g-lad xx

FEATURES

レポート:さっぽろレインボープライド2019

2019年9月15日(日祝)、札幌で「さっぽろレインボープライド2019」が開催されました。ひさしぶりに札幌のパレードに参加して、あらためて、いい街だなぁ、素晴らしいコミュニティだなぁと感じました。

レポート:さっぽろレインボープライド2019

2019年9月15日(日祝)、北海道の札幌で「さっぽろレインボープライド2019」が開催されました。6年ぶりに札幌を訪れ、生まれ変わったパレードを体験し、あらためて、いい街だなぁ、素晴らしいコミュニティだなぁと感じさせられました。レポートをお届けします。併せて、以前の札幌のパレードやコミュニティがどのようなものだったかという歴史についてもお伝えします。(後藤純一)


札幌のパレードのこれまで

 札幌のパレードは、東京で初開催された2年後の1996年に始まりました。当時、HSA(北海道セクシュアルマイノリティ協会)札幌ミーティングという団体が札幌で活動していて、そのミーティングの場で高松尚志さんが「札幌でもやろう」と提案し、(東京で南定四郎さんが言い出した時と同様)みなさん「正気の沙汰じゃない」的な反応だったそうですが、長い話し合いの末、敢行されることとなりました。最初は「石を投げられるのではないか」と恐れ、歩いた方は数十名だったそうです。
 2年目の1997年には、ドラァグクイーンが多数出演する華やかな前夜祭パーティも開催され(札幌を代表するルチアーノというクイーンがMJの「スリラー」に合わせてフロアに納豆を投げ、お客さんが本気で恐怖におののき、蜘蛛の子を散らすように逃げたり、という伝説の一夜となりました)、パレードは、大通公園から市内の繁華街を通って中島公園まで歩き、雨模様で肌寒い日でしたので、ルチアーノさんの巨大なスカートの中にコタツのように入って暖をとる人もいて(私もその一人です)、この面白エピソードはフライングステージの舞台にも採用されました。
 1999年には、4tトラックにDJやGOGO BOY、ドラァグクイーンが乗り、海外のようにド派手に、クラブパーティのように盛り上がりながら歩くという日本初のDJフロートが登場し(大阪でイベントをオーガナイズしていたアラタさんと東京のDJナルセさんが合同で企画し、『バディ』などが協賛し、実現したものです)、エポックメイキングな出来事となりました。また、この年のパレード後のプライド集会で、砂川秀樹さんが2000年の東京でのパレードの開催を宣言したり(東京では1996年に集会が紛糾し、レインボーパレードは開催されなくなっていました)、肉乃小路ニクヨさんが「場末、貧乏、ブス」の「3B政策」を宣言したり(笑)(でもその陰では、ニクヨさんが親バレして家を追い出され、とても苦労していたという話もありました。全力で悲しみを笑いに変えていく姿に涙しました)、様々なドラマがありました。
 東京ではありえないことですが、札幌は道幅が広いということやほかのお祭りでの前例もあって、道警がOKしてくれて、4tトラックにたくさんのキャストが乗って派手に盛り上がるフロートが実現したのでした。この華やかなDJフロートが札幌のパレードの魅力の一つとなり、パレードらしさを味わえる!歩いてて本当に楽しい!ということが、全国から札幌に集まるきっかけとなりました。
 レインボーカラーの風船を持って行進し、市内いちばんの目抜き通り(三越とか四丁目プラザの辺り)で一斉に風船を空に飛ばすというアトラクションを最初に始めたのも札幌でした。
 2003年には、札幌の上田文雄市長が日本の自治体の首長として初めてパレード後のプライド集会に登壇し、「札幌はみなさんを歓迎します」とスピーチし、大勢の参加者たちがスタンディングオベーション、歴史的な出来事となりました(以降、ファイナルまで毎年、市長さんが来たり、来られない時は代わりの方がメッセージを読み上げたりというかたちで参加してくださいました)。「親の会」のお母さんたちがおにぎりを握り、ステージで「みんな私のかわいい息子です」と言って参加者を泣かせたということもありました。HIV陽性であることをカムアウトして(当時、本当に勇気が要ることでした)スピーチした方もいらっしゃいました。
 札幌のパレードは参加して本当に楽しいし、感動や勇気ももらえると感じた参加者の方たちがリピーターとなり、2001年以降、シルバーウィークといえば札幌だと、全国からパレードやアフターパーティなどの関連イベントやゲイバーや観光を目当てに札幌に旅行するゲイの方たちが本当に多く、すごい盛り上がりを見せていました。約1000人のパレード参加者のうち半分くらいはこうした道外から集まったゲイの方たちだったのではないかという印象です。クラブパーティも公式のアフター(たくさんのドラァグクイーンやGOGO BOYが活躍する)だけでなく、GMPD系のゲイバーが合同で開催するイベント(むちむちボディにレオタードを着たキャッツアイの3人とか、有名になりましたよね)も開催されたり、東京から有名なドラァグクイーンが(それこそマツコ・デラックスさんや星屑スキャットのみなさんなども)駆けつけたり、全国からいろんなパフォーマーが集まってフロートやイベントを盛り上げたりもしていました。
 
