REVIEW
ゲイのリアルも描かれたドキュメンタリー映画『沼影市民プール』
さいたま市の沼影市民プールの最後の49日間を追ったドキュメンタリー映画なのですが、そこがゲイの出会いの場であったことに注目した監督が、実に力を入れてゲイのエピソードを描いていて、なかなかの見どころある作品になっています

海のない街のプールとして50年超にわたって愛されてきたさいたま市の沼影市民プールが、ある日突然、取り壊しを宣言され、市民から反対運動が巻き起こり…という顛末を追ったドキュメンタリー映画『沼影市民プール』が9月に公開されます。沼影市民プールは「沼プー」の愛称で(神宮プールなきあと)芝プーやリバプー、元プーなどとともにゲイの間で人気を博したプールだったと思いますが、スゴいのは、この映画の中で、沼プーの常連だったおじさんがプールサイドで巨漢の青年(荒岡龍星さんが演じています)と出会い、カップルになり、それだけでなく、親御さんにも恋人を紹介し、というフィクションパートが盛り込まれているところです(予告編にもそのシーンが入っています)。監督の太田信吾さんは、「このプールが日本のゲイコミュニティにおいて非常に有名な交流の場(クルージングスポット)であったことを知り、その側面を作品に反映させるべきだと考えた」と語っています。出演者のToshi Douglasさんが実際のプール利用者で、家族にカミングアウトしていない状況だったことに触れて「『演技』という行為には、現実の自分と距離を置き、自身の人生の可能性を探索する力がある。プライバシーを保護しつつ、彼が自分自身を客観的に見つめるための手段として、ドラマの要素を取り入れた」とも(映画ナタリー「モナキのサカイJr.や荻野由佳ら推薦、太田信吾の監督作「沼影市民プール」に22名コメント」より)。6月の台北映画祭にも出品され、チケットが売り切れるほどの人気を博したという注目作です。
<概要>
「海なき市にプールを」という市民の願いから1971年に誕生した沼影市民プールは、人々の憩いと出会い、そして健康を支える場として、52年間で約600万人が訪れた。しかし2021年、さいたま市はプールの解体と、小中一貫校の建設を発表する。存続を求めて900通を超えるパブリックコメントや1万人以上からの署名が寄せられたものの計画は進み、2024年3月、沼影市民プールは静かにその役目を終えた。「わたしたちに許された特別な時間の終わり」「解放区」などの太田信吾監督が、沼影市民プールが営業終了の日を迎えるまでの49日間にカメラを向け、公共施設の喪失が市民に何をもたらすのかを見つめていく。






沼プー自体には行ったことがないのですが(この映画を観て、行っとけばよかった…と後悔)、せめてさいたま市で映画を観よう、地元の人たちの熱気も感じられるかもしれない、と思い、浦和のユナイテッド・シネマで観てきました。予想通り、たくさんの方たちが観に来ていて、市民の憩いの場だったプールに思いを馳せるかのような熱さが感じられました。
この市民プールがいかに愛されていたかということがひしひしと伝わってきて、最後の別れの場面は涙なしでは観られませんでしたし、さいたま市と市教委とが、市民の声も聞かず、強引なやり方でこの大切な場所を潰してしまったことの不条理に、憤りを感じずにはいられませんでした。
沼プーでガチムチのおじさん(Toshi Douglasさん)がすごい巨漢の青年(俳優の荒岡龍星さん)と出会い、自宅に連れて帰り、お母さんに紹介するシーンがあるというのは、予告編で観て知っていたのですが(「ゲイバー」という単語を聞いた時のお母さんのリアクションが何とも言えない味わいがありました)、映画の最初のほうで、それとは別の、男性から男性に向けられた欲望が負の側面として描かれるシーンが出てきて、軽くショックを受けました。もしこのシーンだけだったら、(事実なので監督さんは何も責められる筋合いはないのですが)『沼影市民プール』はホモフォビックな作品だと言われ、海外の映画祭にも呼ばれなかったんじゃないでしょうか(台北に呼ばれたの、このお二人ですからね。いかにゲイのエピソードが高評価を博し、人気を高めたかということの証左です)
中盤、セクシーめの水着を穿いたガチムチおじさんが登場し、太めの男性が好きだと話す様子や、プールで颯爽と泳ぐ姿や、自宅で年老いたお母さんとの二人暮らしの様子が映し出されました。おじさんが車でプールに出かける様を台所の窓から見つめるお母さんの表情が実に面白いです。演技ではない、リアルだからこその妙味。素晴らしいです。
一方、このおじさんが、体調がよくないお母さんを気遣うシーンの親子愛は、ジーンとくるものがあります(他のファミリーはそんなシーンなかったのに、わざわざ密着して自宅のシーンをここまで掘り下げて撮っているところがスゴいし、監督の熱意を感じずにはいられません)
