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私たちを分断する様々な「ダメ。ゼッタイ。」——コロナ禍の今だからこそ真剣に考えたいこと

AIDS文化フォーラムin横浜で行われたトークイベント「私たちを分断する様々な『ダメ。ゼッタイ。』 ~行き過ぎた予防啓発と規制の功罪~」をレポートしつつ、コロナ禍によってあらゆる人がリアルに感じざるをえなくなったであろう問題について、お伝えします。

私たちを分断する様々な「ダメ。ゼッタイ。」——コロナ禍の今だからこそ真剣に考えたいこと

8月7日、AIDS文化フォーラムin横浜で「私たちを分断する様々な『ダメ。ゼッタイ。』 ~行き過ぎた予防啓発と規制の功罪~」というトークイベントがオンライン開催されました。「「ダメ。ゼッタイ。」と言って対策を取った気になっていませんか。「助けて」が言えない人に「助けてと言いましょう」と言っていないでしょうか。当事者の声に耳を傾けていれば「型通りの」「過剰な」反応にならないはずです。薬物依存症の第一人者と、実際に薬物使用で刑に服した人たちと共に、今の社会に、一人ひとりに求められていることを考えます」という趣旨で、HIV予防啓発に携わる医師の岩室紳也さん(AIDS文化フォーラムin横浜運営委員)が司会をつとめ、多くの薬物依存症患者と接してきた精神科医の松本俊彦さん、元NHKアナウンサーの塚本堅一さん、医師のピースさん、RUSH裁判のヒデさんと森野弁護士が登壇し、私たちを分断する様々な「ダメ。ゼッタイ。」の問題について語りました。このトークイベントのレポートをお届けするとともに、コロナ禍によってまざまざと浮かび上がってきたリアリティ、あらゆる人が自分事として引き受けざるをえなくなったであろう問題について、考えてみます。(後藤純一)
 

トークイベント「「私たちを分断する様々な『ダメ。ゼッタイ。』」

岩室さん(以下「岩」):多様なプロジェクトで松本さんとご一緒してきました。HIV/エイズでも。私の患者で、薬物を使っていたという方がいらして、のちに自首して、「先生、今度は頑張るからね」と言って。励ましましたけども。薬物の問題を抱えている方々の3人に1人はHIVを持っているということがあって。HIVだけでなく薬物のことも真剣に考えるようになりました。
松本さん(以下「松」):薬物に関しては、特効薬がないんですよね。これをすればやめられるという療法がなくて。
岩:先生とお話することで、やめられる方もいますか?
松:やめられない人もいます。前よりも無茶をしない、逮捕されない、くらいの。少しでも健康な使い方を提案しています。刑務所に入ってしまうと、社会に居場所がなくなってしまう。
岩:違法な薬物であっても、警察には言わないんですか?
松:「ヒポクラテスの誓い」というのがあって。医者には守秘義務があるんです。刑法でも定められている。公務員は言わないといけないですが、医者は裁量に任せられています。

岩:最近、有名な方が逮捕されています。塚本さん、ご自身の経験を。
塚本さん(以下「塚」):RUSHというのは、もともと合法で、ふつうに流通してました。20年くらい前まではゲイの間でRUSHを使う人が多かった。違法になったことは僕も知ってたけど、RUSHと同様の成分で合法の物があるとネットで見て、取り寄せて自作してみたんです。仕事や生活が変わって、パートナーと離れて東京に一人で来たさびしさもあって、魔が差したんです。
岩:知らないと、すごく悪いイメージを持ってしまいますよね。
松:めくるめく快感、みたいな。
塚:効果は1分くらいしかもたないんです。あとに残らない。翌日もふつうに働いている。
松:いちばん危険な薬物はアルコールなんですよね。健康被害に関する有名な研究でも、アルコールがトップ。人に迷惑をかけるし。ヘロインやコカインよりも危険。現実の規制は、その薬物の危険性とは比例していません。RUSHは、どさくさにまぎれて規制された感がある。巻き添えをくらったというか…。
塚:危険ドラッグが一斉に規制された時期なんですよね。