 そうして札幌のレインボーマーチは、1996年から2013年のファイナルまで、東京でパレードが開催されなかった年にも毎年開催され(2000年の東京パレード復活の年だけお休みしましたが、あとは毎年です)、日本のパレードの灯を守り続けました。大阪でパレードが始まったのが2006年ですから(その大阪での初回の時には、今まで札幌に来てくれてありがとうという感謝の気持ちを込めて、札幌の方たちが(ゲイバーのマスターなどもお店明けに)大阪に駆けつけ、札幌のレインボーフラッグを掲げて御堂筋を歩きました)、それまでは、東京と札幌が、交互に、共に日本のパレードを支え、牽引していたのです。

 


さっぽろレインボープライド2019

 レインボーマーチファイナル以来、実に6年ぶりに、パレードの札幌を訪れました。
 前述したように、札幌のゲイコミュニティのみなさんは(たいへんな苦労をしながら)2000年代のゲイシーンを共に支え、牽引した同志であり、リスペクトの気持ちを込めてお伺いしたいと思ったからです。
 札幌のパレード自体は、一昨年、以前とは全く別の人たちがやるというアナウンスがあり、でも日程が合わず…(大阪と同じ週でした)、今年ようやく行けることになったのでした。
 シルバーウィークの札幌は、大通公園でオータムフェストというイベントが開催されている関係で、エアーもホテルも混んでるし結構高いということはわかっていたので、日程がアナウンスされてすぐ、3月には予約を入れていました(ウルトラ先得です。それでも、航空券+ホテル代で6万円超になりました。今後、この値段の高さと予約の取りづらさが課題になるかもしれません…)
 
 14日の土曜日、本当はGMPD系のイベントが開催される予定だったのですが諸事情により中止となり、友達とご飯を食べたあとゲイバー(ケンタさんの「HEARTY@CAFE」や移転した「MAD」など)に飲みに行きました。そこでさっぽろレインボープライドのパンフレットをもらって(当然のようにお店にパンフレットも関連イベントのフライヤーも置かれています)、ホテルに帰ってから見てみたのですが、道知事、市長をはじめ道内の夥しい数の市長さんからお祝いのメッセージが届いていたことや(数えてみたら、北海道全35市のうち31市でした。スゴい!)、パレードの歴史みたいな解説コラムも載っていたり、プライドということが真っ直ぐブレずに伝わってくる素晴らしいパンフレットでした(同時に、トランスジェンダーの方のための情報や、HIV関連のU=Uの話なども載っていて、「知らなかった〜知識が昭和だったわ〜」というセリフが書いてあって、ちょっとウケました。必ず笑いを入れてくるところが札幌流です)

 パレードの数日前、『死を選んだ息子、残したレインボー旗 札幌の空に舞う日』という朝日新聞の記事で、根元に白い三角形があしらわれている札幌独自のレインボーフラッグをデザインしたのが(ドラァグクイーン・ユニット「ビューティフル・ジュエリーズ」の一員として、またデザイナーとして活躍していたものの、2006年、突然自ら命を絶った)西澤裕敬さんだったということを今更のように知って、また、西澤さんのお母さんの「誇りだね。本人はもうこの世にいないけど、この旗には息子の魂が宿っている」という言葉に、涙が溢れそうになりました。ファイナルの時に「レインボーファミリーカフェ」に行って、あの「みんな私のかわいい息子です」と言って会場を泣かせた西澤さんのお母さんとお話できたことを思い出しました。
 そういうこともあって今回、プライドが始まる前に、「レインボーファミリーカフェ」を訪れ、おにぎりと味噌汁をいただき(その間も、胸がいっぱいになり、込み上げる感情を抑えるのに必死でした)、西澤さんのお母さんにご挨拶しました。お元気そうで、何よりでした。一緒に写真を撮って、写真を見せながら「なんだか親子みたいですね」と言ったら、「あら、姉弟よ」と笑っていました。
 
