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REVIEW

奇想天外にしてノンジャンルな、まったく新しいクィア(ゲイ)映画『ユースフル・ゴースト』

物語が一体どんな展開になるのか予想がつかない、今まで観たことがないような、感動と興奮を覚えること間違いナシの、タイから届いたクィア映画です。昨年のカンヌ国際映画祭批評家週間グランプリに輝いています

奇想天外にしてノンジャンルな、まったく新しいクィア(ゲイ)映画『ユースフル・ゴースト』

 2025年、カンヌ国際映画祭〈批評家週間〉にてワールドプレミアを迎えた『ユースフル・ゴースト』は、新鋭ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督の長編デビュー作にして、各国メディアから「ジャンルでは括れない」「驚くほど独創的」と異例の注目を集め、同部門においてタイ映画としては初選出ながら見事グランプリを受賞しました(タイ映画が同映画祭のコンペティション部門で選出・受賞を果たすのは、タイ映画史上初のパルム・ドールを受賞した『ブンミおじさんの森』以来15年ぶりの快挙です)。今作は米アカデミー賞国際長編映画賞ショートリスト選出も果たし、タイ映画の世界的評価をさらなる高みへ押し上げました。
 Instagramで1,800万人を超えるフォロワーを持つ世界的ファッションアイコンでもあるタイの国民的スター、ダビカ・ホーンが主演しています。
 奇想天外な設定を起点に、コメディ、ロマンス、ホラー、SFと様々なジャンルを軽やかに横断しながら、環境問題や労働、政治的抑圧といった現代社会の歪みに鋭く切り込み、すべてが結びつくラストには驚きと深い感動が待ち受けます。
 亡くなった妻の霊が掃除機に宿って夫のもとに帰ってくるというストーリーの作品がどうしてカンヌでグランプリを獲れたのか? ゲイのキャラクターは登場するみたいだけど(あまり期待しないけど)どの程度クィアな映画なのか?というところが気になって試写で拝見しました。レビューをお届けします。

<あらすじ>
舞台は、粉じん公害が深刻化するバンコク。最愛の妻・ナットを呼吸器疾患で亡くしたマーチは悲嘆に暮れる日々を送っていた。ある日、ナットの魂は掃除機に宿るかたちで舞い戻り、ふたたび愛を確かめ合う二人。その頃、マーチの家族が経営する工場では、死亡したゲイの従業員の霊が機械に取り憑き、操業停止に追い込まれていた。霊に悩まされる家族や社会から拒絶されたナットは、工場の除霊に協力することで、夫への愛そして自らの存在を“役に立つ幽霊”だと証明しようとするが……。







 え? めっちゃゲイのキャラクターいっぱい出てくるけど? ゲイSEXのシーンも2ヵ所くらいあったけど? という驚きと、作品全体がクィアのアレゴリー(寓話)になっていたことの驚き。「掃除機に憑依した妻の幽霊と遺された夫の奇妙なラブストーリーを描いた作品」なんかじゃありませんでした。奇想天外にしてノンジャンルな、まったく新しいクィア(ゲイ)映画だと感じました。奇想天外にしてジャンル横断的なクィア映画といえば、ちょっと前だとエブエブが、最近だと『ドランクヌードル』があったと思いますが、エブエブよりもゲイ濃度が高く、『ドランクヌードル』よりもリアリスティックです。一言で言うと、とても面白かったし、血が騒ぎました。興奮と感動を覚えました。

 映画の冒頭で、名前の無い(藤井隆さんがヒゲを生やしたような感じの)学生…かどうかはわからないのですが何か書いたり研究している感じのゲイの青年が(「たった一つの塵の粒子が、ゲイとしての私の人生を永遠に変えてしまった」という語りがあるので、間違いなくゲイです)、粉塵で汚れた部屋を掃除するために掃除機を買うのですが、その掃除機が夜中に咳き込んだりゴミを吐き出したりするので家電屋に電話し、男性が修理に来るのですが、その男性・クローンが、マーチとナット、マーチの叔母のスマーンが経営する工場で起きた幽霊騒ぎの物語を語りはじめる…という物語構造になっていて、一見、本筋とは関係なく、このくだり要る?って思う観客もきっといるだろうと思うのですが、この名無しのゲイとクローンがクィア映画としての重要な意味を担い、のちのちあっと驚く展開を見せます。