岩:薬物に限らず、法律をどう運用するかということも大事です。新型コロナウイルスに関して言うと、陽性と出たら全員入院させるから、病院が倒産してしまうこともあった。
ピースさん(以下「ピ」):僕は田舎から東京に出て就職して、トラブルがあっていったん離職したんですが、最近復帰しました。医療関係です。いろんな方が語っていることが自分のことのようで、胸が痛みます。「なぜ使ったの?」と聞かれると、僕はセクシュアルマイノリティですと言ったときに「どうして?」と聞かれることと似てるな、と思います。自然なこと。答えるのが難しい。なぜ自分の人生を台無しにしたんだろう? 大局を見れてなかったのかな、と思ったりします。
岩:なぜ?と聞かれても困ったりしますよね。
松:説明できないですよね。
ピ:自分でも考えたことがなかったです。
ヒデさん:私はRUSHを海外から輸入して税関で見つかって起訴されました。最近逮捕された有名人の方も使っていらしたそうですが、2005年くらいまではふつうに使われていたんです。2006年に規制の対象に上がり、2007年には指定薬物になりました。規制前は、誰かが持ってたら使う、くらいの感じだったのですが、2015年に、友達と話してて、そういえばRUSHってあったよね、と。それでなんとなくネットで調べてみたら、海外から合法的に買えますよと書いてあって、輸入してもよいのかな、と思ってしまった。それで中国から輸入して、税関で見つかって、2017年に起訴。公務員だったんですが、起訴される前に懲戒免職になってしまって。弁護士さんに相談したら、RUSHごときで、それはおかしい、という話になりました。今までは情状酌量を求める人が多かったんですが、私たちは裁判で闘うことに決めました。3年かかって、先日、判決が出たところです。

岩:薬物ってそんなにいろいろあるの?という人もいらっしゃるかと思います。薬物とコロナの関係という点で見ると…
松:自助グループなど回復支援の現場が、密になりがちです。オンラインでも行われてはいるのですが。それから、自宅待機中に家にこもって覚せい剤を使う人もいます。
塚:オンラインの自助グループ、いいですね。ただネット環境がなかったりして、そこに届かない人もいるのかな?と。
ピ:目に見えないストレスっていうのがあって。しわよせがあとからくると思う。セルフケアも大事だし、友達に連絡したり、ミーティングに参加したり。
塚:自分が危ないと意識すること。それができない人もいるんですよね。
ピ:こういう状況でつながれない人もいる。どこで深刻な影響を受けるかわらかない。弱い人、脆弱な人ほどわかりにくい。
岩:友人の精神科医が、「コロナのストレスって、人に会えないこと、情報が錯綜していること」と言ってました。HIVは予防できる。コロナはいつどうやって感染するかわらかないという不安がある。
塚:いろんな人がいろんなことを言ってて、統一見解がないですよね。
ピ:握手したり、ハグしたり、話をすることで回復してきたのに、それができない。人間らしいことがしづらくなっている。
松:コロナが少ない地域での東京人差別がある。とにかく恐ろしいんですよね。それも薬物に似てると思う。隔離しろとか、人権を度外視した反応。薬物と感染症は共通してると思います。
岩:「夜の街」の差別もありますね。