 「レインボーファミリーカフェ」を出て、13時過ぎに会場に到着(いま考えると路面電車に乗って大通公園駅まで行けばよかったと思うのですが、歩いてしまいました)、三越横の2ブロック分の通りが歩行者天国となり、ブースが並び、レインボーカラーがあふれるプライドの会場となっていました。



 こちらのニュースでお伝えしたように、秋元克広市長が来場し、「札幌は政令指定都市で初めてパートナーシップ制度を実現しました」「企業の理解はまだまだかもしれませんが、2017年から札幌市LGBTフレンドリー指標制度を設けて、企業の取組みを支援しています」「それぞれの生き方を社会で表明していける、いろんな人が自分らしく笑顔でいられる街を目指します」とスピーチしました(素晴らしかったです)

 それから、各ブースの方が一言ずつご挨拶しました。新鮮な野菜を販売する酪農学園大学の方など北海道らしいブースのほか、STVラジオ(「Knock on the Rainbow」というLGBTの番組を放送中)・7丁目のママ、株式会社チェリオコーポレーション、中村キース・ヘリング美術館、JT、ドン・キホーテ、大丸藤井セントラル株式会社、アノテーション株式会社、レッドリボンさっぽろ、おばけのスタンプ屋、iQOS、北大LGBTsサークル 虹の集い、NPO法人北海道レインボー・リソースセンターL-Port、一般社団法人こどまっぷ×新宿二丁目足湯cafe&barどん浴、札幌弁護士会、Marriage for All Japan ―結婚の自由をすべての人に(なんと、その弁護団の中に、元市長の上田文雄さんがいらっしゃいました…ジーンときました)、日本司法書士連合会、「僕が夫に出会うまで」の七崎良輔さんらが壇上に上がりました。






 続いて当事者&アライの議員さんがスピーチしました。セクシュアルマイノリティであることをオープンにして初めて都道府県議会議員に当選したトランスジェンダーの渕上綾子道議が頭に鳥を乗せてドラァグクイーンのような格好で登場したり(素敵!)、いわてレインボーマーチを主催し、先日の盛岡市議選で第2位で初当選した加藤まい市議のほか、2009年に初めてテレビ塔のライトアップを実現した石川大我参議院議員、石坂わたる中野区議、佐藤英道衆議院議員、勝部けんじ参議院議員なども登壇しました。その他、枝野氏、玉木氏、志位氏、松井氏、中山氏ら各党党首、および尾辻かな子衆議院議員からの祝辞も読み上げられました。 


 
 その後、パフォーマンス・タイムに突入。ブースも出展していたミュージカルユニットもえぎ色のみなさんが今度上演する「BIG Singer Glorious」の一節を披露してくれました。そして、みなさんお待ちかねの八方不美人のライブ。『愛なんてジャンク!』もクオリティがどんどん上がっててスゴい迫力でしたし、新曲の『罰をくらえ愛で』も(エスムラルダさんは「全然パレードにふさわしくない歌ですが」とおっしゃっていましたが笑)とてもよかったです。トリをつとめたのは、ドラァグクイーンアイドルユニットGAYSHA GALs。『SA/CHI/A/RE☆彡』など数曲を披露。道行くたちもどんどん集まってきてバシバシ写真を撮って盛り上がってました。

 ステージ終了後、フロートの説明があり、パレードのための整列が行われました。
 今回、さっぽろレインボープライドの横断幕を掲げた先導カーと巨大レインボーフラッグと一緒にパレードの先頭を歩く「ヒグマフロート」、たくさんのドラァグクイーンが彩る「ジンギスカンフロート」、誰でも気軽に参加できる「とうきびフロート」、ゲイバーのママさんたちが盛り上げる「じゃがいもフロート」、撮影禁止の「ホタテグループ」というグループ名になっていて、オモシロカワイかったです(なぜ先頭だけ食べ物じゃなくてヒグマなんだろう…怖いイメージだから?とか、いろいろ想像をかきたてられたり)





 
 16時、カウントダウンの後、いよいよパレードがスタートしました。
 先頭は、沿道に向けてアナウンスを行う実行委員会カーに導かれた「ヒグマフロート」。議員さんや司法書士会、弁護士会、レッドリボンさっぽろ、パートナーシップ制度を求める会、MARRIAGE FOR ALL JAPAN、東京レインボープライドなど団体の方たち、日本生命、アクセンチュア、GAP、ドン・キホーテなどの企業の方たちも歩いていました。



