REVIEW
『ファン・ホーム - ある家族の悲喜劇 -』
レズビアンである作者が、父親が事故で死んだ後、実は父がゲイだったことや自分がカムアウトしたことがその死につながっているかもしれない…と考え、二人の関係を子ども時代から遡って回想していくという漫画。驚くほど深く、味わい深い、何度も読みたくなる本です。文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞(アメリカの権威あるマンガ賞であるアイズナー賞も受賞)

文化庁では、メディア芸術の想像とその発展を図ることを目的に、1997年から「文化庁メディア芸術祭」を開催しています(たとえば、第1回のアニメ部門の大賞は『もののけ姫』でした)。昨年、第15回を数えることになり、アニメ部門で『魔法少女まどか☆マギカ』が大賞に選ばれましたが、マンガ部門でしりあがり寿の『あの日からのマンガ』と並んで優秀賞を受賞したのが『ファン・ホーム - ある家族の悲喜劇 -』です。あまり知られていない漫画ですが、実はこれ、ゲイやレズビアンについての作品です。
作者のアリソン・ベクダルは、レズビアンの主人公とその周囲の人々の日常を綴った『Dykes to Watch Out For』を連載し、「同性愛を描いた作品における傑作の1つ」と評されていましたが、7年の歳月をかけて完成させた『ファン・ホーム』を2006年に発表し、複数のメディアからその年のベストブックと評され、アメリカで最も権威ある漫画賞の1つであるアイズナー賞の最優秀ノンフィクション賞をも受賞しました。
マンガとも小説ともつかない、絵柄や読ませ方も日本のコミックとはかなり異なっていてとっつきにくい印象の本であるにもかかわらず、『ファン・ホーム』が日本語訳されて出版されたのは、権威ある賞を獲り、世界に広まったおかげでしょう(もちろん、出版社の方や訳者の方の努力のおかげでもあります)。アメリカで発表されているゲイ&レズビアンの文学やコミックのほとんどは日本語訳されないままでしょうが、こうして僕らがこの本を読めるのは、本当に幸いなことだと思います。
『ファン・ホーム』は、漫画でありながら高度に文学的でもあり、ユーモアとペーソスが等価に描かれ(絵の人物がほぼ全員、常に仏頂面であることが象徴的です)、ゲイであった父の死をめぐるミステリーでもあり、とうとうセクシュアリティについて十分に語り合えずに逝ってしまった父と自分との関係をめぐる回想録でもあり、レズビアンである自身の性の目覚めを描いた半生記でもあり、全体として、父へのオマージュ(愛の表現)となっています。
オスカー・ワイルドやプルースト、ジョイス、フィッツジェラルド、サリンジャーなど、たくさんの文学作品からの引用がちりばめられていますが、それは衒学趣味ではなく、まさにそうした文学が、亡くなった父親の心の内を探る手がかりだからです。
未だかつて見たことのないタイプの本で、初めは面食らうかもしれませんが、深い森のように何層にも重ねて書き込まれたディテールがじわじわと効いてくるような、実に面白く、そして胸を打つ(ラストシーンの感動…。そして構成の見事さにもうならされます)、間違いなく傑作だと思える作品です。
1980年、アリソンの父は庭仕事をしていて道でトラックにはねられて亡くなります。が、テーブルにはわざとらしくカミュの『幸福な死』が置かれており、アリソンはそれが自殺だったのでは?と考えはじめるのです。父・ブルースはいったい、何を思って死を「選んだ」のか。
「私の父の死はクィアな出来事だった。その多義的な言葉のあらゆる意味において
物事の通常の流れからずれているという点で、確かに奇妙であり、怪しくもあり、たぶん偽りですらあった
私たち家族一人ひとりをそれぞれの形で窮地に追い込み、希望をくじき、破滅させた
父の死に私は不安になり、弱気になって、時に酔っぱらった」
「父がビーチ・クリークの重力から逃れられさえしていれば、と思う。
そうすれば、父の太陽はあんなに慌てて沈んだりはしなかったかもしれない」
(もしここに住まなきゃならないのなら、私だって自殺するわ)
こうして作者は、さまざまな手がかりを拾い集めて思いをめぐらせ、父親の死の真実に迫ろうとしていきます。
