REVIEW
クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
今年1月にアマプラで配信され、世間的にも話題になりつつある『ハズビン・ホテルへようこそ』。主要なキャラクターのほとんどがクィアですし、ミュージカルとしても絶品です。レビューをお届けします
敬愛する(『君たちはどう生きるか』のレビューも素晴らしかった)ぬまがさワタリさんが激賞していたので観てみた『ハズビン・ホテル』、ミュージカルのシーンは絶品ですし、クィアだらけで、特にゲイの男娼をフィーチャーした第4話がとてもよかったので、オススメしたいです。
始まりは2018年に発表された3分ちょっとのアニメ動画でした。主人公の女の子が「Happy Hotel」に泊まって贖罪をすると天国に行けるよ!とテレビでPRし、一笑に付されるなか、突然「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW(どんな悪魔も心に虹を持ってる)」という歌を歌い始めるというミュージカルになっています。
(YouTubeに上がってます。英語ですが、説明のところに日本語の解説や歌詞も載ってます)
2019年に公式YouTubeチャンネルで『Hazbin Hotel』のパイロット版(エピソード0)が公開され、再生回数1億回を突破するなど大きな話題となりました。このパイロット版を、なんと、親切な方たちが日本語吹き替えで作ってくれています。まずその動画からご覧いただけたらよいのではないかと思います。この作品の前提となる世界観やイメージが掴めますし、ストーリー的にもここが始まりになっています。(”Hazbin"は「かつては素晴らしかったが、今や全盛期を過ぎ衰えた」という意味です。なぜ最初”Happy Hotel"って言ってたのが”Hazbin Hotel"になったのかも、この動画を観るとおわかりいただけます)
2020年にはあの(『ムーンライト』や『ザ・ホエール』やエブエブを手がけた)A24によってテレビシリーズ化が決定、ついに今年1月、『ハズビン・ホテルへようこそ』の邦題でアマプラで公開されました。Yahoo!ニュースでも記事になっていて、世間的にも話題になりつつあるようです。
主人公はチャーリーという女の子なのですが、なんと、彼女は、ルシファーとリリスの娘なのです(リリスというと、エヴァに登場したあのリリスを思い出す方が多いと思いますが、もともとは天地創造の際にアダムと共に土から創造され、アダムの最初の妻となるはずだったのに、神を呪い、楽園を飛び出し、魔女となったとされる女性です)。そんな「地獄界のプリンセス」チャーリーは、まるでディズニー作品の主人公のようにピュアで育ちのよさを感じさせる歌ウマ女子で、(天国界が「間引き」の口実にしている)地獄の人口過密を解決するためにハズビン・ホテル(という名のリハビリ施設)を開業するのです。地獄の罪人たちがこのホテルに泊まり込んで魂の贖罪を行えば、天国に行けると考えたのです。彼女はレズビアンのヴァギーとつきあっていて、一緒にこのプロジェクトを成功させるために奔走するのですが、なかなかうまくいきません。なにしろ「本当に天国に行けるのか? そんな話は聞いたことがない」とみんな思い、チャーリーをバカにしているからです。
タダで泊まれるなら、と最初にホテルに来たのがゲイのポルノ男優であり男娼のエンジェル・ダストです。その後、チャーリーの企画が地獄界において前代未聞の特異で突飛なことだと思い、暇つぶしに協力を申し出たのがアラスター(紳士的に見えるけど中身は極悪な悪魔)で、アラスターはチャーリーのために、従業員を用意するのです。その一人がハスクというギャンブル好きのバーテン兼フロントで、どうやら彼もストレートではないようです(第4話で彼がどんな人なのかがわかります)
一般的なイメージでは、天国は清らかで平和で美しい聖なる地であり、地獄は断末魔の叫びが響き渡る醜悪で阿鼻叫喚な場所だと考えられていますが、この作品では少し違います。
