REVIEW
もちぎ『あたいと他の愛』
Twitterのフォロワーが50万人を超える「ゲイ風俗の」もちぎさんが書き下ろした初の自伝エッセイ。極めてシリアスな家庭環境で育ったにもかかわらず、ここまで来れたのは、初恋の先生や腐女子の友達、ゲイの友達、お姉さんからの愛や優しさのおかげだったと、感謝の言葉を綴っている本です。涙なしには読めない感動作です。

おそらくTwitterをフォローしている方も多いのではないかと、そうでなくても、みなさん、頭が山のような形になっている独特のキャラクターの漫画をTwitterのTLで見たり、名前くらいは聞いたことがあるのではないかと思われる、今をときめくゲイの作家・もちぎさん。Twitterに投稿した漫画を集めた『ゲイ風俗のもちぎさん セクシュアリティは人生だ。』に続き、初の書き下ろしエッセイとして昨年11月に発売されたのが、『あたいと他の愛』です。
お父さんが自死で亡くなり、お母さんはいわゆる「毒親」というシリアスな家庭環境で育ったもちぎさんが、お母さんにウリをやってることがバレて罵倒され、高校卒業を目前に家出するまでの話が綴られています。「他の愛(たのあい)ってなんか変なタイトル〜」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、読み終わる頃にはきっと納得がいくと思います(そして泣けます)
もちぎさんのお母さんは、ご飯もろくに作ってくれない、ゲームセンターに通ってばかりいる人で、「あんたなんて産みたくなかった」と言ったり、些細な一言で怒り出し、突然包丁を突きつけたりする人でした。「中学出たら働け」と言われ、もちぎさんはお姉さんの援助でなんとか高校に行きますが、それでも「毎月家に5万入れろ。夏休みは10万な」と脅され、仕方なく男性とのセックスでお金を稼ぐようになりました。そして高3の時にお母さんに「あんた、男に体売ってるやろ。くそホモ! 恥さらし! 出て行け!」と罵倒され、携帯と通帳だけ持って原チャリで家出し、ウリ専のボーイとして生活するようになりました。稼いだお金でなんとか大学を出て、会社に就職したものの、ゲイだとバレて退職を余儀なくされ、ゲイバーで3年ほど働き、今は田舎で暮らしているそうです。
そんな尋常じゃない人生経験を、もちぎさんは漫画としてTwitterで発表しはじめ、あれよあれよという間にフォロワーが増え、センセーションを巻き起こし、メディアに取り上げられ、本も3冊出版されました。ここまでブレイクしたのは、世間の人が、もちぎさんの(いわゆる「毒親」の下での)壮絶な経験やウリ専に興味津々だったからというよりも(それもあるでしょうが)、もちぎさんが、「悲しみを光に変えるの」(by「不良少女と呼ばれて」)じゃないですが、グレたり、ダークサイドに堕ちたりしてもおかしくないようなひどい環境で育ったにもかかわらず、まるで『クィア・アイ』のファブ5のように、周囲の人を癒してあげられるような素晴らしい人格者として、真っ直ぐ、真っ当に成長したのは、奇跡的なことだと思います。
もちぎさんは、初恋の先生や腐女子の友達、ゲイの友達、お姉さんからの愛や優しさや勇気のおかげだったと、彼らへの感謝の言葉を綴っていますが(この本はそのために書かれたのですが)、そうやって、ずっと感謝の気持ちを忘れずにいて、このように誠実に本を書けるということ自体が、今の日本では稀有なことかもしれません。
世の中には、同じように辛い経験をしても、「なんで自分ばかりこんな目に」と不平不満を言い、全てを自身の不運や他人のせいにして、腐りまくり、曲がりまくって、毒を吐き、世界を呪い、自分の不機嫌に周囲の人間を巻き込んで、当たり散らしたり暴言を吐いたりして生きている人(もちぎさんのお母さんのような人)もいれば、そういう人とは距離を置きながら、自分は自分だと思い、腐らず、曲がらず、支えてくれた人たちへの感謝の気持ちを忘れず、家族とか友達とかのことを思いやりながら、周囲にあたたかな人間関係(コミュニティ)を築き、幸せを感じながら生きている人(もちぎさんやお姉さんのような人)もいます。家庭環境に恵まれなかったからといって(あるいはゲイに生まれたからといって)決して「終わった」わけではないし、人は「自分の生き方を選び抜く」ことができるのだと、これほどまでに鮮やかに感動的に伝えてくれる本ってなかなかないと思います。素晴らしいです。
書店によっては、最新刊に特典として「絆創膏」が付いてくるそうですが、もちぎさんは、まさに大勢の人々の心の傷に絆創膏を貼ってきた人ですよね。フォロワーもLGBTだけじゃなくて、セックスワーカーの方や、心に傷を抱えたストレートの方たちがたくさんいる気がします。ある意味、もちぎさんはそういう人たちにとっての救世主というか、教祖的な存在になっているんだと思います。
なお、東京レインボープライドの公式サイトにもちぎさんのインタビューが掲載されています(ぜひ読んでください)。最後に、今年の東京レインボープライドに来てくれると言ってくれました(覆面作家なので、どの方かはわからないと思いますが)。本当はステージに上がっていただいて、みんなで拍手できたらいいのにな…と思います。
『あたいと他の愛』
もちぎ/文藝春秋
INDEX
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- 性的嗜好におけるマイノリティの生きづらさを描いた映画『正欲』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
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- 映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』
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