REVIEW
【AQFF上映作品】これがゲイ映画というものです! 純朴なゲイの青年とその友達、二丁目的なコミュニティ、そして恋の真実を描いた感動作『3670』
脱北者という「半分異邦人」である20代のゲイの青年が、脱北者コミュニティとゲイコミュニティの間を行ったり来たりしながら、友達をつくり、本気の恋をし、傷ついたり、喜びを感じたりしながら、真っ直ぐに「幸せ」を求めて生きていこうとする姿を描いた、心から共感し、感情移入し、泣ける作品です

日本でも口コミで人気が広がっているとしてこちらの記事でフィーチャーされていた映画『3670』。今回、アジアンクィア映画祭で待望の日本初上映が実現します。
『3670』は2025年の全州国際映画祭では〈配給支援賞〉〈CGV賞〉〈Watcha賞〉を受賞し、ヨンジュン役のキム・ヒョンモクも〈俳優賞〉を受賞しています。また、同年の青龍映画賞ではパク・ジュンホが最優秀新人監督賞にノミネートされました。同年9月に韓国で劇場公開され、インディ/アート系部門で興行ランキング首位を記録し、話題を呼びました。アジアンクィア映画祭の公式サイトでは「静かな語り口の中にアイデンティティや理解、「共に生きること」の意味を問いかける感動作」と紹介されていました。『イバンリのチャン・マノク!』に続き、一足早くレビューをお届けします。
<あらすじ>
若い脱北者チョルジュンは、脱北者同士の強い絆に支えられながらも、自らがゲイであることを隠したまま、深い孤独を抱えていた。やがて彼は、ソウルの活気あるゲイコミュニティに足を踏み入れ、そこで出会ったヨンジュンと心を通わせていくが――。





これだけ余韻を引きずる映画っていつぶりだろう…。
最後の10分は泣きっぱなしでした。
生きて、この映画を観れたことへの感謝の気持ちが沸き起こるとともに、もしかしたらこれは生涯ベストかも…と思うくらい、大切な、ずっと胸の奥にしまっておきたい作品だと感じました。
主人公のチョルジュンはちょうど『FLEE フリー』の主人公のように、命からがらボートに乗って祖国を後にし、(国に残った両親とは二度と会うことができないと予感しながら)韓国で人生をやり直そうとしている20歳そこそこの若者です。韓国にはそういう脱北者たちを支援する社会の仕組みがあり、また、そういう仲間たちの集まりもあり、支え合いながら暮らしています(初めて知りました)
しかし、ゲイであるチョルジュンは、脱北者コミュニティではそのことを言えないし、ゲイコミュニティでは脱北者であるがゆえのそこはかとない居心地の悪さ(みんながカラオケで歌ってるポップソングが全くわからなかったりという「ついていけなさ」など)を感じたり陰でバカにされたりということがあって…「半分異邦人」であり、二つの相容れないコミュニティに属していることゆえの苦悩、ある意味、引き裂かれるような思いを抱きながら人生を模索しているのでした。
観ていくうちに、この映画は、それだけにとどまらない、素晴らしく画期的な要素が大きなウェイトを占めている作品だと気づき、胸が躍り、すっかり魅了され、夢中になりました。それは「二丁目的なもの」の機微を実に生き生きとリアルに描いた作品だということです。
チョルジュンは初心者向けの、ちょっとしたゲームとかをやったりするような合コンイベントを検索で見つけて、勇気を出して参加し、鍾路(チョンノ)という二丁目のようなゲイタウンに初めて足を踏み入れ、「デビュー」するのですが、その場の雰囲気になじめず…という、きっと誰もが経験してきたであろうことが実にリアルに描かれます。そこから少しずつ、友達ができたり、若い子のグループに加わったり、初めてクラブに行ったり(ダークルームがあるクラブです)、いろんな経験をしていきますが、「タチかウケか」「どんな人がタイプか」みたいな質問にもうまく答えられなかったり…。
この世界、モテる人とそうでない人、うまくやれる人とそうでない人の格差みたいなこともどうしても生まれてしまうし、友達グループの中でもイイ男をめぐっていろんな思惑が交差したりもするし、必ずしもきれいごとだけでは片付けられない部分もあるわけですが、そういうところも含めて「二丁目的なもの」をリアルに描き出したことがスゴいです。