天国の天使たちは年に一度、地獄にやってきて、地獄の住人たちを大虐殺します。チャーリーは天国界の大使と交渉を申し込み、アダムと会うのですが(あのアダムとイブのアダムです)、アダムは「ディック(ペニス)の父」と自慢げに言い、女とヤリまくっているゲスな男でした。そして、地獄の住人を年一で駆除するサイクルを勝手に早めると宣言し、交渉は決裂…という、血も涙もない、有り体に言って最低な人だったのです。
一方、地獄の住人は(生前犯した罪によって地獄に堕とされた人が悪魔に転生するのですが、チャーリーのように地獄で生まれ育った人も混ざっています)、だいたいが下世話だったり、クズだったり、堕落してたり、残忍だったりするのですが、でも、チャーリーとヴァギーのように何か真っ当なことをやろうとする人もいるし、恋愛もするし(ヴァギーがチャーリーへの愛を歌うシーンはちょっと感動的です)、友情もあるし、チャーリーが「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」で歌ってたように、どんな悪魔でも、心のどこかに虹を持ってるはず、と感じさせます。つまり、人間味があるのです。きっとみなさん、これって人間界そのものでは?と思うはず。そして(まるで中東のどこかの国のように)地獄の住人たちを無慈悲に殺しまくる天上界の人たちと彼らと一体どちらが「悪」なのか、と誰もが思わずにはいられないことでしょう。
このような世界観だからこそ、この作品は面白いし、魅力的だし、共感を呼ぶのです。登場人物が全員、キャラが立っているのも見どころです。
第4話が素晴らしいです。ジャンキーなハスラー、エンジェルが主役です。
みんなでホテルのプロモーションについて相談している最中、エンジェルはヴァルという名のボスに呼び出されてゲイビデオの撮影に向かいます(どんな内容のビデオかはお楽しみに)。でも、チャーリーは今抜けられると困る!と言い、みんなが止めるのも聞かず、ヴァルを説得してエンジェルを連れ帰ろうと撮影現場に乗り込み…逆にそこで迷惑をかけてしまい、ヴァルの怒りを買ったエンジェルがお仕置きを受けるはめに…。そのあとのエンジェルが歌うシーンがとても切ないです。この仕事はやめられない、なぜなら僕は毒に魅了されているから。僕は毒にまみれて死ぬ運命なのさ…。
自暴自棄になったエンジェルを見かねて助け舟を出すのがバーテン(飲んだくれ)のハスクなのですが、初めてハスクがどういう人なのかがわかりますし、彼の「男気」に惚れ惚れさせられます。ハズビン・ホテルの中でハスクは唯一、シブくて男っぽいタイプのキャラクターなので(しかもストレートじゃないっぽい)気に入る方、多いと思います。
毎話2回くらい描かれる歌のシーンがとにかく絶品です。ディズニー系ミュージカルのパロディじゃないかって思うようなノリだったり、不意にエモーショナルにさせるような歌だったり。この作品を観るべき理由の筆頭は、ミュージカルとしてとても魅力的だからです。
絵柄がどうしても受け付けない…という方もいらっしゃるかもしれませんが、きっと何話か観ているうちに慣れると思います。第4話だけでもぜひ、ご覧ください。
ハズビン・ホテルへようこそ(全8話)
2024年/米国/原作・脚本・監督:ヴィヴィアン・メドラーノ
アマプラで配信中
INDEX
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
- アート展レポート:ジルとジョナ
- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
- ラベンダー狩りからエイズ禍まで…激動の時代の中で愛し合ったゲイたちを描いたドラマ『フェロー・トラベラーズ』
- 女性やクィアのために戦い、極悪人に正義の鉄槌を下すヒーローに快哉を叫びたくなる映画『モンキーマン』
- アート展レポート「MASURAO GIGA -益荒男戯画展-」
- アート展レポート:THE ART OF OSO ORO -A GALLERY SHOW CELEBRATING 15 YEARS OF GLOBAL BEAR ART
- 1970年代のブラジルに突如誕生したクィアでキャムプなギャング映画『デビルクイーン』