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COLUMN

HIV予防施策について、世界の最前線の情報や2020東京大会での可能性について話し合うトークイベントが開催されました

2019年10月10日、国連合同エイズ計画とプライドハウス東京が合同で、HIV/エイズに関する「90-90-90」をはじめとする現在のグローバルな動きや、2020東京大会でどのような予防・対策を行うべきなのか?といったテーマをめぐるトークイベントを開催しました。

HIV予防の最前線や2020東京大会での取組みについて

2019年10月10日、国連合同エイズ計画(UNAIDS)とプライドハウス東京が合同で、HIV/エイズに関する「90-90-90」をはじめとする現在のグローバルな動きや、2020東京大会でどのような予防・対策を行うべきなのか?といったテーマをめぐるシンポジウム的なトークイベント「2020年、東京で目指す90-90-90」を開催しました。こちらをレポートしつつ、考えたことを少しお伝えしたいと思います。(後藤純一)


「2020年、東京で目指す90-90-90」の概要

 プライドハウス東京は、LGBTの人権とセクシュアル・ヘルス領域での普及啓発を目指し、国連合同エイズ計画(UNAIDS)と覚書を締結しています(詳しくはこちら)。その協働事業のキックオフとして、10月10日(木)、UNAIDSとプライドハウス東京が合同で「2020年、東京で目指す90-90-90」というトークイベントを開催しました。
 日本のNPO・臨床・現場の観点、さらにグローバルな視点から、2020東京大会の開催を契機としたHIV/エイズ施策のあり方を議論する機会となりました。
 「公衆衛生上の脅威としてのエイズの終結」を目指しUNAIDSが提唱、世界各国・各都市で取り組まれている「90-90-90※1」を、2020年までにどう東京および日本で実現するかについて、参加者のみなさんとともに考える機会ともなりました。

※1 90-90-90
 UNAIDSでは、エイズ流行終結に向けた2020年までの目標「90-90-90」を掲げており、世界各国・各都市にて、下記の3つの90%を達成するビジョンとなっています。
①HIV陽性者の90%が、検査で自らの感染を知っている
②HIV感染を知った人のうち90%が、抗レトロウイルス治療を受けている
③治療を受けている人の90%が、体内のウイルス量が検出値以下に抑えられている
こちらもご覧ください)
 

「2020年、東京で目指す90-90-90」レポート
 
 16:00にaktaの岩橋さんのご挨拶で開会し、プライドハウス東京コンソーシアム代表の松中権さんからご挨拶がありました。RWCでプライドハウスができたのは世界初だということを初めて知りました。
 
 16:05、厚労省健康局エイズ対策推進室室長の加藤拓馬さんからご挨拶がありました。加藤さんは研修医時代にHIV陽性の方を診察した経験があり、入院した方、20歳で合併症が現れた方などもいらして、早期診断の大切さを実感し、ずっとHIVに関わる仕事がやりたかった と語りました(いわゆるお役所仕事ではなく、このように自らHIV治療の現場を経験し、志を持ってHIVのことに携わっているというところに感銘を覚えました)