 続いては「ジンギスカンフロート」。八方不美人やGAYSHA GALsら豪華クイーンが乗ったフロートで盛り上がり、共同代表の奥田さんが大きなレインボーフラッグを掲げて歩いていたり、札幌地域労組のみなさんも参加していました。あとはいろいろな個人の方々がたくさん、という感じでした。



 「とうきびフロート」は、満島てる子さんら札幌のクイーンの方たち、青森のパレードを主催してきた翔子さん&おかっちさんなど、いろんな方たちが乗ったフロートで、歩く人たちの先頭は、大きな寄せ書きの横断幕を持った女装した方たち+お子さんたちでした(札幌の自由さや多様さを象徴するような光景でした)。トランスの方やアライの方が多かったように思います。





 そして、「I☆D」「EXELLENT LUCK」「sign oh!」「7丁目のママ」「7丁目のパウダールーム」「HEARTY@CAFE」「HAMMER」「bridge」「MAD」「マルメロ」「Le coeur」といったゲイバーの方たちが参加する「Sapporo Gay Comittee」(二丁目振興会以外だけでなく、札幌でもこのようなゲイバーの団体が活動しているのです)によるゲイバー合同フロート(「じゃがいもフロート」)です。マスター、ママさんたちがDJや女装でフロートを盛り上げ、グッとくる素敵なメッセージを掲げ、80年代アイドルや定番のオネハやイマドキのJ-ROCKなどで盛り上がり、ガチムチ野郎系な方々が先頭を歩く、とても素晴らしいフロートでした(全国的に見ても、ゲイバーが合同で出しているフロートはここだけじゃないでしょうか。札幌のコミュニティの結束力を感じさせます)。最後の方、「MAD」のローラさんがかかってた歌に合わせてマイクで熱唱しながら、ヅラも取って(まるで梓みちよさんのような状態で)、歩いてる方たちもライブさながらに盛り上がって、という光景がムネアツでした。









 パレードの一行は、オータムフェスト開催中の大通公園へと向かって歩き、大通公園沿いにぐるっと回って西2丁目で北上し、時計台や赤レンガテラスの前を通って大通西3丁目まで行進しました。大通公園に帰着すると、その場で簡単なアフター集会が行われ、共同代表の方たちから「本日のパレード参加者は731名でした」と発表があり(登録せず途中からパレードに加わってた方なども見かけたので実際はもっと多いはず。800〜900人くらいだった気がします。沿道の応援も合わせて1000人超?)、カウントダウンの後、フィナーレとしてバルーンリリースが行われ、みんなで記念写真を撮りました。




 19時からはテレビ塔のイルミネーションがレインボーカラーに変わり、本当にキレイで、素敵で、ロマンチックでした(デートで見れたら最高ですね)。大勢の方たちが写真を撮りに来られてました。
 
 友達と「だるま」でジンギスカンを食べて、1日歩いて結構疲れたので(前の晩、結構遅くまで飲んで、でも朝食を食べるために早く起きて、だったので寝不足気味で)いったんホテルに戻って大浴場でお風呂に入りました(ホテルの大浴場って深夜までは開いてないので、早めに入らないとなんですよね〜。ちなみに欲情は全くしませんでした)。その後、お部屋でちょっと休んでいたら、うっかり寝てしまい、飲みにもアフターパーティにも行かず…。もったいないことをしました。

★さっぽろレインボープライド2019のフォトアルバムはこちら

 


さっぽろレインボープライド2019を振り返って

 レインボーマーチ札幌の伝統を、若い世代の方がしっかり遺産として受け継いで、このような新しいパレードとして蘇らせてくれたこと、本当にうれしいです。ありがとうございます。周りの古株の方たちもあたたかく見守りながら応援している感じも伝わってきて、札幌のコミュニティの素晴らしさを、あらためて実感しました。
 
 パレードがなかった時期にも、札幌のコミュニティは同性パートナーシップ証明制度の実現に向けて活動し、政令指定都市として初めて認められました。新しい市長さんもちゃんと会場に来て挨拶してくださって、札幌以外の街の市長さんもたくさん祝辞を寄せてくださって、そういう行政との協力関係は本当にスゴいと感じます。
 そのうえで、再びパレードが行われるようになった今、同性婚の実現を掲げたりしつつ、アライの方もたくさん歩くようになり、企業協賛もとても多くなり、着実に前進し、進化を遂げていました。
  
