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REVIEW

橋口亮輔『恋人たち』

橋口亮輔監督の7年ぶりとなる新作長編映画『恋人たち』。世の中の不条理に直面する人々の感情を丁寧に掬い上げたリアルな群像劇。ゲイに限らず、世間の理不尽さに泣いたことのあるすべての人にとって、これ以上ないくらいカタルシスな名作です。

橋口亮輔『恋人たち』

橋口亮輔監督の7年ぶりとなる新作長編映画『恋人たち』。世の中の不条理に直面する人々の感情を丁寧に掬い上げ、再生していく姿をも描いたリアルな群像劇。ゲイに限らず、世間の理不尽さに泣いたことのあるすべての人にとっての福音であり、これ以上ないくらいカタルシスな(号泣必至の)名作です。レビューをお届けします。(後藤純一)





 10月14日(水)、AiSOTOPE LOUNGEで開催された橋口監督『恋人たち』の試写会におじゃましてきました。正直、アイソの試写会だし、知ってる人もいっぱいいるし、なるべく泣かないでおこうと思ったのですが、ダメでした…危うく嗚咽を漏らすところでした…。

 人生には(特に、この国で生きる人には)、自分の力ではどうすることもできない不条理な出来事があり、運悪く、不条理な目に遭った人たちがたくさんいて…その深い深い怒りや悲しみを、この映画は丁寧に掬い上げ、リアルにえぐり出します。たまたまそばにいた人が寄り添い、慰め、癒してくれることもある。助けてくれると思ったけどそれは錯覚だった…という人もいる。夜の闇に向かって孤独に咆哮する者もいる。全体のトーンとしては、『ぐるりのこと。』と同様、深い深い絶望の中から一筋の光を見出し、あきらめずに前を向いて歩き出す…という、希望を感じさせるものになっています。『ぐるりのこと。』よりも主人公(男性、女性、ゲイ)が多い分、もっと感情移入がしやすく、カタルシスが得られるだろうな、と思いました(笑いもたくさん盛り込まれていました)
 橋口節は健在という言い方では足りず、これまでの橋口さんの作品のエッセンスがギュッと詰まった、さらに一段上のステージへ上がったような印象を受ける、大傑作でした。 
 
 あらすじをお伝えします。
 都心に張り巡らされた高速道路の下。橋梁のコンクリートに耳をぴたりとつけた篠塚アツシが、ハンマーでコンクリートをノックする。機械よりも正確な聴力を持つ彼の仕事は、音の響きで破損場所を探し当てる橋梁点検。そんな彼は、数年前に愛する妻を通り魔殺人事件で失い、悲しみに打ちひしがれ、荒れた生活を送っていた……
 東京近郊。高橋瞳子は自分に関心を持たない夫と、そりが合わない姑と3人で暮らしている。同じ弁当屋に勤めるパート仲間と共に皇室の追っかけをしたり、小説や漫画を描いたりすることで何とか日々をやり過ごしている。だがある日、パート先で知り合った取引先の男・藤田弘とひょんなことから親しくなり、次第に瞳子は藤田に惹かれていく……
 企業を対象とした弁護士事務所に勤める四ノ宮は、エリートである自分が他者より優れていることに疑いを持たない、いけすかない男。しかし、四ノ宮はゲイで、高級マンションで同性の恋人と一緒に暮らしていた。順風満帆に見えた彼の人生が、些細なことをきっかけに崩れていく……
 
