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映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024

NYのアート団体「Visual AIDS」による「Day With(out) Art 2024」の上映会&トークイベントが12月6日に東中野「ポレポレ坐」で開催されました。映画のレビューとトークの模様をレポートいたします

映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024

 NYのアート団体「Visual AIDS」(レッドリボンプロジェクトの立役者であったパトリック・オコンネルが創設した団体です)は1989年、エイズ危機へのリアクションとして、喪に服したり何か行動をするようアート界に呼びかける「Day With(out) Art」というイベントを始めました。この取組みは以降も続けられ、毎年新たな映像作品が世界エイズデーに同時に上映されています。日本でもノーマルスクリーンが10年前から「Day With(out) Art」の映像作品を上映するイベントを開催してくださっています。
 今年は『94歳のゲイ』などが上映されたポレポレ東中野の1階のカフェ「ポレポレ坐」で12月6日(金)に開催されました。【赤色で思い出す…】というテーマでした。
「レッドリボンやその他の視覚的な要素を通じ、HIVやエイズは長い間、血液/痛み/悲劇/怒りといった赤色のイメージと結びつけられてきました。『赤色で思い出す… (Red Reminds Me…)』は、観る人にHIVにまつわるイメージや感情の複雑な広がりについて考えるよう促します。
 フィリピン、パナマ、アメリカ、アルゼンチン、コロンビア、ベルギーから集まった作品は、官能性や親密さ、母性や親族関係、運や偶然、記憶や亡霊などについて、パロディ、メロドラマ、演劇、皮肉、ホラーなどの手法を用いて、今日のHIVに関する体験を表現する新たな語彙を作り上げます。
 タイトルの「赤色で思い出す...」(Red Reminds Me…)は、活動家/詩人でHIVとともに長く生きるサバイバーであるステイシー・ジェニングスの言葉に由来しています。彼女は「赤は私に思い出させる、赤は私に思い出させる、赤は私に思い出させる…自由であることを」と書いています。ジェニングスは「赤」と「自由」を結びつけ、通常の赤色の連想を反転させ、HIVを生きる複雑さについての新たな考え方を提供しています。
 プリズムが光を屈折させるように、「赤色で思い出す...」はHIVを生きる感情のスペクトラムを広げます。悲しみ、悲劇、怒りがこの疫病の一部を定義している一方で、その全体像には深く、ニュアンスがあり、時に矛盾する感情が含まれていることを示しています」
ノーマルスクリーンの公式サイトより)
 
 会場にはたくさんの方が来られていて(ろう者の方も。ちゃんと手話通訳も付いていました)、あったかいコーヒーを飲んだりしながら映画とトークを楽しみました。
 今回上映された作品は、すべて日本初上映だそうです。世界130ヵ所で上映されています。


 
映画レビュー:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024

私に恋したHIV(フアン・デ・ラ・マー、マリアナ・イアコノ|アルゼンチン、コロンビア)
 HIV感染がわかったあと、しばらくは性欲がなくなり、悩んでいた女性が、やがて自身のセクシュアリティを受け入れ、喜びを取り戻していきます。「この体がHIVとともにあれますように」という言葉には感動を禁じえませんでした。絶望を乗り越えて共に生きていくという境地を越えた解放。喜びと官能。たぶん彼女はバイセクシュアルかパンセクシュアルだと思うのですが、男性とのセックスのシーンも素敵でした。ジムで鍛えて、パーティを楽しんで、レザーのハーネスを着てセックスするというのがゲイと同じだなぁと思いました。自身の体に映像を映すところは『S/N』を思い出させました。


親愛なるツェン・クワン・チー(ジアン・クルス|フィリピン)
 ツェン・クワン・チーという、マオスーツを着てエッフェル塔など西欧を象徴するような建物の前でポートレートを撮る作風の写真家にインスパイアされた、ジアンというフィリピンのクィア・アーティストが、絵葉書のような、絵画のような映像とともに、ツェン・クワン・チーへの思いを語る作品です。映像もピアノ曲も美しかったです。最後のクレジットがピンク地に赤の文字で書かれていたのも印象的でした。ピンクが少しザラついた紙のような感触で『BUTT』を思い出させました。