『グレート・ギャツビー』を書いたスコット・フィッツジェラルドは、アルコール依存症で、44歳の時にハリウッドで心臓麻痺により息を引き取りますが、ブルースが死んだのも、フィッツジェラルドとほぼ同じタイミング(たった3日違い)でした。
彼は軍隊にいた頃に『グレート・ギャツビー』に心酔しており(ギャツビーと同様、農場の息子から成り上がったという生い立ちです)、母に手紙で愛の告白をしたのも、まるで自分がギャツビーであるかのような幻想を抱いていたからでした(二人が出会ったのは大学時代。ともに演劇をやっていたのでした)
ブルースの死の4カ月前、アリソンは両親にカムアウトしていました。そのすぐ後、母から、父が他の男と関係を持ってきたということを告げられます。そして死の2週間前、離婚すると電話がありました。
「両親にレズビアンだと打ち明けたことで私が父の死を招いたと考えるのは、非論理的かもしれない」
アリソンは男物の服を着たがり、外で遊ぶのが好きな、典型的な「ブッチ」で、対照的にブルースは家の中を装飾品で飾り立て、ガーデニングに精を出し、ベルベットのジャケットを着たりする「シシー」(オネエ)な人でした。
彼が好きな花はライラックでした。ライラックは、プルーストの『失われた時を求めて』にも描かれています。
「もし父よりもパンジーな人物がいたとしたら、それはマルセル・プルーストだっただろう」
アリソンは13歳の夏(1974年)、初潮を迎えましたが、母は大学院の論文と演劇(オスカー・ワイルドの『まじめが肝心』。1895年にこれが初演されてすぐ、ワイルドの同性愛裁判が始まりました)で忙しく、それを伝えるどころではありませんでした。
多忙な母を助けるべく、子どもたちが友達の一家に預けられた日の夜、父は車で出かけ、未成年にお酒を飲ませたかどで警察に逮捕されていました(その男の子の兄弟の密告で…。まるでオスカー・ワイルドのように)
1976年、ニューヨーク200年祭を見に、父は子どもたちをニューヨークに連れて行きました。父が友達(男二人。たぶんゲイカップル)を紹介します。ヴィレッジはゲイだらけでした。そして運よく手に入れたチケットで『コーラスライン』を観ました(「ある日、鏡の中の自分を見て言いました。『おまえは14歳で、ホモだ。どうやって生きていくつもりだ?』…たぶんそのとき初めて、自分が同性愛だって気づいたんです…」)
こうして、物語は少しずつ、ゲイとしてのブルース像の核心に近づいていきます。
アリソンは大学に入り、偶然、本屋でセクシュアリティについて書かれた本を見つけ、自身がレズビアンであると確信します。ゲイ・ユニオンに足を運び、ルームメイトにカムアウトし、彼女ができ…怒濤の冒険をします(まるで『オデュッセイア』のように)
それから彼女は、両親に手紙でカムアウトします。父は自分がゲイだということをアリソンが知っているという前提で返事を書いてきます。
「自分の立場を公言したいと思うことは何回かあった。でも43歳の私には、そのことに何か良い点があるとは思えない。今どきの大学にある”新しい”自由をいくぶんうらやましく思う。50年代にはその選択肢すらなかった」
アリソンは帰省し、父と映画を観に出かけることにしますが、その車中で、少しだけ、父と「そのこと」について語り合います。「そのこと」について話すのは、それが最初で最後でした。会話の内容こそ大したことはないのですが、じわっとくる、映画のようなシーンです。
最後に、この本の中で最も印象に残った言葉——たぶん、作者が最も言いたかったこと——をお伝えします。
「不公平の物語、性的不名誉と恐怖の物語、そして消耗品のような人生の物語
それこそが父の物語だ、と言いたい誘惑にかられる
父は同性愛嫌悪がひき起こした悲劇の犠牲者だ、と主張したいご都合主義的な感情は私の中に確かにある。しかし、それはそれで問題のある考え方だ
一つには、そう考えると父を責めることがいっそう難しくなってしまうからであり…
もう一つの理由は、そう考えるとまったくの袋小路に陥ってしまうからだった。
もし父が若い頃にカミングアウトしていたら、もし母と出会わずに結婚していなかったら…
わたしはどこに置き去りにされるのだろう?」 
『ファン・ホーム - ある家族の悲喜劇 -』
著:アリソン・ベクダル/訳:椎名ゆかり/小学館集英社プロダクション/2,625円
INDEX
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