REVIEW
映画『テルマエ・ロマエ』
話題の映画『テルマエ・ロマエ』は、ゲラゲラ笑いながら楽しめる、よくできたエンタメ作品。と同時に、予想以上にゲイテイストな作品でもありました。レビューをお届けします。
映画『テルマエ・ロマエ』は、マンガ大賞&手塚治虫文化賞をW受賞したヤマザキマリさんの大ベストセラー漫画『テルマエ・ロマエ』を見事に実写化した話題作です。原作漫画の良さを活かしながら、絶妙なキャスティングと味付けを施して映画的なエンタメに仕上げた会心作と言えるでしょう。(イタリアでも大絶賛されたそうです)
すでにご覧になった方も多いと思います。文句なしに誰もが楽しめる娯楽作なのですが、同時に、予想以上に、いろんな意味でゲイテイストな映画でした。
古代ギリシアでは、念者=年長者が少年を寵愛するのは当たり前のことで、念者が庇護者・教育者として、次世代を担う善き若者を育てるということが、プラトンやソクラテスによって哲学的根拠が与えられ、制度として確立されていました(子どもを生み育てる男女の関係とは別の、崇高な関係と捉えられていました。スパルタ軍やそれを打ち破ったテーバイの神聖軍が男同士の愛と絆であれだけ強くなったというのは有名な話です)。アレキサンダー大王も男を愛したことで有名ですよね(映画『アレキサンダー』でも同性愛が描かれていますが、批評家からは「中途半端だ」と言われたそうです)
古代ローマでも、年長者と少年の愛は当たり前で、歴代の皇帝もほとんど経験していたといいます(ハリウッド映画『グラディエーター』ですら「褒美は女がいいか、それとも少年か?」というセリフが出てきます)。中でも有名なのが、五賢帝の一人、ハドリアヌス帝。出征先のエジプトで、寵愛していた少年アンティノウスがナイルで溺死し(自ら命を絶ったという説も)、ある都市にアンティノウスの名を付けてその名を永遠のものとしようとしました。その後、聡明な10歳の少年マルクスと出会い、自らの後継者に育て上げました。彼が後の哲人皇帝マルクス・アウレリウスです。しかし、古代ローマでは(特にネロの時代)、ギリシア時代のような年長者と少年の愛と絆の崇高さは後景に退き、享楽的な「何でもあり」の状態になっていきます(フェリーニの傑作『サテリコン』をぜひ観てください。前半は美少年ギトンの奪い合いと性の饗宴、後半は女性を悦ばせられないことの苦悩が描かれています。同性結婚のシーンもあったりします)
といったことを踏まえて観ると、『テルマエ・ロマエ』はずいぶん史実に(原作に)忠実に作られているなあと感心させられます。ハドリアヌス帝がアンチノーを亡くし、悲しみに打ちひしがれている姿を見て、技師ルシウスは心からの哀悼を表し、ナイル風の最高の浴場を造ることで、ハドリアヌス帝を癒すのです。このエピソードが(同性愛だからといって)茶化されずにきちんと(感動的に)描かれているところが素晴らしいと思いました。
そして、主人公のルシウスは、ハドリアヌス帝の少年への愛には心から共感し、ケイオニウス(ハドリアヌスの養子で後継者候補)の女たらしっぷりには嫌悪感を示しています。よくよく考えてみると、ルシウスは妻と結婚してから「一度も体に触れてない」ですし、山越真美(「平たい顔族」の女性。運命の人っぽい感じ)とも何もしていません…ルシウスもまた同性愛者なのではないか?と思えてきます。そうではなく、彼は仕事のことで頭が一杯なのだ、と多くの人は見ることでしょう。ギリシア的(プラトニック)に、精神性を重んじ、肉体の快楽に溺れないのだ、という見方もあることでしょう。その辺りは、実際に見て想像してみてください。
それからもう一点。「若くも美しくもない」男性の裸があれだけ大量に登場したことも画期的だと思います。
今の日本映画はそのほとんどが、若くて美しい男女の恋愛を描くものとなっていますが(それが「売れ筋」だと思われているからでしょう)、『テルマエ・ロマエ』はそのセオリーに乗らず、徹頭徹尾、男性の裸だけを見せています。阿部寛さんは例外的にマッチョでとてもいい体をしていますが、あとはしわしわのおじいちゃんだったり、たるんだ中年オヤジだったり、熊みたいな兄貴だったり、ローマ風呂のシーンでも怒濤のように外国人男性の裸体が登場します(『300』は腹筋割れたマッチョだらけで「ゲイムービーじゃないの?」と言われたりしましたが、こちらはもっと幅広い層に訴求することでしょう。しかも底抜けに明るく)。それはもう、すがすがしいくらい潔く、男性の裸体だけが、大量に出てくるのです。あっぱれ!という感じです。
<あらすじ>
生真面目な性格で古き良きローマの風呂文化を重んじる浴場設計師のルシウスは、ふとしたきっかけで現代日本にタイムスリップ。そこで出会った漫画家志望の女性・山崎真実ら「平たい顔族(=日本人)」の洗練された風呂文化に衝撃を受ける。古代ローマに戻り、日本の風呂をヒントに斬新な浴場を作って評判を呼んだルシウスは、時の皇帝ハドリアヌスからも絶大な信頼を寄せられるようになるのだが……
テルマエ・ロマエ
2012/日本/監督:武内英樹/出演:阿部寛、上戸彩、北村一輝、竹内力、宍戸開、笹野高史、市村正親ほか/配給:東宝/全国でロードショー公開中
(C) 2012「テルマエ・ロマエ」製作委員会
INDEX
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
SCHEDULE
- 03.19XO7
- 03.20RADWIMPSナイト3 〜無人島に持っていき忘れた一曲〜