天地 リミックス(イマニ・マリヤム・ハリントン|アメリカ)
 本当に多くの人たちの命が喪われたサンフランシスコのゲイコミュニティ。長年、そのそばにいて、たくさんの人たちを看取ってきた女性による、あまりにも美しく、痛切な映像詩。フィルムに火をつけたときのように、画面に穴が開いて次第に大きくなっていく表現の痛ましさ。フェリックス・ゴンザレス・トーレス、ライアン・ホワイト、シルヴェスター…エイズで亡くなったいろんな人たちの名前が記されていました。涙なしには観ることができない作品でした。

 
アンビバレンス:HIVと運について(デイヴィッド・オスカー・ハーヴェイ|アメリカ)
 感染告知を受けた後、髪が真っ白になったという主人公は、今の時代のHIVはそのような悲劇的なものではなく“退屈”でさえあるが、しかし、世の中のHIV/エイズにまつわる悲劇的なイメージには辟易している、といった語りに、今までHIV関連でこのような映像表現ってなかったのではないかと思うようなポップなイメージ(馬の蹄鉄でU=Uを作ったり。ペニス型のバルーンが宙を舞ったり。AI画像なども)が重ね合わされ、U=U以降のHIVの現在のリアリティを描くような作品でした。


it’s giving(ニクシー|ベルギー)
 布地など生活の中にある物を背景に、やや小さめの枠でメインの映像が映し出され、時には2つの映像が同時に流れたりというかたちの作品でした。90年代のトランスジェンダー女性の映像(インプロビゼーションなライブで「カポジ肉腫のカバースティック!」と叫んでたりする実にパンクな映像だったり、性別適合手術の予後の説明だったり)と、自身が子どもを育てる姿の映像を重ね合わせたりしながら、「命」について考えさせます。

 
エイズクラブ(ミルコ・デルガド|パナマ)
 昔のHIV陽性者が“怪物”か何かのように扱われていた時代のイメージをホラー的なパロディにして見せたり、「エイズクラブへようこそ」というテレビ番組みたいな(ドラァグクイーンが司会をしている)映像を作り込んだり、HIVを赤いゼンタイで擬人化し、まるで恋愛ドラマのパロディみたいに海辺でふざけあったり、実に面白い、今回最も笑えて興奮した作品でした。「こういう映画を作りたい」という気持ちが20年ぶりくらいに沸き起こりました。

 
明晰ナイトメア(ヴァシリオス・パパピツィオス|アメリカ)
 ゲイナイトの脱ぎ系イベントみたいなセクシーな格好の主人公(監督自身が演じています)が、クスリをやってラリってるのでどこまでリアルかわからないものの、テレビでは地球温暖化によって生じた古代ウイルスによるパンデミックが深刻化しているというニュースが流れ(HIVに関する新聞記事もあり)友達にPrEP薬を送らなきゃとつぶやいたり、近未来のSFのような、虚構と現実がないまぜになった作品。アーティストのMVのようなシーンもあって面白かったです。

 
 これまで10年間、ほぼ毎年「Day With(out) Art」の作品を観てきましたが、今年は実にバラエティに富んだ作品が集められ、豊作だと思いましたし、U=UやPrEPの時代のHIV/エイズのリアリティを反映した(昔のような深刻さではなく)ポップな見せ方の映像が増えたのはいいことだなぁと思いました。

 ノーマルスクリーンのこちらのページに「Day With(out) Art」の映像が上がっています。ぜひご覧ください。

 

アフタートーク 

 上映後、中村キースヘリング美術館の学芸員である田中今子さんと、福正大輔さんが登壇し、トークセッションが行なわれました。全部ではないのですが、抜粋&編集して内容をお伝えします(話された言葉を少し変えてある部分もあることをご了承ください)