そして終盤、ガチムチのおじさんがすごい巨漢の青年と意気投合し、自宅に連れ帰るシーンが、最大の山場です。もう予告編にだいぶ映っているのですが、ここはドラマなので、お母さんも含めて小芝居が演じられていて、思わず笑ってしまいます。同性婚だとかパートナーシップ制度だとかという言葉は出てこないものの、短い時間の中で、ゲイがどのように相手と出会い、つきあい、親に紹介したりしなかったり、カミングアウトしたりしなかったり、ということのリアリティが実によく描かれていたと思います(こういうふうに、はっきりとは言わないものの、彼氏さんを自宅に呼んだりしている方、すごく多いと思います)。市民プールの最後を描くという趣旨からすると、かなり異例の対応だと思いますし、ゲイに寄り添おうとする姿勢や力の入れようがすごくて、ありがたいやら申し訳ないやら…。
エンドロールでLGBTQ団体の名前が「後援」としてクレジットされていました(LGBT法連合会とかプライドハウス東京とかではない団体でした)。きっと何かしらのアドバイスもあったんでしょうね。
もしゲイに関するエピソードが全く無ければ、ただの一般市民に愛されたプールの最後を見つめた作品、よくあるファミリー向けの無難な(悪く言うと面白味がなくて陳腐な)作品になってたと思うのですが、監督さんがゲイの出会いの場になっていたことを知ってそこをずいぶん熱心に掘り下げて(わざわざ俳優さんを投入してドラマのシーンも盛り込んで)描いたことで、沼プーの実態というか(冒頭で負の側面も描かれましたが、そこも含めて)あらゆる面が余すことなく描かれ、完成した感があります。
ゲイとは関係ないですが、スライダーお兄さんという沼プーの名物的な方も登場してて、面白かったです。(そういえば、伝説の神宮プールでは、毎年最終日に「アバ子とズレ子」さんが子ども向けプールでシンクロを披露するというのが名物になってたそうです)
あと、プールの総責任者の會田さんという方が、短髪色黒マッチョでカッコよかったです。
決してゲイ映画ではないですが(ゲイ要素は全体の5%くらいです)、ゲイのリアルを描き、観客に理解や共感を促すような作品になっていたのは確かです。もし興味がある方は、ご覧になってみてください。市民プールの営業も終わったこの時期、「取り壊された僕らの居場所」に思いを馳せるのも素敵かもしれません。
沼影市民プール
2025年/日本/80分/監督:太田信吾
9月5日よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開
INDEX
- ゲイのリアルも描かれたドキュメンタリー映画『沼影市民プール』
- すべての裸は素晴らしい――ブロードウェイミュージカル『フルモンティ』
- セクシーさもありつつ胸が締め付けられるような映画『君の見る世界をなぞる』
- マーティン・シャーマンが『BENT』より前に書いたラブリーなゲイカップルの演劇作品『パッシング・バイ』
- 性的指向とは何か?という根源的な問いに迫る目からウロコな本:『パンセクシュアル宣言』
- CBC「ハートフルワールド」第22話「東京・新宿二丁目編」がなかなかよかったです
- アート展レポート:西村宏堂展「Cells - 細胞 -」
- かつてこんなにゲイゲイしいバレエがあったでしょうか…ベルリン国立バレエ『ヌレエフ』レビュー
- メキシコから届いたハッピーでキラキラなトランス・ドキュメンタリー映画『きっと青春大革命!カルラ8年の記録』
- 涙、涙の真実の物語:映画『シークレット・オブ・ミー』(レインボー・リール東京)
- バンパイアというマイノリティの悲哀と愛をクィアになぞらえて描いた異色作:映画『シレンシオ』(レインボー・リール東京)
- 奇想天外にしてノンジャンルな、まったく新しいクィア(ゲイ)映画『ユースフル・ゴースト』
- マレーシアで奮闘する人たちの姿を追った感動のドキュメンタリー映画『クィア・アズ・パンク』(レインボー・リール東京)
- 最高にパンクでエロティックなBruce LaBruce版『テオレマ』:映画『来訪者』(レインボー・リール東京)
- 恋する男子たちの姿に胸キュン…心に残る名作映画『せき止められた水』(レインボー・リール東京)
- ゲイの警官が主人公のセクシーなクライム・ラブストーリー『ボディ・ブロー』(レインボー・リール東京2026)
- 当事者でなければ作り得ない、トランスジェンダーのリアルに迫った傑作短編映画『トランジット・デイズ』
- アート展レポート:2人展 男たちの昼と夜
- 最高に素敵な国⺠的ドラァグクイーン“パンティ”の生き様を描いたドキュメンタリー映画『クイーン・オブ・アイルランド』
- アート展レポート:Queer Art Exhibition
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