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よしもとばなな『王国 その4 アナザーワールド』

よしもとばななの最新作『王国 その4 アナザーワールド』をご紹介します。パパ、パパ2、ママの3人に育てられた女の子・ニノが主人公で、ゲイカップルと女性が生み出した新しい家族像が提示されています。それだけでなく、「ふつう」ではない(クィアな)恋が描かれてもいて、『キッチン』のばななの21世紀的進化とも言うべき素敵さを感じさせます。

よしもとばなな『王国 その4 アナザーワールド』

『王国 その4 アナザーワールド』レビュー

 よしもとばななの最新作『王国 その4 アナザーワールド』をご紹介したいと思います。
 ニノという、沖縄のひどくマズい味のする、しかし、とても体によい果実と同じ名前を授かった女の子の心の旅、そして滅びゆく地球を癒していくような魂の軌跡/奇蹟、生命礼賛というおもむきの小説です。

 ゲイだらけの島・ミコノス島に一人たたずむ日本人の男の子を見て、きっとゲイだと思ったニノは、キノと名乗るその男の子と友だちになり、ゆったりとした素敵な時間を過ごします(冒頭からいきなりゲイって単語が出てくるところがスゴいです)。哀しみに沈む「猫の女王様の家来」キノとの仲が深まるにつれ、ニノはその出会いがパパ(楓)の予言した運命の出会いであることを悟ります。

 ニノは『リロ・アンド・スティッチ』のリロのように、日に焼けて、ちょっとたくましい感じの女の子です。
 目が不自由な代わりに人に見えないものが見える楓(パパ)、そのパートナーである実業家の片岡さん(パパ2)、薬草茶作りの名人である雫石(ママ)の3人に育てられました(橋口監督の『ハッシュ!』を思い起こさせます)。複雑かもしれませんが、とても素敵な家庭で、だからこそ、ニノは、パパやママと同様、現代人の多くが失ってしまったものを感じとり、愛でながら生きてきました。
 キノと出会う前のニノの恋愛も、ふつうの人とは異なるものでした。それが世間で受け入れられがたいものだったからではなく、おたがいの価値観の違いから、二人は離れてゆくのですが、心の整理をつけて、次(キノ)に進もうとするニノのキモチの描写は、けなげだからこそ、とてもせつなく、胸に迫ってくるものがあります。
 そのシーンに限らず、とにかくこの小説に登場する人々はみんな繊細で、おたがいを深く尊重し、愛し、魂で交流しているような感じです。

 最後に、この小説において「現実」を象徴しているパパ2(片岡さん)とニノが語り合うシーンがあります。パパ2(片岡さん)は、世間の汚い部分もよく知りながら世渡りしてきた商売人のゲイで、ちょっと毒舌家。二丁目にいそうなタイプです。この小説の中では浮いているように見えますが、あまりにも浮世離れしたパパ(楓)と雫石(ママ)の暮らしを支えてきたのは彼であり、ちゃんとその存在の大切さがリスペクトされているところが素敵でした。
 そして、ニノの誕生にまつわる真実が明かされ、この物語の大きな環が結ばれて、また新しい物語へと進んでいくような、そんな終わり方でした。

 単にゲイが登場するというだけでなく、乙女のような心を持ったゲイの方にとっては、きっと何度となく涙がこぼれてくるような、思い入れの深い一冊になると思います。少女漫画的とか、センチメンタルと言ってしまえばそうかもしれませんが、ばなな自身も「あとがき」に書いているように、これからしばらく続くだろう大変な時代にあって、自分を見失わずに生きていくために、この本がきっと癒しになるだろうと思わせるものがありました。まさにママの薬草茶のように、ささくれだち、すさんだ心にこの本の言葉はやさしくしみわたることと思います。


王国〈その4〉アナザー・ワールド
よしもとばなな/新潮社/1,300円(税別)


ばななが描いてきたゲイ

 よしもとばななは、1987年に『キッチン』(映画を観た方も多いと思います)で華々しくデビューしました。社会現象にもなった『キッチン』ですが、その主人公・みかげの学校の友達である雄一のお母さんは、実はお父さんで、ゲイバーを経営しながら雄一を育ててきたという人でした。デビュー作でいきなり素敵なゲイ(トランスジェンダー)のキャラクターを登場させ、心優しい「愛すべき隣人」としてのゲイ像を世間に刷り込みました。まだ90年代ゲイムーブメントが始まる前の(世間がホモフォビアに満ちていた)時代に、まるで川底に沈んだ宝石のようにキラリと光を放っていたように思います。

 1999年の『SLY(スライ)― 世界の旅 2』では、元彼の喬からHIV陽性であることを打ち明けられてショックを受けた清瀬を、ゲイの日出雄が「旅行に行こうよ、喬を連れて」と誘い、3人でエジプト旅行に行くというストーリーが展開されます。生と死の間で揺れる思いを描き、エジプトの旅の中で友情がたどった運命が胸を打つような長篇小説です。ここでもゲイの日出雄は心優しい「愛すべき隣人」でした。 

 そして、さらに新しいイメージのゲイが登場したのが、『王国 その1 アンドロメダ・ハイツ』(2002)という作品でした。
 薬草茶作りの名手であるおばあちゃんと、小さな山小屋に暮らす女の子・雫石。2人は麓の開発によって山を下りることを余儀なくされますが、雫石は、目が不自由で、人には見えないものが見える占い師・楓のもとでアシスタントとして働きはじめます。楓はゲイで、片岡さんという実業家の庇護を受けています。 たくさんの無垢な魂が交差し、他者への愛情の深さがにじみ出るこの作品は、読者の心を優しく癒してくれました。
 続く『王国 その2 痛み、失われたものの影、そして魔法』(2004)では、雫石を襲う厳しい現実が描かれます。思わぬトラブルに巻き込まれ、火事によって住まいを失くした雫石は、楓の留守宅に住み込み、働き始めます。しかし、都会暮らしに慣れるにつれ、山で身につけた力は鈍るばかり…。
 『王国 その3 ひみつの花園』(2005)では、祖母から届いた贈り物が、嘆く雫石に新しい時の到来を告げます。孤独の底で未来を見つめる楓、そして身を捨てて楓を支える片岡さん。雫石が二人と結んだ絆の強さと、自分の運命に気づくとき、眠っていた力が再び輝きます。
 そして今年の5月末に『王国 その4 アナザーワールド』が発売されたのでした。 

 たぶん、よしもとばななは、ごく身近なところにゲイの友人がいて、空気のようにゲイのリアリティを感じてきたのではないかと想像します。自身のサイトTwitterなどでも、ゲイのことに言及しているのを読むことができます。
  『王国』の続編も楽しみですし、これからも、素敵なゲイのキャラクター(あるいはゲイに影響を受けた人たち)を描きつづけてほしいと思います。

(後藤純一)