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【パリ五輪】バッシングを受ける女子ボクシング選手をIOCが毅然と擁護、『女性として疑う余地はない」「ヘイトスピーチや攻撃は到底受け入れられるものではない」

2024年08月04日

 1日に行なわれたパリ五輪の女子ボクシング66キロ級2回戦で、性別適格性について議論になっているイーマーン・ヘリーフ(アルジェリア)と対戦したアンジェラ・カリニ(イタリア)が開始46秒で棄権したのち、イタリアのジョルジャ・メローニ首相が「男性の遺伝的形質を持っているアスリートは、女子カテゴリーの試合に参加するべきではない」などと言ってヘリーフ選手を批判したり、SNS上で彼女がトランスジェンダーだなどと事実無根のデマが流れ、誹謗中傷が沸き起こりました。

 イーマーン・ヘリーフ選手は、昨年の女子ボクシング世界選手権で国際ボクシング協会(IBA)の“性別適格検査”に合格せず、失格とされました。その理由は、こちらの記事によると「DNA検査を実施し、XY染色体を持っていることが明らかになったため」だとされていますが、IBAは「2つの信頼できる独立した検査機関を理由に失格とした」とだけ述べて検査内容は秘密にしています。IOCは、IBAの検査の正確性に疑問を呈し、「(検査の)プロトコルがどうだったのか、検査が正確だったのか、この検査を信じるべきかどうか、私たちにはわからない」「検査が行なわれたことと、私たちがその検査の正確性あるいはプロトコルを受け入れるかどうかは、別問題だ」と述べています。なお、ロシアが主導するIBAは組織運営や不正判定の問題で国際五輪委員会(IOC)から国際統括団体の承認を取り消されています。
(※そもそもIBAとはどんな団体かというところから現在までの経緯の詳細を時系列でまとめたBBCの記事がこちらに掲載されています。詳しく知りたい方はご覧ください)
 
 2日には女子ボクシング57キロ級1回戦でリン・ユーチン(台湾)がシトラ・トゥルディベコワ(ウズベキスタン)に5-0の判定勝ちを収めました。ユーチン選手もへリーフ選手と同様、IBAの“性別適格検査”で不合格とされた選手でした。
 IBA会長のウマル・クレムレフ氏(ロシア)が、両選手について「XY染色体を持っていた」と語ったことから、ネット上で「男性が女子の試合に出場している」などとして炎上していました。

 この騒動を受けて、IOCは公式サイトで「パリ2024ボクシング部門とIOCの共同声明」を発表し、2人は東京五輪、世界選手権、IBAが認可する大会など国際大会に女性として問題なく出場していた、昨年の世界選手権での出場権剥奪について「彼女たちは突然適正な手続きなく失格させられた」と述べました。
 IOC広報のX(Twitter)ではバッハ会長がコメントする動画を公開し、その中で「女性として生まれた2人のボクサーがいる。女性として育てられてきた。女性としてのパスポートを持っている。何年もの間、女性として競技に出場してきた。これは女性としての明らかな定義だ。彼女らを女性として疑う余地はない」「ある人々は女性としての定義を自分自身で持ちたがっているようだが、これは科学的な根拠に基づいたものである。どうして女性として生まれ、育てられ、競技に出場し、パスポートを持つ女性を、女性と認められないのか」「何かあれば、私たちは聞いたり、調査する準備はできている。だが、我々は政治的動機による文化的な争いには関与しない」「また、この問題に関してSNS等で行われているヘイトスピーチや攻撃は到底受け入れられるものではない」と述べ、両選手を毅然と擁護する姿勢を示しました(素晴らしい)
 ICOのマーク・アダムズ報道官は2日、「これはトランスジェンダーに関する案件ではない。どういうわけか、男性が女性と戦っているかのような誤解から、混乱が生じている。これはそういうことではない。その点についてはコンセンサスが得られている。科学的にも、男性が女性と戦っているわけではない」と述べています。