 16:10、「第一部:日本のNGOの現場から見える、日本と東アジアのHIVの現状と課題」と題して、NPO法人ぷれいす東京代表。厚生労働省エイズ動向委員会委員、日本エイズ学会理事、東京都エイズ専門家会議委員を務める生島嗣さんがお話しました。限られた時間で、本当にたくさんの情報が語られました。抜粋して(印象に残ったところをかいつまんで)メモ書きとしてお伝えします。
◎スポーツとHIV
 スポーツの世界で、HIV陽性であることをカムアウトした方たちがいる。マジック・ジョンソン選手が有名だが、ほかにもグレッグ・ルーガニス(4つの金メダルを獲り、引退後にゲイでありHIV陽性者であるとカムアウトした飛び込み選手。試合中、飛び込み台に頭を打って流血し、大騒ぎになったこともあったそうです)、プロ・ラグビー選手だった英国のガレス・トーマスもカムアウトしている。
 スポーツにおいて、HIVのおかげでできないことというのはほとんどない。
◎日本のHIV感染者およびエイズ患者の年間新規報告数の推移
 日本では感染爆発は起こっていない。
 毎年の新規感染報告数は、ずっと横ばいだったが、近年、少し下がってきた(2018年は、HIV新規感染が940件、新規エイズ患者数が377件、合計1317件でした)。これは、予防への取組みのおかげ。
 同性間性的接触による感染(日本国籍)も下がってきた。ピーク時(2013年、2014年)は合計で1000件超でしたが、2018年は875件。
 外国籍の方については、ここ数年で急に同性間で上がっている。日本語スピーカーじゃない人への検査の呼びかけが求められる。
◎毎日の服薬で、血液中、体液中のHIVは検出できないほど少なくなる
 検出限界以下に達して6ヵ月維持すると、事実上、感染リスクは「ゼロ」。これをU=Uと言う。
◎PARTNER研究
 U=Uの根拠となるような研究。欧州14ヵ国で、888のHIV陽性(HIVが検出限界以下に抑えられている)と陰性のカップルが58000回のコンドームなしのセックスを行った結果、感染がゼロだった。
◎UNAIDSの提唱する、2020までに実現したいゴール「90-90-90」
・9割が自分の感染を知る
・9割が抗HIV薬を服薬
・9割がウィルス量検出限界以下に
◎日本におけるHIVケアカスケード※2
 日本では、感染を自覚している人は実際に感染している人の85%である(15%は自覚がない)とみられている。
◎KEY POPULATION
 人口の中では少数だが、HIV/エイズの施策において鍵となる対象者層のこと。厚労省も個別施策層として位置付け。MSM(Men who have sex with men。ゲイ・バイセクシュアル男性だけでなく、そのようなアイデンティティを持たずに男性どうしでセックスしている人たちも含めて考える疫学用語)、セックスワーカー、薬物依存症など。
◎2016年のアジア各国における新規HIV感染
 人口10万人あたりで見ると、高い順にインドネシア、ベトナム、台湾、フィリピン、タイ。低いのは日本、モンゴル、韓国、ネパール、中国。アジアの中で交流や移住があることを考えると、アジア全体で偏見を減らしていく必要がある。
◎HIV陽性者の生活と社会参加に関する研究
 病院の外来や入院でわかる人が多い(発症してわかるケースが多い)、自分で検査を受けてわかる人は2~3割。
 安定した服薬と通院が必要。
 多くの陽性者は職場でカミングアウトできない。
LASH調査
 9monstersで実施された、恋愛や性行動、健康などに関するアンケート調査です。
 検査を受けたことがない方が6割超に上る。検査を受けない理由は「機会がなかった」「結果を知るのが怖い」など。
 友達や知り合いに陽性者はいるか?という質問で「いる」と答えた方が27.5%、「いると思う」と答えた方が15.8%
PrEPに関するアンケート調査
 PrEPについて知らない方が6割近く
 すでに利用している方は2.2%

※2 HIVケアカスケード
 抗HIV療法が進歩し、HIV陽性者の生命予後は著しく改善しました。しかし、陽性者数を分母にして(a)診断率、(b)医療機関へ紹介された率、(c)定期受診率、(d)治療を受けている率、(e)治療でウイルス抑制を達成している率などを調べると、各段階ごとに落ち込みが見られ、「ウイルス抑制達成者は感染者の20%程度に過ぎない」というショッキングな調査研究が、2011年に米国で発表されました。診療の段階ごとに数字がカスケード(階段状の滝)のように落ち込むので、「HIVケアカスケード」と呼ばれるようになりました。また、この研究では、どれか一つの段階を90%達成しても改善は少ないのですが、診断率、治療率、ウイルス抑制達成率を全て90%達成すると、感染者全体の治療の成功率を格段に引き上げることができると示唆されました。(『HIVケアカスケードと「90-90-90」』より)

