REVIEW
すべての輝けないLGBTQに贈るホロ苦青春漫画の名作『佐々田は友達』
人づきあいが上手くない地味な主人公と、なぜか仲良くなろうと求めてくる超陽キャなギャル系クラスメートとの友情を描いた高校青春漫画であると同時に、主人公がクィアであるがゆえの複雑さがさりげなく描かれ、奥行きが深い名作になっています。自分の高校時代と重ね合わせてしまう方、きっと多いことでしょう。ぜひ読んでみてください

物静かで昆虫が好きで他人とのつきあいが上手くない高校生・佐々田絵美が、なぜか同じクラスの超陽キャなギャル・高橋優希に興味を持たれ、友達になっていく様を描いた青春漫画『佐々田は友達』(文芸春秋)。宝島社「このマンガがすごい!2025」オンナ編11位にランクインするほど、高く評価されています。地味というか陰キャな佐々田が高橋のような超陽キャ女子と友情を育くんでいく様が本当によくて、きっと多くの読者がそこに共感・感動したのだと思われます。でも、それだけではなく、佐々田がトランスジェンダーであり、そのことを誰にも言えず、独り苦しんでいる人であるということがさりげなく、控えめに描かれています(ここでご紹介する所以です)。この漫画は、きっとどのクラスにも1人くらいいたであろう、佐々田のような生徒のことを読者に思い出させ、「もしかしたらあの子もそうだったのかもしれない…」と読者に想像させるような作品です。レビューをお届けします。
<あらすじ>
茶畑高校に通う高橋優希。人生はパーティチャンスの連続で、楽しむことが大好き。同じく茶畑高校に通う佐々田絵美。カナヘビとカマキリが大好きで、自分自身の形がまだはっきりしない16歳。クラスの一番遠くにいた二人が、ある日の放課後、偶然出会って?
読み終わったあと、少し胸が苦しくて、せつなさが込み上げてきました。なぜかはわからないのですが、矢野顕子さんが歌った『すばらしい日々』が脳内で流れていました。
安易にカタルシスにもっていかない、ほろ苦い、けど絶望的ではない、一筋の真実のリアルさに救われる、そんな作品でした。名作だと思いました。
佐々田と優希(ゆうき)の友情の物語に引き込まれて、いろんな「よかった」があって、それだけでも傑作青春漫画として人気を博したと思います。特にゆうきの心の闇が描かれていたところがよかった。「心の穴」を埋めるために必死で毎日を陽気に過ごしているけど、そうでもしないとやっていけないんですよね。佐々田もそれをなんとなく察して、心を開き、優しくしてあげるのです。
もし佐々田が性別違和など抱いていない、ちょっと変わった女子生徒だったとしたら、めっちゃ前向きで陽キャな「ギャル」との友情を通じて高校生活を輝かしいものに変えて「青春」できたかもしれないのに、と思います。
でも、佐々田は「優等生タイプの女子」にも「腐女子」にも「ギャル」にもなれなくて、クラスメートから見ると、本当の自分を表に出さず、どこか未来をあきらめているような、孤独な人なんですよね。なぜそうなのかは決して誰にも言えなくて、佐々田は内にモヤモヤを抱えたままくすぶっています。
ジェンダーかセクシュアリティかの違いはあれど、佐々田の姿は、まさに高校時代の自分だったと思いました。
異端者である自分にはみんなと同じような明るい未来など待っているはずがないと思い、ゲイであることを誰にも相談できなくて、孤立感を深め、深刻に悩んでいたけれど、陽キャな人も含めいろんな人と友達になれたし、それなりに楽しいこともあった高校生活だったな…でもしんどかったな、とか、思い出してしまいました(ものすごく昔の話です。世の中に肯定的な情報が一切なかった時代)。きっとみなさんも、いろいろ思い出すと思います。
佐々田は僕と違い、世の中にLGBTQ(性的マイノリティ)の情報がしっかりあって、相談できる先もあり、支援も受けようと思えば受けられ、カミングアウトして自分らしく生きることも可能な時代に生きています。なんと、同じ高校には、あっけらかんと同性愛している生徒やカミングアウトしたキラキラなLGBTQの生徒たちもいました(『glee/グリー』を思い出しました)。そんな人たちがいるのかと佐々田は驚きますが、かえって苦悩が深まってしまうところもあったりします。
何の屈託もなく生きているクラスメートや、カミングアウトした生徒たちのように、本当の自分でいられる人は強い。けど、本当の自分をさらけ出すことができない「わたし」はどうしたらいいのか。
佐々田には越えられない壁があり、誰にも言えない苦悩があり、自分をまるごと肯定して未来を思い描くこともできません。もし周囲に本当のことを伝えたとしたら、みんなは佐々田を抱きしめ、そのままでいいよと言ってくれて、友情もさらに深まったんじゃないかと思うのですが…。本当にせつないです。
キラキラした(シャイニーな)LGBTQと、輝くことができないLGBTQ。生きづらさは自分のジェンダー(やセクシュアリティ)に起因しているわけだから家族や学校や世の中がLGBTQを「理解」してくれたら万事OK、という単純な話ではないのです。もっと複雑な要因がからまっているのです。そこをきちんと描いた作者はスゴい、素晴らしいと思いました。
作者のスタニング沢村さんは、ノンバイナリーであることをカムアウトしている方だそうです。
朝日新聞「笑顔で闘う、心痛む社会で 性的少数者の高校生描く「佐々田は友達」」によると、自分を男性と認識しているけど、女性としての体があって生きてきたという感覚もあり(『女(じぶん)の体をゆるすまで』というエッセイ漫画に描かれています)、だからどちらでもないと思っているそうです。
スタニング沢村さんは、この作品について、自身の経験を反映しつつ「マイノリティーとして痛みを感じる世の中で、どうやって当事者を肯定するか」を考えて描いたと語っています。また、「笑顔で闘いたいです」「当事者を肯定して、当事者の人たちの力になれたらと思っています」とも語っています。そうした思いが、この『佐々田は友達』という名作に結実したんだな、と思いました。
優れた小説や漫画やドラマや映画は、胸の奥の「宝箱」の中にしまわれて、ずっと温かな光を放っていると思うんです。何かつらいこととかがあったときにまた箱から取り出してみるかもしれません。「佐々田だったらどう感じるかな」「ゆうきだったらどう振る舞うかな」と想像したりすることもあるかもしれません。
もはや誰もその名前を知らないのではないかと思いつつ、恐る恐る、宝箱から取り出した漫画をご紹介してみます。小山田いくさんが描いた『すくらっぷ・ブック』『星のローカス』という漫画です。中学や高校を舞台にした青春モノなのですが、生徒たちのお互いを思う繊細な優しさや熱い友情に涙し、その世界の住人になりたいとさえ思いました。
『佐々田は友達』を読んだとき、ひさしぶりに、高校時代に夢中になって読んでいた小山田いく作品を思い出しました。時代がかけ離れているので、もはや共通するようなところはほとんどないはずなのですが、高校生活という特別な時間の、かけがえのない友情を描いた青春漫画の名作として、つながっているんだと思います。
(文:後藤純一)


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