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REVIEW

映画『ストーンウォール』

公開前から、賛否両論というよりもほとんど否定的な声しか聞こえてこなかった、とても珍しいパターンながら、そういう意味でたいへん話題にもなった映画『ストーンウォール』が、いよいよ公開されました。実際はどうだったのか…お伝えいたします。

映画『ストーンウォール』

 今年6月、フロリダ・オーランドのゲイクラブで銃乱射事件が起こった後、「LGBTに対する社会の捉え方や国の政策が変わる転換点を後世に伝えていくため」としてオバマ大統領によって国定史跡に指定された(詳しくはこちら)「ストーンウォール・イン」。LGBT関連の施設がアメリカの国の史跡に指定されるのは初めてのことです。ストーンウォール事件は、ゲイ解放運動のブレイクスルーとなった記念碑的な出来事であり、「ストーンウォール・イン」やクリストファー・ストリートは、世界的にゲイ解放運動のシンボルと見られてきました(例えばドイツのプライドパレードは「クリストファー・ストリート・デイ(CSD)」と呼ばれています)
 
 こちらのニュースでお伝えしたように、『インデペンデンス・デイ』『デイ・アフター・トゥモロー』『2012』などを手がけてきたディザスタームービーの巨匠であり、自身もオープンリー・ゲイであるローランド・エメリッヒが、「ストリートチルドレンの約4割がセクシュアルマイノリティである」という統計に衝撃を受け、自費を投じて製作した映画です。
 しかし、公開されるやいなや「本当はトランスジェンダーや有色人種が最初の行動を起こし始めたのに、なぜ白人の青年がやったことになっているのか。歴史の改ざんではないか」と非難を浴びました。
 例えば『Stonewall: The Riots』という本の著者として知られるストーンウォール暴動の第一人者、デヴィッド・カーター氏は、「史実に基づいてドラマを作った方がもっとパワーのある作品になっただろう。私にとってはつまらない、不正確な描かれ方だった」「レイのキャラクターはとても気に入った。でも、レイの元になっていると思われるレイモンド・カストロは女装していなかった」「トレヴァーはマタシン協会のクレイグ・ロドウェル※を参考にしていると思うが、彼は最初に「ゲイパワー!」と叫んだ人物だ。ダニーを止めたりはしない」「最悪なのはストーンウォール以前のマタシン協会の描かれ方だ。彼らは若者に向かって夢を壊すようなことは言わなかった」と語っています。こうした批判に対してエメリッヒ監督は「ストレートの人たちも感情移入しやすいように、こういう作品にした」とコメントしています。
『VARIETY』誌のレビューは、「予想したよりはひどくなかった。政治的な問題はあるものの」と、もう少し甘口です。ゲイのハスラーの集団が、女物の服を着ていたり、ホームレス状態だったり、といった辺りの描写や、警官が棍棒を持って度々現れるが、なかにはゲイに対して性行為を要求するような警官もいたり、「ストーンウォール・イン」がヤクザの経営する違法営業の店で、警官がワイロを受け取っていたこと、ガサ入れが行われると男装したレズビアンや女装者から逮捕されたことなど、当時のアンダーグラウンドさ、人々の生き生きとした感情、そして危険をリアルに切り取っている、としています。

※クレイグ・ロドウェル:世界で初めてゲイ&レズビアンの著者の本を集めた「オスカー・ワイルド・メモリアル」という本屋を1967年にオープンしたことで知られ、ストーンウォール暴動1周年を記念した1970年のプライドマーチを組織した人物。1962年頃、まだサンフランシスコに行く前のハーヴェイ・ミルクと恋愛関係にありました(ちなみに、公園でハッテンして逮捕されたことで、ミルクに愛想を尽かされたそうです)。なお、クレイグがマタシン協会にいたのは1966年までで、1967年にHomophile Youth Movement in Neighborhoods(HYMN)という団体を立ち上げ、「Gay Power」や「Gay is Good」というスローガンを掲げていました(映画ではマタシン協会とHYMNがごっちゃになっているようです)。少し補足すると、1950年代、アメリカはマッカーシズムの嵐が吹き荒れ、多くの州でソドミー法(同性愛自体を犯罪と見なす法律)も残存しており、同性愛者にとって非常に厳しい時代でしたが、60年代には公民権運動などの盛り上がりもあり、マタシン協会をはじめとする団体が権利を求める活動を行うようになりました(例えば、マタシン協会は1967年、ニューヨーク州の法律を精査し、バーで同性愛者に酒類を提供すること自体は違法ではなく、提供した店も免許取り消しにはならないということを認めさせました。法的な根拠を失ったにもかかわらず行われていた警察のガサ入れは、要はゲイに対するいやがらせだったのです)。このような穏健で地道な権利擁護活動は「ホモファイル運動」と呼ばれていました。