 16:35、「第二部:国際機関から見た、世界のHIVの現状と対策について」と題して、UNAIDSアジア太平洋地域事務所プログラム・アドバイザーのSalil Panakadanさんからお話がありました。
◎90-90-90の実現性について
 2018年、HIV陽性であることを知っている人はグローバルで8割弱。最後の20を上げるイノベーションとして、コミュニティで行う検査、セルフテスティングが有効(その場で結果がわかるもの。日本で実施しているのは郵送検査であってセルフテスティングではない)
 現在、世界で3000万人(うちアジア太平洋600万人)の陽性者がいて、新規感染は世界で70万人(アジア太平洋31万人)
 2020年までに新規感染50万人以下、エイズ関連死50万人以下に下げたいが、まだ達成できていない。
 グローバルでもアジア太平洋でも、新規感染は少しずつ下がってきているが、減少率は鈍化。目標達成はできない。うまくいかない理由は、政治的な問題と、世間の関心の低さにある。
 若い世代での感染が高いが、ゲイバーに行かずネットやアプリで出会うので、リーチするのが難しい
 セルフテスティングできるコミュニティスペースを設けることが重要。アジアではまだ少ない
◎会場からの質問「セルフテスティングについて。コミュニティヘルスワーカーが自宅を訪ねるかたちでしょうか?」
 回答「政府の外の検査。通常はコミュニティ。東京なら、こことか、aktaのような場所で。キットを買って、自分で検査する。自宅で行う場合、アシスト(介助)があったほうがよい」
 
 17:05、「第三部:東京五輪をきっかけとして未来に何を残せるか」と題して、厚労省エイズ対策政策研究事業「2020年五輪大会に向けた東京都内の性感染症・HIV対策に関する研究」代表の田沼順子さんからお話がありました。
 田沼さんは、2000年から医師・研究者として国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター(ACC)に勤務し、HIV診療に従事しながら、アジア太平洋22ヵ国とのHIVに関する共同研究に参画。現在、厚生労働省の東京五輪大会に向けた性感染症対策の研究班の代表を務め、ロンドン、シドニー、北京など過去の五輪開催都市におけるHIV(をはじめとするSTI)対策を取材しつつ、日本におけるHIV対策に関する政策研究に注力している方です。
◎PrEP
 認可・使用が世界的に拡大している。もう日本がやらないという言い訳はできない
◎ケアカスケードの日本での達成率 
 治療成功率がとても高い(検出限界以下になってる人が99%)
 診断(85%)とケアへのリンクに課題がある
◎HIV対策に使われている予算 
 45~47億(2003年時点の約1/3)。PrEPと、Test&Treat(検査を受けて即診断)が必要
◎五輪に向けた準備 
 東京都を訪問したHIV陽性者の方たちに対して。KEY POPULATIONへの予防啓発(PrEPなど)や検査
 リオ五輪では、PEPもやっていた
◎Fast Track Cities(FTC) 
 パリ、UNAIDS、IAPACなどが中心となり、加盟都市などと共同して、90-90-90の達成などを推進する
 加盟都市は世界300都市に上るが、東京はまだ
◎ロンドンの取り組み
 政府も支援するスタイリッシュなキャンペーン「Do It London」をKEY POPULATIONに実施し、感染が劇的に減った
 リーダーシップと垣根を越えたチームワークによって流行の終焉は可能だと証明した
 サンフランシスコも5年間で50%減らした
◎減少に成功している都市の共通点
・あらゆる立場の者が参画するプログラム
・共通のゴール設定(数値目標)がある
・データ(エビデンス)を共有する仕組みがある
・継続的に、上記を支える組織(仕組み)がある
・政治的リーダーシップの存在
◎日本における90-90-90達成に必要なツール
・セクシュアルヘルスを診る施設&専門医との連携システムの整備
・多様性へ(MSM、外国籍の方など)
・新しい検査体制(ユーザー目線での再整備)
・制度改革によるHIV診断から治療までの期間短縮(いま1~2ヶ月かかる)
・PrEPの認可

 
 17:30からは、生島さん、Salilさん、田沼さんが参加して、会場からの質問に答えるかたちで総合討論が行われました。
ーーFTCのメリットは?
・他の市のモデルを学べる。FTCがガイドライン作ってる。経験の共有。ノウハウを持ってない都市には参考になる。自分たちがやってることを世界に広めることもできる
ーー早期発見しても、障害者手帳をもらうまで、治療を待たないといけない。なぜこういう制度なのか?
・20年以上前の制度。エイズ発症を防ごうという趣旨。ある程度免疫が下がらないと手帳が発行されない。結果、5%が未服薬。
 治療への参加が不平等であるとして、JaNP+とぷれいす東京が厚労省に申し入れを行うなどしている
ーーMSMの中には「どうせ死ぬんだから、やりたいことをやる」と言って検査から逃げている方もいるという現実。スティグマの根絶を一緒にやる必要があるのではないか。いま、医療とコミュニティが離れている気がする。
・大事なこと。Salilさんの報告の中で「差別ゼロ」ということがあった。忘れないようにしよう。陽性者が差別にさらされることのないように。
 医療の現場で、セックスワーカーやMSMへの理解があるかというと…。行動によって差別されないことが大事。トライしていくしかない。
 コレクティブインパクトで。スティグマのない社会。HIV陽性者が自由に生きられる社会。 