ヒデ:私は判決がコロナ禍の影響で延期になって。傍聴席も間引きされてたので、入れない人もいました。RUSHはセックスにからむので、言いにくい側面がある。ラベリング。スティグマ化。指定薬物の審議会では、RUSHがどういうものかをきちんと話し合っていなくて、こんな資料なの?っていう感じだったのですが、規制されてしまった。
岩:ここで、その裁判の弁護士さんにご登場いただきましょう。
森野弁護士(以下「森」):弁護士になって2年目に府中青年の家事件という同性愛差別をめぐる裁判を担当して以来、ゲイの方の事件に30年、薬物については18年かかわってきました。薬害エイズの裁判などにも携わり、HIV陽性者の相談にも乗ってきました。薬物とコロナのことは同じような感じがしています。
岩:私は正直、ゲイの人に対して偏見があったんですが、目の前で話しているうちに、変わった。ふつうに接することができるようになった。みんな決めつけってあると思う。
森:自分事として考えるのが難しい。コロナでようやく、自分事として考えられるようになった人もいると思う。正直に言うと、私もRUSHに関しては他人事でした。RUSHはもともとセックスドラッグの一種で、大して害はなく、これで捕まるようなものではなかった。覚せい剤とかは規制に反対するわけではないですが、RUSHは過度の規制だと思います。公務員が懲戒免職になるのはひどい。法律がおかしい、無罪としか考えられない。それでヒデさんと話して、裁判をすることになって、支援を寄せ集めて行なっています。LGBTQのことにも共通する流れの一環としてやっています。
岩:RUSHは依存症の現場で問題になっているのを見たことがないですね。規制すると決まったから守る、ではなく、すべてにおいて、みんな自分事として考えよう、ということです。コロナも同じ。
松:RUSHは危険ドラッグ規制の時期のどさくさで指定薬物にされてしまった。コロナもそうだと思うけど、おかしいということに気づかなくなっている。RUSHの時は、私たち専門家もだらしなかったと思う。声をあげるべきだったと反省している。間違いは間違いと。優生保護法の例や、アパルトヘイトやホロコースト、国が合法的に間違いを犯すこともあるんです。そういう意味で、人々のインテリジェンスや教育も大事。
塚:私の場合、想像を絶する絶望でした。味方がいるなんてこと、知らなかった。
ヒデ:早い時期に塚本さんと知り合って、支えになりました。今日も支援者の方が来てくださっていますが、独りでは闘えなかったです。かつてHIV陽性者の人が差別を受けて、今はホストの人も。どうしたら偏見を払拭できるか。判決が出るまでの3年はつらかった。定職にも就けない。「ダメ。ゼッタイ。」にする社会の有害性ということを感じました。控訴も大変ですが、頑張ります。
岩:頑張ってください。できる人ができることをやりましょう。今日もオンラインでやるにあたって、ボランティアの方が機材を持ち込んで準備してくれました。
ピ:国によって法律が違う。薬物も、非犯罪化されてる国もある。知らない時は苦しい。一つの「ゼッタイ」な価値観。いろんなことを知って、楽になった部分はありました。そのルールは本当に正しいのかと、批判的に吟味することは大切。
岩:言われたことを守るだけだと、生きづらさから抜け出せないんですよね。
森:RUSH裁判は、全力で臨みましたが、中枢神経に影響しない、社会にも有害じゃないというこちらの言い分は採用されませんでした。限られた人数の裁判官だけで判断されてしまう。社会でもっと議論が広がってほしい。薬物も、コロナも、HIVについても、同様だと思います。

岩:勇気づけられるお話でした。最後に一言ずつお願いします。
ヒデ:府中青年の家裁判で顔を出して声をあげてきた方たちが勝ち取ったことや、横浜の国際エイズ会議の中からこのフォーラムが始まったので、この場に立てて光栄です。
ピ:自分と意見違う人とも対話できることが重要だなと感じます。
塚:以前、シェアオフィスの利用を申請して断られました。逮捕歴ゆえに信用がないんですね。再就職が難しい人も多いと思います。
松:薬物と感染症には共通するところが多い。人類が狩猟生活をやめて定住し、人口が増えるとともに、薬物も増えて、感染症も増えてきました。予防啓発のことを一緒に考えていけたらと思います。
岩:ありがとうございます。

 
トークイベントを振り返って

 ヒデさんのRUSH裁判を追ってきた、応援してきた一環として、今回このトークイベントを取材しました(基本はオンラインイベントですが、取材者のみ参加可能でした)。みなさん、あまり堅苦しい雰囲気にならないように気を遣いつつ、とても大事なことをおっしゃっていて、たいへんいいお話だったと思います。
 東京からそんなに遠くないにもかかわらず、「AIDS文化フォーラムin横浜」に足を運んだのは、実は今回が初めてでした。日本エイズ学会やエイズ国際会議などとは趣が異なっていて、HIV/エイズのことだけでなく、その周辺のことにも触れるような柔軟で多彩なプログラムが組まれている市民向けのイベントで、なぜ今まで見過ごしていたのだろう…と後悔したりしました。
 
