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ローレル・ハバード選手の出場が正式決定し、東京五輪が史上初めてトランスジェンダー選手を迎える大会となりました

2021年06月22日

 ニュージーランドのローレル・ハバード選手がウエイトリフティング女子ニュージーランド代表に正式決定し、東京五輪が(開催されれば)史上初めてトランスジェンダーの選手を迎える歴史的な大会となることが決定しました。
 
 
 ニュージーランドオリンピック委員会(NZOC)は6月21日、ウエイトリフティング女子87キロ超級代表にトランス女性のローレル・ハバード選手が決定したことを発表しました。
 ハバード選手は声明で「これほど多くのニュージーランドの人たちが、私を温かくサポートしてくださったことに心から感謝し、そして恐縮しています」と、感謝を述べました。彼女は2018年にオーストラリアで開催されたコモンウェルス競技大会で腕を折り、選手生命の危機にさらされたそうで、「その時には、スポーツのキャリアを終わらせた方がいいと助言されました。しかしみなさんのサポートと励ましと愛があったおかげで、私は暗闇から抜け出すことができました」と、代表に選ばれた喜びを述べました。
 NZOCのケリン・スミスCEOは、ハバード選手を全面的にサポートする姿勢を示し、「ローレルは、IOCのトランスジェンダーアスリートのガイドラインを元に定められた、IWFの参加資格を満たしています。私たちはスポーツの世界で、性自認がとてもセンシティブで複雑なものであり、人権と競技の場における公平さのバランスを取る必要があることを理解しています。ニュージーランドチームには、全ての人へのマナーキ(マオリ語で相手を敬い、大切にして温かく迎えること)とインクルージョン、そして尊敬の文化があります。私たちは資格を満たしたすべてのニュージーランドのアスリートたちを支え、彼らの精神的・身体的な健康を守り、トップアスリートたちのニーズを満たします」と述べています。
 ニュージーランドのアーダーン首相も、ハバード選手を支持しています。
 ハバード選手が出場するウエイトリフティング女子87キロ超級は、8月2日に東京国際フォーラムで開催される予定だそうです。
 
 もう1人、自転車競技BMXフリースタイル女子のアメリカ代表補欠に、トランス女性のチェルシー・ウルフ選手が選ばれています。代表に確定したハンナ・ロバーツ選手とペリス・ベネガス選手(二人ともレズビアンの方だそうです!)とともに来日し、万が一どちらかが不参加になった場合、試合に出場します。
 東京五輪でBMXが正式種目になると発表されてから、ウルフ選手は自分のためだけではなくトランスジェンダーの子どもたちの希望になりたいと願い、出場を目指してきました。
「子どもの頃、私の夢はプロスポーツ選手になることでした。BMXフリースタイルを始めた時に、私はこの世界で歓迎されていない女性アスリートたちが、自分たちの場所を手に入れるために闘っているのを雑誌で見て、夢中になりました。幼い女の子だった私は、彼女たちのようになりたいと思いました。かっこいいトリックや大きなジャンプをきめて、世界を旅し、平等な機会のために闘う。BMX選手以外でも、とにかくかっこいい女性たちのようになりたかった。しかしトランスジェンダーの女の子だった私は、その一員として迎えてもらえないんじゃないかという恐怖を感じました。私のような女の子は、プロのアスリートになれないのではないか、BMX選手として受け入れてもらえないのではないかと思いました」
 彼女は、偏見にさらされる恐怖を感じつつも、トランスジェンダーの子どもたちのためにも五輪に出たいと思うようになり、ありとあらゆる努力を重ね、補欠ではありますが、東京への切符を手にしました。
「もうダメだと思う時が何度もありました。困難に直面して、本当に前に進むことができるのだろうか、自分はこれ以上前に進みたいと望んでいるのだろうかと思ったことも何度もあります。だけど私は耐え続けました。なぜなら、五輪に出たいという理由はいろいろあるけど何よりも、世界に自分の居場所がないと思って恐怖を感じている小さな女の子たちのために代表に選ばれたかったのです。私自身、苦しさを耐え抜いて、自分が子どもの頃に必要としていたヒーローになることで、子どもの頃に感じていた「自分の場所はここにない」という痛みを癒すことができました。でも何より重要なのは、次の世代の私のような女の子たちが、同じように傷つかないようにしたいということです」
「どんな人でも、そしてどんな夢であっても、私はすべての人に機会が与えられ、すべての人の夢が祝福され、サポートされる世界を作りたかった。そして何より、恐怖を感じている小さな女の子たちが、世界に自分たちの居場所があると知り、安心できる世界を作りたかった。だから私はこの5年間、夢を叶えるために必死になって努力を続けてきました」
「補欠だけれど、めちゃくちゃ素晴らしいことなんです。これはまだ始まりにすぎないかもしれないけれど、自分のことを誇りに思います」

 ローレル・ハバード選手、チェルシー・ウルフ選手、本当におめでとうございます。私たちは、あなたたちを心から歓迎します、とプライドハウス東京をはじめ、日本のLGBTQコミュニティの方たちは述べることでしょう。
 丸川五輪相も、この件については、「IOCではトランスジェンダーの選手が大会に参加できる条件を定めたガイドラインを2015年に出している。このガイドラインを考慮して参加資格が決定されていると承知している」「東京大会において、多くの方々の理解が得られる形で多様性と調和の重要性が改めて認識されることを願っております」と述べています。
 

