて入学をあきらめたトランス女性のハン・ジュヨンさんとの往復書簡の中で、こう綴っていました。「私たち皆、お互い頑張りましょう。死なないようにしましょう。必ず生き残ってこの社会が変わるのを一緒に見たいです」

 しかし、韓国軍はピョンさんの女性兵士としての服務の機会を奪っただけでなく、命さえも奪いました。
 差別は、人の命をも奪うのです。

 SNSには、「辛すぎる」「やりきれない気持ち」「胸が苦しい」「どうすれば仲間たちを失わずにすむのか」「共に生きていくことすら難しい」と、ピョンさんの死を悼む声が上がっています。
 ハン・ジュヨンさんは「何もできなかったという無力感が胸を深く押しつぶした」「知人を失ったという事実が悲しく、ピョンさんを苦しめた社会に怒りを覚えた」と語っています。
 韓国で初めてトランスジェンダーであることをカミングアウトして歌手として活躍してきたハリスさんも、「故人のご冥福をお祈りします」と哀悼の意を表しました。

 
 先月24日には、済州のクィア文化祭共同組織委員長(パレードの主催者)だったキム・ギホンさんが亡くなりました。ノンバイナリー(Xジェンダー)のキムさんが周辺の人々に残した最後の言葉は「とても疲れました。人生も、直面する嫌悪も、私に対する憎しみも」でした。
 非正規の音楽教師でフルート演奏者でもあったキムさんは、緑の党から比例代表候補として2度の出馬経験を持つ政治家でもありました。昨年2月、自らと同様トランスジェンダーの政治家であるイム・プルン予備候補の応援演説に立ったキムさんは、未来の自分の姿を予感でもしたかのように、最近数ヵ月間で2人の友人と死別したことを明かし、「性的マイノリティの自殺企図や、死の知らせは特別なことではありません。(…)向き合う壁がそれだけ巨大だから」と語っていました。
 キムさんの死に際し、国家人権委は「故人の死は、性的マイノリティが直面する嫌悪と差別が、当事者にどれほど大きな苦しみを与えるかを示すだけでなく、私たちすべてに、これ以上性的マイノリティの苦しみに背を向けてはならないという社会的責務があることを示している」と哀悼しました。
 
 
 韓国の国家人権委員会は先月、初の国家機関による「トランスジェンダー差別実態調査」の結果を発表しました。過去1年以内に差別を経験したことが「ある」と回答した方は全体の65.3%、同じく過去1年以内にトランスジェンダーを嫌悪する表現に接した経験については、インターネットで97.1%が、メディア(放送・新聞・インターネットニュース)で87.3%、ドラマ・芸能番組など映像媒体では76.1%が「ある」と回答、など、韓国で暮らすトランスジェンダーの多くが、社会のあらゆる領域で差別と嫌悪の対象となっている実態が浮き彫りになりました。

 韓国では性的マイノリティが障害や精神疾患だと思われたり、保守的で強大な力を持つ教会からは罪だと断じられたりすることが多く、各地のプライドパレードが宗教団体から激しい妨害に遭ってきました。韓国のLGBTQコミュニティは差別禁止法の制定を求めて闘ってきましたが、未だに実現を見ていません。
  
 亡くなった方々のご冥福を心からお祈りするとともに、これ以上、性的マイノリティの方々が自死を選ばずにすむ社会になることを心から願います。
 
 
参考記事:
性別適合手術受け除隊させられた元兵士 遺体で見つかる=韓国(聯合ニュース)
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20210303004500882
性別適合手術受け除隊処分の元兵士、遺体で発見 韓国(AFP)
https://www.afpbb.com/articles/-/3334778
除隊になった韓国のトランスジェンダー兵士、遺体で発見(BBC)
https://www.bbc.com/japanese/56275554
「性別適合手術受け強制除隊」ピョン・ヒス元下士、遺体で発見(ハンギョレ)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/39302.html
性適合手術受け軍を除隊に 韓国兵士、撤回求め提訴へ(BBC)
https://www.bbc.com/japanese/51217177
トランスジェンダーの軍人と淑大合格者の往復書簡「社会が変わるのを一緒に見たい」(ハンギョレ)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/36043.html
女子大入学を断念したトランスジェンダー学生、「理由なき差別、結局自分を刺す」(ハンギョレ)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/39324.html
“トランスジェンダー”歌手ハリス、性転換後に強制除隊となったピョン・ヒス下士死去を受け哀悼の意(WoW!Korea)
https://s.wowkorea.jp/news/read/290255/
65%が差別を経験…韓国で過去最大の「トランスジェンダー嫌悪差別」調査結果が発表(Yahoo!ニュース)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20210212-00222185/
安氏の「LGBT」発言が物議 野党同調、与党沈黙―ソウル市長選(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021022500767

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