 主人公は以上の3人なのですが、それだけでなく、幾人もの名優が脇を固め、素晴らしいアンサンブルを生み出しています。
 通り魔に奥さんの命を奪われた男・篠塚(『ゼンタイ』でセンセーショナルなデビューを果たした、篠原篤さん。男前だし、博多弁だし、ガチムチ好きにはたまらない魅力があります)が、世間の冷たさに怒り、悔しくて泣き、ボロボロになって、自暴自棄になっている姿が、本当に切なくて、涙を抑えきれませんでした。篠塚を支える会社の同僚で、左手がない人がいて、苦労を知っているだけに、篠塚の爆発寸前の感情をうんうんと受け止め、辛抱強く彼を支えるのですが、まるで天使のような人だなあ、愛ってこういうことだなあと感じました(演じているのは黒田大輔さん。『ぐるりのこと。』でとんかつ屋の息子を演じていた方です)
 頭がハゲていていかにもうだつが上がらない亭主に「豚奴隷」のように扱われ(「豚」の意味は、ぜひ映画で知ってください)、テレビで雅子様の姿を見たり、漫画や小説を書いたりするのが趣味という女(成嶋瞳子さん)。亭主に殴られても、姑(青森出身の木野花さん。絶妙なキャスティングです。家事に追われ、男に尽くして生きてきたんだなっていうのが、すごい説得力で伝わってきます。おかずが入った器に一つ一つサランラップをかけるシーンで、田舎の親戚のおばさんを思い出し、泣きそうになりました)にかばってもらえない不条理。そんな女が、なぜかいっしょに鶏をつかまえるハメになった男・藤田(三石研さん。さすが、名優です)とそういう関係になり、一瞬、この地獄から抜け出せる気がするのですが…本当にかわいそうなんだけど、成嶋さんのキャラクターもあって、ついつい笑ってしまいます。いい味出してます。藤田の奥さんが「元準ミス」を売りにするスナックのママ(『あまちゃん』に出てた安藤玉恵さん)なのですが、彼女はとにかく笑わせてくれます。
 まだ若いゲイの弁護士・四ノ宮(池田良さん)。大学時代からの親友がいて、彼には奥さんも子どももいて、幸せそう。四ノ宮にもイケメンな彼氏がいて、お互いに家族を紹介しあい、理想的な友達づきあいを続けていきたかった。けど、現実はそう甘くはありませんでした…。社会的地位を手に入れ、順風満帆に見えるエリートだって、本当に望んだ幸せは手に入れられないという不条理。世間のホモフォビアということだけでなく、もっと普遍的な、どんな時代にもきっとあり続けるだろうゲイゆえの「せつなさ」が見事に表現されていました(と同時に、ただの「かわいそうな人」ではない描かれ方でした。たぶん、ゲイを必要以上に美化してはいけないな…という橋口さんのバランス感覚の表れなんだと思います)
 
 そういう多彩な人間模様が、オムニバスではなく、少しずつ次々に(人間関係もからみあったりして)展開していき、最後に! 目の覚めるような、カッコいい演出。グっときました。タイトルロールが終わって、さらにもう1カット、映し出されます(「希望」の象徴です)。素晴らしいです。

 どの登場人物も、完璧ではなく、いいところも欠点もある。でも、それぞれの実存を懸命に生きているし、何かと闘っている(男はつらいよ。でも、女もつらいし、ゲイだってつらいよ)。時には理不尽な目に遭ったりもするけど、決してそれでおしまいじゃないし、前を向いて生きていける。みんな「愛すべき」人たちだし、死んでいい人なんて誰一人としていない。そういう「思い」が伝わってきて、日々たまった澱のようなものがダーっと洗い流された気がします。

 橋口さん、本当にいい映画をありがとう、という気持ちです。
 
 正直、世の中には、お金をどぶに捨てるような駄作もたくさんありますが、低予算でもこんなに素晴らしい映画を作れる人が日本にはいるんだということを多くの方に知ってほしいという気持ちにもなりました。

 ちなみに、二丁目での撮影シーンには、(ゲイだろうと思われる)エキストラの方もちらほら。もしかしたら、知ってる方も映っているかもしれませんね。かつて『二十歳の微熱』や『渚のシンドバッド』、『ハッシュ!』にハマった方も、今何かつらい思いをしている方も、恋愛に生きる方も、恋愛に失敗した方も、ガチムチ好きな方も、ぜひご覧ください!


『恋人たち』
2015年/日本/監督・脚本・原作:橋口亮輔/出演:篠原篤、成嶋瞳子、池田良、安藤玉恵、黒田大輔、山中崇、内田慈、山中聡、リリー・フランキー、木野花、光石研ほか/2015年11月14日(土)からテアトル新宿、テアトル梅田ほか全国公開
(c)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

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