 イベントとして見ても、以前のようなフロートの楽しさはそのままに、さらに演出や楽しませ方みたいなところも進化していた印象です。
 以前は、ひと気のない大通公園の西何丁目広場(またはテレビ塔下のイベント広場)を会場にして、市内をパレードした後、そこに戻ってきて、プライド集会があって、という形が定番でしたが、今回は、三越の前の通りが歩行者天国になって、企業ブースもたくさん出てましたし(以前は企業ブースってほとんどなかったです)、休日を繁華街で過ごす通りすがりの人々もドラァグクイーンのショーを見て楽しんだりしてて、新しさや時代の変化を感じさせました。
 パレードのルートも変化していて、例えば97年とかは誰もいない昼間の歓楽街を歩いていましたが、今回は、時計台や赤レンガテラス(北海道庁旧本庁舎=赤れんが庁舎の正面にできたショッピングモール)というメジャーな観光名所の前を通って、大通公園でテレビ塔をバックにバルーンリリース、そのテレビ塔が夜にはライトアップされて…という、観光で来たような方も喜ぶような楽しさが感じられるものでした。

 札幌出身・東京在住で、たぶんパレードに参加したことがないような友達が、帰省していてたまたま三越横のパレード会場を通りかかって、友達と会ってつい写真を撮ったり楽しんだりして、隔世の感があるとTwitterに書いていましたが、今まで知り合いに見られたらどうしようと警戒して会場に行かなかった方なども、沿道で応援するくらいはいいかなと思ったり、そういう「雪解け」が進んでいるんじゃないかな、と感じました。
 あと、僕は直接はお話できなかった(帰ってから知った)のですが、ドラァグクイーンをやってる方のご両親がはるばる遠くから来てパレードに参加していて、しかもお母さんはドラァグメイクをしていたというエピソードも、素晴らしいと思いました。
 札幌のパレードは本当に、いろんなドラマを生み出してくれます。

 パレードというものが、性の多様性の祝祭であり、LGBTのビジビリティ(可視化)を高め、その権利擁護につながるようなアピールをする場であるということ、だけでなく、札幌の場合、ゲイバーのみなさんが共同してフロートを出し、ゲイコミュニティががっつりコミットし、存在感を見せているところが素晴らしいです。
 そこには、東京に次いで長くパレードを開催してきて、いろんな葛藤(例えば、初期の頃は、ゲイバーの方たちの中にはパレードの意義を理解できず、露骨に拒絶していた方もいらっしゃったそうです)や苦労を経験しながら、ゲイバーであろうと、クラブシーンであろうと、ゲイプライドを持ってやっていきたいし、LGBTが少しでも生きやすくなるように行うパレードに無関係ではいられない(だって、自分たちのためだから)ということを、どの街よりもきちんとブレずに追求してきた歴史が息づいています。
 
 ゲイバーつながりで言うと、今年はパレード前夜のGMPD系パーティ「BOOZE!」は残念ながら中止となってしまいましたが、たぶん来年はあると思いますし、クラブイベントだけでなく、昔はなかった褌イベントなどもあったりして、シーンの多様化・発展・成熟が感じられ、たいへん良いことだと思いました。北の大地に生息するヒグマのような男たち(妄想入ってますが、ご容赦ください)と裸のふれあいを楽しみたい方などもぜひ、来年は札幌にお出かけしてみてはいかがでしょうか?
  
 問題は、このシーズンの旅費の高騰っぷりですね。航空券もホテルもものすごく早くから埋まってるし、めっちゃ高いです…。その高さゆえ、躊躇してしまってる方も多いハズ。
 だからと言って、この時期からずらし、昨年のように大阪とカブる10月に開催するというのは、よろしくないでしょう。札幌のパレードといえばシルバーウィーク、というのが90年代からの伝統ですが、この季節が確かにいちばん過ごしやすく(寒すぎず、暑くもなく)、食べ物も美味しい、いい時期なんですよね。この次の週になるともう一気に寒くなってしまいます(今週なんて霜が降りてましたからね)
 JAL PAKさんとか、沖縄のようにお手頃なツアーを組んでくれないかしら…と思ったりします。

 ともあれ、以前、札幌のパレードに通っていたような方にも戻って来ていただきたいと思いますし、来年はぜひ、もっと参加者が増えて、1000人超えで盛り上がるといいな、と思います。

INDEX

SCHEDULE