 新型コロナウイルスの感染拡大が始まった頃、過去のエイズ禍の経験を振り返って、陽性者を差別・排除したところで問題は解決しないとか、厳罰主義的に禁止したとしても感染拡大を抑えられない、といった教訓を活かそうという言説も見聞きしていましたが、それは薬物の問題にも共通するものがあるのだなぁと再認識させられました。「ダメ。ゼッタイ。」では物事は解決しないということ、国がこうだと言ってるから正しい(従っていれば間違いない)ではなく、一市民として主体的に捉え、自分事として考えること、おかしいことはおかしいと声を上げることが大事だとパネラーのみなさんが繰り返し語っていたのが印象的でした。
 
 それから、岩室さんが昔はゲイに偏見を持っていたと語り、森野さんもRUSHは規制されても仕方ないと思っていたと正直におっしゃっていて、逆に信頼できる方だと感じましたが(うわべで"アライ"を装う人は、きっと正直に言わないだろうな、と思います)、人は実際に接してみると考え方や感じ方が変わることが多々あるということのいい例で、LGBTQにしてもHIVなどの問題にしても、当事者に接すること、対話やコミュニケーションが大事だなと思いました。コロナ禍でそういう機会も減ってしまっているのは残念ですが…。
 
 帰りの電車の中で、こんなことも考えました。
 人は生きていくなかで、自分の力ではどうしようもない災厄(天災や疫病、世間の悪意など)に見舞われることもあるし、生まれつきの属性(人種や民族、性別、性的指向、性自認、出自、障害など)によって不利益を被ることもあります。ちょっとした「失敗」によって世間からバッシングを受け、立ち上がれなくなることも…。ハンセン病患者も、HIV陽性者も、薬物などの依存症を抱えた方も、精神疾患を抱えた方なども、差別されたり、文字通り「隔離」されたりしてきました。このコロナ禍で、地方の感染者やその親族が自死に追い込まれるという、悲惨な話も聞こえてきます。いつ自分が叩かれる側の人になるかということ、自分で自分の首を絞めることになるということには、思いが至らないようです。
 メディアが煽るような「自己責任論」に乗っかって、万人が万人を誹謗中傷し、叩きあい、おとしめあうような息苦しい監視社会は、端的に言って、ディストピアですよね…。どんな方でも「しくじり」を許容され、やり直しがきくような社会へと向かわなければ、と感じます。
 
 新型コロナウイルスに感染し、一時は生死の境をさまよい、生還した英国のボリス・ジョンソン首相が、医療関係者に対する深い感謝を述べつつ、「社会というものがまさに存在する」と語ったのは感動的でした。人は独りでは生きていけない、社会によって生かされているのだということ、(サッチャーがかつて「社会なるものは存在しない」という発言で意図したような)自己責任論では救われないのだということを心から感じたからこその言葉です。

 私たちは社会のおかげで生かされているし、その社会をつくっているのは自分自身なのだということ、だから、社会のいろんな問題に対して主体的に考え、意見を言い、参加していくことや、性的マイノリティやいろんな社会的マイノリティの人たちが生きやすい社会にしていくことが大事、という、基本的かもしれませんが大切なことを、あらためて実感できる機会になりました。


RUSH裁判オンライン報告会のお知らせ

 今年6月に千葉地裁で一審判決が出たRUSH裁判についてのオンライン報告会が、9月5日(土)に開催されます。
 一審では弁護側の主張はほとんど受け入れられませんでしたが、今回のトークイベントでも薬物依存治療の第一人者である松本先生なども認めていたように、RUSHは人体や社会に対する危害はほとんど立証されておらず、現行の「指定薬物」としての麻薬並みの刑罰を科す規制は行き過ぎであると言えます。控訴を前に「RUSH裁判」の意義や地裁判決の解説、今後の動向を一緒に考える場として、オンラインで報告会が開催されます。後半は参加者からも質問や意見を募り、意見交換を行うそうです。ぜひご参加ください。

ラッシュ(rush)裁判オンライン報告会
日時:9月5日(土)14:00〜15:30
出演:森野嘉郎(弁護士)、加藤慶二(弁護士)、服部咲(弁護士)、ヒデ(ラッシュ裁判被告人)、生島嗣(ぷれいす東京)、古藤吾郎(日本薬物政策アドボカシーネットワーク)、塚本堅一(元NHKアナウンサー)ほか
主催:ラッシュの規制を考える会
申込:こちら(締切:9月3日(木)24時)

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