福正さん:
 実は私はポストカードを出すチャリティなのでVisual Aidsの活動に参加するアーティストの1人だったりするのですが、五十音の関係で古橋悌二さんと並んでサイトに載っていて、光栄です。 
 僕がHIVに感染していると告知を受けたときは、すでに死ぬ病気ではありませんでした。ラッキーだね、と言われたかもしれません。セックスできないということや、子どもに遺伝子を残せないという絶望はあったものの、生活にすごく激しい変化があったわけではありません。
 映画を観て、自分はゲイのHIV陽性者で比較的言いやすいのですが、女性やトランスジェンダーのHIV陽性者はなかなかそうはいかないという気づきが得られました。

田中さん:
 美術的な視点でもとても面白かったです。作品の性質が反映されているのかな。
 私はエイズクラブが好みでした。受け入れた先にあるもの。奥が深いと思います。
 あとは2つめのツェン・クワン・チー。彼はキース・ヘリングを追いかけて撮り続けていた人で、世に出ているキースのポートレートの多くは彼が撮った写真なんです。キースが亡くなって1ヵ月後に、彼もエイズで亡くなりました。彼の作品には社会的・政治的な側面もあり、深掘りしたいと思っています。
 
福正さん:
 アジアの人がキース・ヘリングを追っていた、それをスペインにもルーツがあるフィリピンのジアンが作品にして、こうして日本で観ているというのが鳥肌。ポートレート面白いですね。マオスーツ着て有名建築の前で。僕も赤いスーツで撮ろうかな。
 
田中さん:
 ベルギーの「it’s giving」も素敵でした。背景に毛糸や家庭的なモノの映像が、レイヤーのようにあって。90年代の映像と並べてたりして。

福正さん:
 トランスジェンダーの方の歌。えげつない歌詞でしたね。

田中さん:
 「エイズクラブ」も面白かったです。手放さないといけない、というセリフがあって。今までの残念だった生き方を手放す。HIVはお前のせい、奔放な性のせいと言われていたけど、そうじゃない。「エイズクラブ」に入りたいな、とさえ思いました。

福正さん:
 僕も自分を大事にできてなかった。クスリでハイになった後のダウンタイム、抜けていくときがつらいんですよね。体を傷付けるようなこと。薬物の痛みで心の痛みを紛らわすような。僕も「エイズクラブ」は気に入りました。表現って反転したときが面白いですよね。

田中さん:
 「明晰ナイトメア」に出てくるKってコカインのことでしょうか? 「必要なものはそこにあるでしょ」というメッセージ。今ないものを遠くに取りにいく感じ。全部自分の中にあったのに、探そうとしなかった、と考えると、必要なものはあるでしょ、がよくわかります。

福正さん:
 現実と幻想を行き来するような作品。MVみたいなシーンも。映像のプロの方なんですね。

田中さん:
 3つめの「天地 リミックス」はいかがでした?

福正さん:
 画面が虫喰いのようになるのが印象的でした。メモリアルキルトが出てきます。先日、バイデン大統領が初めてホワイトハウスの中に展示しました。名前が記されている。友人の死は死者何万人と言うのと違う。具体的な死。数字じゃない。遺された人にとっての追悼の意味を感じさせます。癒しだったり。大事な人を思うこと。

田中さん:
 1つめの作品もよかったですね。セックスのシーンにビートが乗って。自分の体にプロジェクションしている。肉感的。美しかったです。

福正さん:
 そうですね。この作品はHIVが私に恋したというタイトルでした。治らないとしてもHIVとともに生きていく。幸せを感じさせました。

田中さん:
 私は2年前にパニック障害を経験していて。それがなかったら想像できなかったことはあるなと思いました。

 映画を観てのお二人の感想にうんうん、と頷きながら。ツェン・クワン・チーがキース・ヘリングのポートレートを撮っていたことも初めて知って。お話を聞けてよかったです。福正さんにはぜひ赤いスーツを着ていろんなところで写真を撮って、ツェン・クワン・チーのような写真展を開催してほしいなと思いました。それを観た方がジアンさんのようにインスピレーションを得て、さらに 何かが広がっていくのではないかと(ウイルスよりも強く、思いが感染していく未来を想像します)。今回の上映会&トークショー、本当に参加してよかったと思えるイベントでした。主催したノーマルスクリーンとTOKYO AIDS WEEKS 2024に感謝します。

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