 試合開始46秒で棄権し、試合後の握手を拒絶したアンジェラ・カリニ選手は2日、イーマーン・ヘリーフ選手に「謝りたい」と語りました。
 イタリアの『ガゼッタ・デロ・スポルト』紙に対し、カリニ選手は「この論争を悲しく思う」「対戦相手にも申し訳ない。IOCが彼女に試合で戦えると言ったなら、私はその決定を尊重する」と語り、試合後にへリーフ選手と握手をしなかったことについて「そんなことをするつもりはなかった」「実のところ、彼女とみんなに謝りたいと思っている。あの時の私は、自分のオリンピックが終わってしまったことに腹を立てていた」と語りました。そして、へリーフ選手と再会することがあれば「彼女を抱きしめ」たいと付け加えました。

 当初へリーフ選手を”男だ”などと言っていたYouTuberのローガン・ポールは「私はXに誤った情報を広めた罪を犯したかもしれない。情報によればイーマーン・ヘリーフは生物学的には女性として生まれたという」と元投稿を削除し、謝罪・訂正しています。「イタリア人を代表して謝罪します」「ほとんどのイタリア人はあなたを応援しています!」
 
 
 「スポーツ指導に必要なLGBTの人々への配慮に関する調査研究」をまとめるなど、スポーツにおけるジェンダー・セクシュアリティの課題研究についての第一人者と目される中京大の來田享子教授(スポーツ史)は「性のありようは、高度なプライバシーに関わる情報です。当事者が自ら公表していないにもかかわらず、推測に基づき、「トランスジェンダーではないか」「DSDs(性分化疾患)ではないか」などと公然と論じることは、あってはならない行為です。確かに、「スポーツの公平性」をみいだそうとする議論は重要です。しかし、それは今回のように選手を傷つけるような形ではなく、競技関係者や専門家らによって冷静に行われるべきです」と述べています(全くその通りですね)
 來田教授にインタビューした朝日新聞の記事は、背景に「女性差別の歴史」があると指摘したり、セメンヤ選手をはじめ性別を疑う差別的な事例や参加資格をめぐる議論の歴史についてざっと振り返るなどしていて、たいへん有意義です。

(なお、スポーツの世界で性分化疾患やトランスジェンダーのアスリートをどう包摂するかについて、そもそも近代スポーツが内包する男性身体優位という制約から批判的に捉え直した『スポーツとLGBTQ+』という本がとても参考になると思います)

【追記】2024.8.7
 ロシア主導のIBAは5日、記者会見を行ない、クレムリンともつながりのあるオリガルヒ(新興財閥)のウマル・クレムレフ会長が「遺伝子検査で男性を示す結果が出た」などと主張しましたが、関係者の発言が矛盾していることもあり、状況はさらに混乱しただけでした。
 会見を受けてアルジェリアオリンピック委員会は「根拠のない主張」だと非難し、台湾教育部体育署は「IBAに対して厳重に抗議した」と発表し、IBAに対して法的措置を取る可能性もあると警告しました。

【追記】2024.8.10
 現地時間8月9日、ボクシング女子66kg級決勝でイーマーン・へリーフ選手が、女子57kg級決勝でリン・ユーチン選手が見事に金メダルを獲得しました。両選手とも度重なる誹謗中傷や侮辱行為(例えばリン・ユーチンの場合、準決勝で試合に勝った後、対戦相手のエシュラ・ユルドゥズカフラマン(トルコ)がリング上で指を交差させて「X」を作って四方に示す(男性の「XY」染色体を意味すると見られています)という侮辱行為を行なって波紋を呼んでいました)や観客のブーイングにも負けず、試合に集中し、5-0のフルマークの判定で勝利しました。
 なお、両選手を失格としたIBAの性別検査は、血液検査などではなく、パンツの中身のチェックだったとフランスのソビンコ選手が証言しています。これが事実であれば検査の名に値しない、人権侵害でしかない所行です。

 朝日新聞の「ボクシング女子、検査の議論 テストステロンや染色体の影響と研究」という記事で育成年代のサッカー女子日本代表のチームドクターを務めてきた貞升彩氏は、テストステロン値が高い女子選手について、「テストステロン値には個人差があり、人種による影響も考えられるが詳しいところはわかっていない」と述べています。「婦人科疾患である多囊胞性卵巣症候群を抱える女性でテストステロン値が高くなることも指摘されている」「テストステロンがフィジカルパフォーマンスにプラスの影響をもたらすのは立証されているが(たとえ性分化疾患の人であってもテストステロンを受け取る受容体が機能しているかどうかで状態が異なるが)仮にテストステロン値が高くても受容体機能の低下が見られる時にどの程度フィジカルパフォーマンスにプラスの影響をもたらすのかは現時点ではわかっていない」
 IBAの検査はこうしたテストステロン値の難しい話以前の問題なのではないでしょうか。