 それでは、映画『ストーンウォール』を実際に観てみた感想をお伝えします。
 
 グリニッジビレッジの路上で生きる、出身も人種も様々なクィアな若者たち、とりわけレイというキャラクターは本当に魅力的でした。行き場のないストリートチルドレンで、男娼として生きるしか術がなく、着の身着のままのその日暮らしではあるけど、思いっきり自分らしい服装を楽しみ、仲間どうし助け合い、時には堂々と警察に抗議したり、ガサ入れがあれば真っ先に逮捕されるとわかっていながら決して女装することをやめない、その潔さと気高さに感銘を受けました(本物の「プライド」だと思いました)
 ヤクザが経営している、アンダーグラウンドだけど、クィアピープルにとって解放区のようなお店だった「ストーンウォール」で、ディスコミュージックが流れ(DJじゃなくジュークボックス!)、彼らが「ここが私たちのステージよ」とばかりに踊り狂う様は、ジーンときました(『パリ、夜は眠らない』を思い出しました)
 オネエ言葉で冗談を言ったり、大げさな仕草でふざけたり、ビッチをかましたり、逆境の中でもできる限り明るく振る舞ってはいるのですが(これが「CAMP」というものでしょう)、そして、レイなんかは警察やヤクザと渡り合う度胸や才覚もあるのですが(世が世なら商売で大成功できる人物だと思います)、それでも、理不尽なひどい暴力を受けたり、冗談じゃなくいつ死んでもおかしくないという状況…胸が痛むとともに、憤りを覚えました。
 彼らの姿、生き様に触れることができただけでも、観てよかったと思えました。

 主人公として設定されたダニーは、田舎から出てきたノンケっぽい、スポーツマンタイプのイケメン白人なので、ビレッジのクィアな男娼たちのグループとは毛色が違います。でも、ゲイであるがゆえに故郷を追われ、NYに1人も知り合いがいないダニーにとって、彼らこそが同年代の友達だと思えました。ジュディ・ガーランドすら知らなかったダニーが、オネエ言葉を覚えたりして一生懸命溶け込もうとするところも健気ですし、レイたちとの友情を深めていく様は、素直にいいなぁと感動させられます。
 
 バー「ストーンウォール・イン」を経営しているヤクザ、エド(『薔薇の名前』『ヘル・ボーイ』のロン・パールマンが演じています)の存在感も際立っていました。元レスラーという設定で、怪力の持ち主。裏でいろんな悪いことをしています。ストーンウォール事件のきっかけとなったガサ入れも、実はエドに絡んだ捜査だったり、同じ警官でも、腐りきった警官とそうでもない警官がいたんだな、ということがわかり、物語に深みを与えていました(史実なのかフィクションなのかはわかりませんが…)
 
 多様な人種のストリートチルドレン、男娼、その客、モテ筋なイケメン、イケメンを男娼に仕立て上げて金儲けする連中、男とヤってるけど「俺はゲイじゃない」と言い張る男、ゲイを捕まえてはチン○をしゃぶらせるような警官、活動家、ヤクザ、クラブで働く黒人のドラァグクィーン(ストーンウォール暴動の口火を切ったレジェンド、マーシャ・P・ジョンソンがモデルだそうです)、ブッチなレズビアン…よく見ると、実にいろんな人物、いろんなクィアピープルが登場します。決して白人だらけではありませんし、ゲイだけでもありませんし、混沌とした様がリアルに描き出されていると感じました。
 