 17:50からは、「HIV検査の普及の取り組みについて」と題して、特定非営利活動法人akta理事長の岩橋恒太さんから簡単にお話がありました。
 aktaではこれまで、行政と連携し、安心して検査を受けられる施設を増やすために保健師研修などに取り組んできました(HIVマップなどに反映されています)
 郵送の検査キットの配布も行なっています。相談につなげることが課題です。(会の終わりに、検査キットがプレゼントされました)
 なお、現在、ゲイタウンの情報とHIV検査の情報が掲載されている「ヤローページ」の新版の編集が進んでいるほか、11月1日に、二丁目のHIV予防の広告(ビルボード)が新しいものに変えられるそうです。楽しみですね。

 17:55、最後に、東京都福祉保健局健康安全部感染症対策課エイズ・新興感染症担当課長の根岸潤さんから、締めのご挨拶がありました。日本にはすでに55万人の外国人の方が住んでいて、なかにはHIV陽性の外国人の方もいらっしゃいますが、今後もっと外国の方への検査や啓発も必要になってくるだろう、ゲイコミュニティとの連携も必要だろうというお話でした。

 


トークイベントを振り返って

 2時間という限られた時間の中で、たいへんな密度の濃さで、「90-90-90」とか、ケア・カスケードとか、Fast Track Citiesとか、新しい情報がたくさん提供されました。ちょっと頭が追いつけていないというか、咀嚼しきれてない部分もありますが、ともあれ、世界の最前線の動きに触れることができて、とても勉強になりました。よかったです。
 
 今回、UNAIDSとプライドハウス東京との合同でこのようなセッションが設けられたのは、2020東京大会の時にHIV予防をどうするか?ということが一つテーマとしてあったと思います。田沼さんがおっしゃったように、これを機に、日本でもPrEPを導入する契機になったりとか、Fast Track Citiesに参加したりとか、ロンドンなどのような劇的に感染を減らした都市に学んで改革を進めたりとか、いろんな可能性があると思います。いい方向に前進することを期待します。
 
 五輪に関して、ふと(漠然と)思ったことがあります。世界に学ぶ、世界の基準や目標に従う、世界から輸入する、とかだけじゃなく、2020東京大会を「日本のHIV予防啓発のいいところ」をアピールする機会にもできるんじゃないか、ということです。
 数年前まで、新規感染者数の推移のグラフとともに「先進国の中で感染者が増加し続けているのは日本だけです」ということが言われていたと思いますが、実は、日本では感染爆発は起こっておらず、微増はしたものの、低い水準のままで推移してきたということが言えると思います。それと、これは今回初めて知ったのですが、治療成功率がとても高い(検出限界以下になってる人が99%。つまりきちんと毎日薬を飲んで、治療できている人がほとんどということ)ということもあり、これはスゴいなぁと。世界的に見ると少ない予算で、コミュニティが知恵を絞って予防に取り組み、感染を低く抑えてきたわけで、ある意味「日本は優秀である」と言える部分がると思うんですよね。
 そして、90年代のダムタイプの「S/N」とか、「ダイヤモンド・アワー」とか、AIDS POSTER PROJECT以降の人たちの素晴らしいアートワーク、「switch」「NLGR」「VOICE」「PLuS+」といったイベントの素晴らしさ、そして「Living Together」という素晴らしい発明なども、実は世界に誇れることなんじゃないかと。
 その辺りをもっと掘り下げて、エキジビション的なものなのか、シンポジウム的なものなのかわかりませんが、何らかのかたちで世界に日本のHIVコミュニティの素晴らしさをアピールできたらいいのではないかと思いました(素人考えかもしれませんが)

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