【追記】2024.8.12
 イーマーン・ヘリーフ選手が閉会式でアルジェリア選手団の旗手をつとめることになったそうです(閉会式はだいたい金メダルを獲った選手が旗手に選ばれてますよね)。ヘリーフは金メダル獲得後、「私は攻撃や激しいキャンペーンにさらされたが、これが私にできる最善の対応。答えは常にリングの中にあった」とコメントしています。仏『ル・モンド』紙も「彼女の参加が何の論争も引き起こさなかった東京五輪から3年後、イーマーン・ヘリーフは論争を背景に、保守派と極右派が主導する、ジェンダーに関する論争の中心にいることに気づいた」と報じていました。
 ところが、閉会式の土壇場になって、ヘリーフ選手は旗手から外されました。アルジェリア・オリンピック委員会は「普通のことだ」と主張し、性別に関するバッシングとは「無関係」だと否定しているそうですが…。ヘリーフ選手の心中を察するに余りあります。

 同様に金メダルを獲ったリン・ユーチン選手は、台湾の旗手として笑顔で行進しました。

 
参考記事:
【パリ五輪】ボクシング女子の性別騒動 アルジェリア選手に「謝りたい」と途中棄権のイタリア選手(BBC)
https://www.bbc.com/japanese/articles/cv2g2eqgr44o
性分化疾患を抱える女子ボクサーは「女性」だ...パリ五輪の性別騒動(ニューズウィーク)
https://www.newsweekjapan.jp/kimura/2024/08/post-268.php
波紋広がる女子ボクシング性別騒動 IOCバッハ会長が選手2人を擁護「女性を疑う余地ない」渦巻く誹謗中傷に批判(THE ANSWER)
https://the-ans.jp/paris-olympic/446948/
性別騒動の女性ボクサーが、“非難を受けるいわれがまったくない”理由。棄権した伊選手は「謝りたい。彼女には何の罪もありません」【パリ五輪コラム】(THE DIGEST)
https://thedigestweb.com/topics_detail13/id=84093
”性別問題”女子ボクサー・へリフがメダル確定!彼女を「男」と広めた超有名ユーチューバーら続々と謝罪(イーファイト)
https://efight.jp/news-20240804_1521696
パリ五輪ボクシングの性別騒動 何が問題だったのか #専門家のまとめ(Yahoo!)
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ad53c81787bfe3435dfe518b9fbf0d0ab12c62ca

ボクシング女子、性と出場資格めぐる議論 「公平性」模索の歴史(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASS824QVRS82OXIE02HM.html

五輪ボクサー性別騒動、アルジェリアがIBAの「根拠ない主張」非難(AFP)
https://www.afpbb.com/articles/-/3532599
五輪ボクシングの性別騒動、台湾当局がIBAへの法的措置示唆(AFP)
https://www.afpbb.com/articles/-/3532782

敵が“男”と揶揄も闘志消えず…世界的論争を招いた性別騒動の女子ボクサーの金メダルを米紙が激賞「歴史に名を刻んだ」【パリ五輪】(CoCoKARA)
https://cocokara-next.com/athlete_celeb/boxing-women-fails-gender-test-19/
また“Xポーズ”…性別騒動の台湾ボクサーに敗れた相手が侮辱行為 繰り返される問題抗議に愕然「勝利が台無しに」【パリ五輪】(CoCoKARA)
https://cocokara-next.com/athlete_celeb/esra-yildiz-kahraman-insulting-act/
性別適格騒動で波紋を呼んだIBAの検査とは? “驚きの体験”を仏ボクサーが告白「私が受けたのは血液検査じゃなかった」【パリ五輪】(CoCoKARA)
https://cocokara-next.com/athlete_celeb/iba-test-controversy-paris-2024/2/

【パリ五輪】性別騒動の金メダリスト・ヘリフがアルジェリア選手団の閉会式旗手に(東スポ)
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/312975
性別騒動で渦中の女子ボクサーが閉会式で旗手の大役を”ドタキャン”で外される! 母国関係者は「普通のことだ」と憶測を否定【パリ五輪】(THE DIGEST)
https://nordot.app/1195568687462613867

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