世の中、(BLは論外として)ストレートの監督が同性カップルの権利(同性婚とか子育てとか)にフォーカスした映画やドラマを作ったりすることが珍しくなくなりましたが、「実際のゲイの世界はこうじゃないんだけどな…」と思うような部分もあったりして、でも、意義のある作品だからと賞賛されたり、当事者側も何も言わず、ということもあったと思うんです。一方、『3670』は、監督さん自身も「韓国ゲイコミュニティの文化を記録することが今回の映画の重要な目標でした」と語っているように、今の韓国のゲイコミュニティがそのまま写し出された作品です(タイトルからしてゲイの間で使われてる暗号です)。きっとこれをご覧になるみなさんは、劇中の誰かには自分を重ね合わせることができるでしょうし、「これは自分たちの映画だ」と思えるはずです。
それから、僕がこの映画にすっかり魅了された理由はもう一つあります。主人公であるチョルジュン(キム・ヒョンモク)のキャラクターの魅力です。たぶん「脱北者らしさ」を演出する意図もあると思うのですが、鍾路の20代のゲイたちがおしなべて韓流ドラマの俳優やK-POPスターみたいな髪型(前髪系)なのに、チョルジュンはどちらかというと短髪のスポーツマン的な髪型で、眉毛がしっかりした男っぽい顔立ち、しかもモムチャン(マッチョ)で、都会にはあまりいないタイプの素朴な男の子です。本人は自覚してないけど、磨けば光る「原石」のような存在です(この世界、そういう人がいちばんモテるんじゃないでしょうか)。でも、まだコミュニティに馴染んでなくて(生活していくだけでも大変なので)、ゲイの友達や本気で愛せる恋人がほしいと思っている純朴な20代です。そんな彼が、戸惑いながらもなんとか友達を作り、友情や愛を求めていく様や、スレていないがゆえの輝きに、感情移入せずにはいられません。
対照的に、背が低く、かわいいと言えばかわいいけれどもモテる感じではないヨンジュンという子が、チョルジュンを鍾路に連れ出す友達として登場し、第二の主要なキャラクターになります。彼は見た目的には「その他大勢」の一人になりがちで(世間的にはヨンジュンのほうがモテるでしょうが、ゲイの世界ではそうじゃないよということをはっきり描いたのもよかったです)、ヨンジュンなりの悩みを抱えています。チョルジュンに光が当たれば当たるほどヨンジュンの影が際立ち…という対比も描かれ、せつないです。そんなヨンジュンにも、この映画は優しいまなざしを注ぎます。
短髪で男っぽい顔立ちの素朴な青年(ゲイの世界でモテるタイプ)という魅力的な主人公を据えて、脱北者の苦悩をからめながら、そういう彼が、友情を何よりも大切にしながら、不器用ながらも真っ直ぐに自分の人生を切り開いていこうと奮闘する様を描いているわけですが、最後にどんでん返し的な「恋の答え合わせ」が行なわれ、さらにダメ押しのようにいろんなことがチョルジュンの「幸せ」につながり、涙を誘うという、実によくできた映画でした。ハリウッド的な定石に堕していない、新鮮で、この映画だからこそのラストシーンも素晴らしかったです。
この映画に恋をしたと言っても過言ではないくらい、ハマったし、泣けました。どれだけ言葉を尽くしてもまだ足りないと思うくらいです。心からの賛辞を捧げます。
ぜひ、ハンカチやティッシュを持って、観に行ってください。
3670
2025年/韓国/124分/監督:パク・ジュンホ/出演:チョ・ユヒョン、キム・ヒョンモクほか *日本初上映
2月21日(土)19:40-、22日(日)16:35-、アジアンクィア映画祭にて上映
INDEX
- ダンスパフォーマンスとクィアなメッセージの素晴らしさに感動…マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』
- 韓国のベアコミュニティが作ったドラマ「Cheers 짠하면알수있어」
- 安堂ホセさんの芥川賞ノミネート第2作『迷彩色の男』
- リュック・ベッソンがドラァグクイーンのダーク・ヒーローを生み出し、ベネチアで大絶賛された映画『DOGMAN ドッグマン』
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
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