 絶対に結末は言えないので、ストーリーへの言及は慎重に避けつつ、感動と興奮のクィア映画としてのコアとなるところをお伝えすると、この作品では、幽霊が「社会から排除された、しかし、常人にはない力を持っていたりするマイノリティ」として描かれています(まるで『X-MEN』のように)。ある者は人間社会で力を持つおえらいさん(権力者)に取り入ったり、自身が「役に立つ」ことを示すことで生きながらえようとするし、ある者は社会の歪みや悪い人間によって無念の死を遂げたことに憤り、暴れたり、復讐の機会を狙っていたりします。世間の多くの人にとって幽霊はただの「気味が悪い」「迷惑な」存在でしかありませんが、名無しのゲイくんは幽霊が「抗議者」であることを敏感に見抜くんですよね。自身もマイノリティなので、幽霊にシンパシーを抱けるわけです。
 メインストーリーはマーチとナットという美男美女のうるわしい愛ですが、この絵に描いたような美しい男女の愛は、妻が幽霊というマイノリティであるがゆえに、引き離されようとする、という悲劇に見舞われます。ナットは生き残りを賭けて「役に立つ(ユースフルな)」幽霊であろうとしますが、それはマイノリティへの裏切り行為だったりもして、批判にさらされます。クィア的に見ると、この映画には異性愛/同性愛、強者/弱者という対比が読み取れますし、その対比が人間/幽霊にも重ねられていると思います。

 逆に見ると、幽霊はノイズであり、不愉快な厄介者であり、存在を消されたりもする悲劇的な存在として描かれていますが、それって歴史的にゲイがたどってきた道でもあるんですよね。マーチの兄のモスがゲイで、親からも親戚からも嫌悪されるのですが、パートナーのテッドが工場の製品の販路拡大に貢献したため、手のひらを返すように認められたというエピソードは、「役に立つ(ユースフルな)」幽霊であろうとするナットの姿と重なります(つまり、ただのマイノリティははみ出し者として排除されたり消されたりするけれども、何かで役に立てば存在が認められ、生き延びられるという点で共通しています。もちろんこの映画では、役に立たなければ存在を認められないのか、との批判が込められています)
 
 なお、ここで言うクィア映画とは、クィア・ムーブメントが1980年代のエイズ禍の時代、政府の無策によって何万人ものゲイ・バイセクシュアル男性たちがなすすべもなく亡くなっていくなかで、レズビアンやトランスジェンダーも一緒になって立ち上がり、ACT UPなどのエイズ・アクティヴィズムの運動が起こった中から生まれたものであり、「私たちはここにいるし、私たちはクィアなのよ、それに慣れることね」とプライドパレードやデモで叫んだという、生存を賭けた闘いの歴史を踏まえています。クィアとは、標準・普通・規範的な性のありようからの隔たりであり、異性愛規範や性別二元論への批判・抵抗であると同時に、多様な性のありようの人たちの「連帯」、言い換えると「愛」でもあり、そういう意味で『ユースフル・ゴースト』は正しくクィア映画だと思います。
 
 それから、この映画に登場するゲイは、熊系だったりイカつい兄ちゃんだったりするのですが、そこもたいへん好感が持てます。タイのBL映画はもれなくイケメンが主人公をつとめているわけですが、監督さんは「それらは観客の目を喜ばせながら、それは自身の身体がそういった美の基準に合わない、普通のゲイたちには有害に思えるんです。私は普通の映画ではゲイの主人公を演じられるとは見做されない俳優にこそ彼らを演じてほしかったんです」との思いで、こういうキャスティングにしたんだそうです(こちらのインタビュー記事より)
 
 いろいろ書いてきましたが、ゲイだらけでゲイSEXも描かれる(イケメンのちょっと笑えるSEXシーンもある)、クィア映画としての興奮や感動も味わえる、カンヌ受賞も納得の凄い作品です。ぜひご覧ください!
 

ユースフル・ゴースト
原題または英題:A Useful Ghost
2025年/タイ・フランス・シンガポール・ドイツ合作/130分/R15+/監督:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク/出演:ダビカ・ホーン、ウィットサルート・ヒンマラートほか
7月10日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

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