 しかし、一部の報道にもあるように、トランス女性が五輪に参加することについて、公平性の観点からの根強い反対論がいまだにあります。
 
 性別や性自認に関する多様性を国際大会で受け入れようとする動きは、25年前に遡ります。
 マウンテンバイク女子で世界選手権にも出場しているカナダのミシェル・ダマレスク選手が1996年、性別適合手術を受けたトランス女性であることカムアウトしました。その頃から議論が起こり、IOCは2003年、ストックホルムでの総会で、性別適合手術を受けた選手が術後の性別で五輪に出場できるようにするためのガイドラインをまとめました。(1)性別適合手術を受ける(2)法的に新しい性となる(3)適切なホルモン治療を受けて、スポーツ競技における性別由来の有利さが十分に縮小されている(ガイドラインの全文はこちら
 2004年、IOCはスイス・ローザンヌで理事会を開き、(3)に手術後2年間が経過していること、という文言を付け加えました。そしてこれらの条件を満たせば、男女どちらの性にトランスした選手でもオリンピックへ出場することを認める(アテネ五輪から適用する)と発表しました。
 2008年、世界選手権で史上最高のタイムで圧勝した南アフリカのキャスター・セメンヤ選手について、"性別詐称"疑惑の報道がなされ、国際陸連(IAAF)が調査に乗り出し、世界選手権後にセメンヤ選手の性別検査を実施しただけでなく、本人が知るよりも先に、世界に彼女がインターセックス(性分化疾患)であることが報道されてしまいました。ショックを受けた彼女は自殺防止センターに入院しました。この出来事があって、IOCは2011年、身体上の性別が明らかでない場合に対応するため、(1)法律上、女性と認められた選手のアンドロゲン値(男性ホルモン)が通常の男性の範囲を超えない(2)各競技団体が選手の匿名性を保った上で評価(3)適格性がないと判断された選手は当該競技に出場できない、という規定を設けました。(なお、セメンヤ選手は、生まれつきテストステロンの血中濃度が高い「高アンドロゲン血症」と診断されていて、東京五輪への出場を禁止され、欧州人権裁判所に提訴しています)
 2015年、IOCはリオデジャネイロ五輪を前に、トランスジェンダー選手の出場基準を緩和する新たなガイドラインを発表しました。トランス男性の選手については出場の規制がなくなり、トランス女性の選手についてはテストステロン値(男性ホルモン)が一定レベルを下回っていることなどの条件を満たせば出場できるとするものです(ガイドラインの全文はこちら

 IOCのガイドラインでは、「性自認が女性であることの宣言」「出場前1年間はテストステロン値が10nmol/L未満に維持」という出場基準をクリアしていれば、トランス女性が女子種目に参加することが認められています。
 国際ウェイトリフティング連盟(IWF)もIOCのガイドラインに沿った規則を設けており、ローレル・ハバード選手はいずれもクリアしたうえで、参加しているのです。
 
 オーストラリアの元アスリートで活動家のトランス女性、キルスティ・ミラーは、「XY染色体を持つ女性が性別移行をすると、アンドロゲンが喪失するため、身体が完全に更年期状態に入ります」「XY染色体を持つ女性は、女性の中でも唯一、不健康な状態で、つまりアンドロゲンが完全に失われた状態でスポーツをやることを強いられているのです。その状態にあることで、初めてスポーツに参加するための要件を満たすことができるのです」と語っています(こちらに、彼女のツイートを日本語に訳してくださった方の記事が掲載されています)

 なお、LGBTQ Nationの記事によると、ローレル・ハバード選手、チェルシー・ウルフ選手のほかにも、陸上女子のセセ・テルファー選手など5名のトランスジェンダーやノンバイナリーの選手が現在、出場を目指している最中だそうです。
 
 東京五輪は(開催されれば)史上初めてトランスジェンダーの選手を迎えるという歴史的な大会になりますが、「性的指向や性自認に基づく差別は許されない」と謳う新法が与党保守派の反対によって制定を阻まれただけでなく、与党国会議員から「アメリカなんかでは女子陸上競技に参加してしまってダーッとメダルを獲るとか、ばかげたことがいろいろ起きている」などの発言がなされ、何のお咎めもなし、という現状です(「多様性と調和」が聞いてあきれると批判されています)
 来日したトランスジェンダーの選手たちが果たして安心・安全に競技できるのか、もし有観客で開催され、トランスジェンダーの選手への侮辱行為が発生したとしたら…それでなくてもSNSなどでも日常的にトランス女性へのバッシングが行なわれているのに…との不安はぬぐえません。そのようなことが起こらないよう、政府や東京都、IOCは(プライドハウス東京と連携して)LGBTQのアスリートを守るための対策をしっかり取っていただきたいものです。
 
 
参考記事:
トランスジェンダーのウエイトリフティング選手が五輪出場権(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210613/k10013082371000.html
トランスジェンダー、五輪へ 史上初、重量挙げ女子―NZ(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021062100957
五輪=トランスジェンダーのNZ重量挙げ選手、東京大会へ 史上初(ロイター)
https://jp.reuters.com/article/olympics-2020-weightlifting-idJPKCN2DX07J
トランスジェンダー選手、史上初の五輪出場決定 重量挙げNZ代表(AFP)
https://www.afpbb.com/articles/-/3352616
NZ首相、性転換選手を支持 五輪出場、重量挙げ女子(共同通信)
https://www.47news.jp/news/6429027.html
ローレル・ハバード選手、トランスジェンダー初の五輪出場へ。けが乗り越え「暗闇から抜け出した」(ハフポスト日本版)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/laurel-hubbard-olympic_jp_60d034b0e4b01af0c272088e
【東京オリンピック】トランスジェンダーの自転車選手が、アメリカ代表補欠に「子どもたちの希望になりたい」(ハフポスト日本版)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/chelsea-wolfe_jp_60cbed6ae4b0c101b70b3d21
丸川五輪相 トランスジェンダー選手初の五輪出場に「多様性と調和の重要性、改めて認識を」(デイリースポーツ)
https://www.daily.co.jp/general/2021/06/15/0014416986.shtml


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