 それから、ゲイ団体「マタシン協会」(本当は違う団体ですが)が割と批判的に描かれていたのが興味深かったです。いろんな意味でレイたちのグループとは対照的です。彼らはお金も社会的地位もある大人たちで、「社会に受け入れられるために」とスーツを着て講演を開いたりしています(ダニーに「なぜスーツ? レイたちの方が自分らしい格好だと思うな」と言わせています)。実はハーヴェイ・ミルクの物語もそうであり、ACT UP(エイズをめぐる闘い)もそうですが、アメリカのゲイ解放運動の歴史をダイナミックに動かしたのはスーツを着た穏健派ではなく、ストリートに出てダイレクトに訴え、闘った人々の勇気やパワーの方だったという事実を示唆していたと思います。

 といったところが面白く、中盤までは「なかなかいいじゃないか」と思えました。
 が、問題は終盤、この映画のメインとなるストーンウォール暴動のシーン以降です。なぜダニーに口火を切らせたのでしょうか。しかも、長年警察からいやがらせを受けてきた(ダニー自身もひどい目に遭ってきた)ことへの憤りでは「なく」、個人的な、見る人によってはとてもしょうもない感情が最初のレンガへとつながっています。暴動が収まった朝(本当は何日にもわたって続いたのですが…)のダニーがレイに言った言葉も、ちょっと耳を疑うものがありました。あれだけ友情を温め、窮地も救ってくれたレイに対して、なぜあのタイミングであんな冷たいことを言わなければいけなかったのか…。そのあとのダニーの後日譚も、全く必然性を感じませんでした。なんだかんだ言ってもダニーは白人だし、大学にも行ってて将来性もある、レイたちとは住む世界が違う人なんだよ、ゲイのメインストリームはこういう人なんだよ、とでも言いたかったのでしょうか?
 このストーンウォール暴動以降の描写は、ゲイ解放運動のブレイクスルーという輝かしい意義を一気に個人のありふれた物語に矮小化してしまい、史実の問題だけでなく、肝心の「この作品のテーマ(であるべきこと)」をぼけたものにしてしまっていると思います。正直、感動を誘うはずのラストシーンも鼻白むものがありました。残念です。

 エメリッヒ監督は「ストレートの人たちも感情移入しやすいように、こういう作品にした」とコメントしていましたが、その点においても、疑問です。確かに、隣りで観ていた女性の方は泣いていましたが、それは、レイが理不尽な暴行を受けてボロボロになってダニーが慰めているシーンでした。最初のレンガだってレイたちが投げた方が説得力があったはずです。
 もしこの映画が、レイたちのクィアなハスラー集団が主役で(もちろん、レンガを投げ始めるのも彼らで)、ダニーもその仲間となりつつ、アンダーグラウンドかもしれないけど堂々と逃げも隠れもせず真っ直ぐに自分たちの存在をアピールし、権力に抵抗していく、そういう勇気とプライドとパワーを賛美するものだったとしたら、もっといい作品になっただろうな…と思います。
 
 とはいえ、『VARIETY』誌にも書かれているように、当時のアンダーグラウンドな雰囲気や人々の生き生きとした感情、リアリティの一端に触れることには意味があると思います。そういえば二丁目もちょっと前までこんな感じだったかもしれない、とか、自分もデビュー当時はこんなだったな、とか思えたりもするでしょう。終盤の展開について、ああでもないこうでもないと言いたくなったりもすると思います(あれでいいんじゃない?と思う方もいらっしゃるかもしれません)。なので、よろしければご覧になってみてください。上映館のシネマカリテは毎週水曜日、1000円でご覧いただけます(上映は1月中旬までだそうです)
 
 
ストーンウォールStonewall
2015年/アメリカ/監督・製作:ローランド・エメリッヒ/出演:ジェレミー・アーヴァイン、ジョナサン・リース・マイヤーズ、ジョニー・ボーシャン、カール・グルスマン、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジョーイ・キング、ロン・パールマンほか/新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー公開

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