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米国ではついにサル痘の感染抑制に成功、日本の今後は?

2023年01月18日

 昨年は欧米でサル痘が猛威を奮い、WHOが緊急事態宣言を出し、一時は連日のようにニュースになっていましたが(昨年の出来事を振り返る「重大ニュース」系の記事でもサル痘が多数上がっていました)、米国ではついに感染抑制に成功し、現在の1日当たりの感染者数は1桁にまで下がったそうです。日本では12月に神奈川で8例目の患者が確認されましたが、心配された感染拡大にはまだ至っていません。太融寺町谷口医院の谷口恭院長が毎日新聞医療プレミアで現時点でのM痘の特徴と今後の対策をまとめた私見を寄稿していたのですが、ハイリスク層であるゲイ・バイセクシュアル男性コミュニティにウルトラCでワクチンを迅速に供給した米国の対策を称える内容で、たいへん興味深かったので、ご紹介します。
 
 
 まず、サル痘という疾患の名前が「サルに失礼だ」と批判を浴び、WHOが新しい名前を公募するなどして、昨年11月末に「mpox」に決まりました。日本語では「M痘」とされています。これに倣い、以降はM痘と記します。
 
 M痘の患者数が世界で最も多いのは米国で、独自の緊急事態宣言を発令した昨年8月の感染者数は1日あたり約450人でしたが、現在は10人未満まで激減しています。しかし、それでも総感染者数は3万人近くに上り、うち20人は死亡しています。数週間は隔離されることになるため、仕事のキャンセルを余儀なくされたり、大幅に収入を失ったりする人が続出したそうです。
 一方、日本では、幸いなことに総感染者が8人で、今ではメディアでもほとんど報道されなくなりました。 

 昨年の欧米での感染者の大半がゲイ・バイセクシュアル男性だったわけですが、以前アフリカの風土病であったM痘とは異なり、新たに流行したM痘ウイルスは、最も濃厚なヒトとの接触である性行為や、クラブやパーティで偶然、肌と肌が触れ合う程度の接触でも感染することがわかってきました。そのため、ゲイコミュニティに対して、交際相手以外との男性との性交渉を避け、さらにゲイクラブなどのスポットに行くことをしばらく控えようと呼びかけられ、また、ワクチンを接種すべきだという情報も適切に伝わり、短期間で大勢のゲイの人々にワクチンが行き渡ったことが、感染者が激減した理由の一つだと述べられています。
「米国のワクチン政策で驚かされたのは、よくそんなに短期間でワクチンが確保できたな、ということです。活躍したのは政治家でした。M痘の不活化ワクチンはデンマークのBavarian Nordic社(以下「BN社」)が製造元している「Jynneos」というものだけで、しかも4週間空けての2回接種が必要です。米国はBN社と販売の契約を結びましたが到底数が足りません。そこで“奇策”にでました。「1バイアル(1瓶、もともとは接種1回分)のワクチンを5分割して、5回分として使う」という方法です」
「この「5分割」は従来の使い方とは異なりますし、BN社の売上げ減につながります。米『ワシントン・ポスト』紙によると、同社はこの提案に難色を示し、一時は「今後、米国が行うワクチンの注文を全てキャンセルする」とまで米政府を脅したそうです。しかし、最終的には米国が押し切るかたちでこの「5分割作戦」が行われたのです。8月18日、ホワイトハウスは「5分割を前提として、このワクチン(Jynneos)を全米の州に配布する」と発表しました。さらに、驚かされたことがあります。やはりワシントン・ポストによると、出会いを求めてゲイが集まるクラブなどのスポットをワクチン接種の会場にしたというのです」
「米国のなかにも「政府の対応が遅れた」「政府のせいで感染が広がり犠牲者が増えた」と政府を批判する声があります。ですが、もしも日本で急激にM痘の感染者が増え始めたとすれば、米国と同様の対応がとれるでしょうか。私はM痘に対する米国の対応は、完璧ではないにせよ、我が国が見習わねばならない理想的なものだったと考えています。米国は日本と比べてはるかに多様性に富んだ国で、自己主張の強い国民が多い自由の国です。その米国で、公衆衛生学のリーダーが登場し、正しい知識を啓発し、ハイリスクのゲイコミュニティがそれに従ったのです」
「これだけ短期間にこれだけの人数に接種できたのは、政府がワクチン確保のために海外の製薬会社に一時はキャンセルするとまで言われながらも奇策をしかけたおかげです。いわば、公衆衛生学者、コミュニティ、政府が一体化した結果が米国の“勝利”だと言えるわけです」
 
 いかがでしょうか。ちょっとワクワクするような、いいなと思える話ですよね。
 この記事では言及されていないのですが、バイデン政権だったからこそ、ゲイコミュニティに対して迅速にワクチンを提供するよう動くことができた、という見方もあるでしょう(かつて共和党のレーガン政権がエイズを“ゲイの病気”と見なして放置したことを考えれば、もしトランプ政権だったらこうはいかなかっただろうと想像できます)

 谷口氏は、「米国のみならず日本でもM痘の流行が起こる可能性がある」と見ています。「そして、性交渉以外での感染も懸念しています。CDCによると、ベッドリネンなどに付着したウイルスは、数ヵ月からなんと数年間にもわたって感染性を維持することがあるのです」
 ワクチンは生ワクチンと不活性ワクチンがあるのですが、日本には生ワクチンしかないという問題があります。「生ワクチンはHIV陽性者には使えず、またアトピー性皮膚炎を含む慢性の湿疹があるか、過去にあったというエピソードがあれば使用できません」「しかし、日本政府は不活化ワクチンの確保には消極的で、BN社と交渉したという話も聞きません。ゲイコミュニティの間で正しい情報が共有される可能性はあると思いますが、米国のようにミーティングスポットがワクチン会場として使われるような政策はとられないでしょう」
 
 幸いにしてこのままM痘の感染拡大が起こらずに済んだとしても、「新しい感染症の危機の芽は次々と起きている」といいます。WHO本部感染症危機管理シニアアドバイザーの進藤奈邦子氏によると、「大規模感染症の勃発の頻度は5年に一度」です。
「WHOでは、ウェブ情報や各方面の諜報活動により次の脅威となる感染症の芽を注視している。1年間に140ほどだったのがここ数年で300以上に以上増えた。これは、サーベイランスの精度や診断技術の向上も貢献しているが、気候変動や森林破壊、紛争や干ばつによる大量の人口移動、都市化や環境汚染などが進めば進むほど、感染爆発のリスクは高まる。今後もそのリスクは増えていくだろう」
 新型コロナウイルスの対策もままならない日本で、米国のように公衆衛生学者、コミュニティ、政府が一体となってウルトラCを実現するようなことは望むべくもありません(しかも、ゲイコミュニティのために迅速に動いてくれるようなことも期待できません)…今後どんどん新しい感染症が出てきたとき、果たして私たちの命は守られるのでしょうか…。 
 そういう意味でも、政治は本当に大事ですね。
 
 
参考記事:
サル痘 感染抑制に成功した米国 日本の今後は(毎日新聞医療プレミア)
https://mainichi.jp/premier/health/articles/20230113/med/00m/100/009000c

「5年に一度、大規模感染症が起きる」日本企業ができる貢献は?(Forbes JAPAN)
https://forbesjapan.com/articles/detail/52932

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