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特集:デイヴィッド・ホックニー展

東京都現代美術館で開催されているデイヴィッド・ホックニー展の模様をレポートします。とにかく作品がたくさんあって観応えがありますし、ゲイ的な作品も割といろいろありました。ホックニーが10代からカミングアウトしていたことや、そのパートナーのことなども併せてお伝えします。

特集:デイヴィッド・ホックニー展

デイヴィッド・ホックニーとは

 デイヴィッド・ホックニーは1960年代英国のポップ・アートムーブメントに最も貢献した人物で、最も影響力のある20世紀の英国人画家の一人と見られています。
 ホックニーの《芸術家の肖像 ―プールと2人の人物―》は2018年11月のクリスティーズで約102億円で落札され、当時、存命画家のオークション史上最高落札額として話題になりました。

 デヴィッド・ホックニー(1937年〜)は、ヨークシャーのブラッドフォードという街の労働者階級の家に生まれ、子どもの頃は新聞や雑誌などの余白部分に絵を描いていたそうです。当時、英国ではソドミー法(同性間の性行為を違法とする法)が施行されていたにもかかわらず、ホックニーは10代の頃からゲイであることをカムアウトしており、両親のケネスとローラは、そんなデヴィッドのセクシュアリティを受け容れ、「他人の言ってることは気にするな」と励ますほどリベラルでヒューマニストだったそうです(素晴らしいですね)
 地元の美術大学の後、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進み、「若手現代芸術家展(Young Comtemporaries)」に出展、その後ポップ・アート運動に参加しましたが、初期の作品は表現主義的で、1961年、《私たち2人の少年はいちゃつく》というホイットマンの同性愛の詩を引用した作品などを発表しています。
 1963年にNYに渡り、アンディ・ウォーホルにも会いました(今回の個展では、ウォーホルは特にデヴィッドを歓迎するでもなく「ファクトリー」でひたすら制作に打ち込んでいたと綴られています)。この年、シャワーを浴びている男性の背中をもう一人の裸の男性が流している様を描いた《ドメスティック・シーン》という絵を描いています。翌年、ホックニーはLAに移住し、有名なスイミング・プールの作品群を作りました。1966年、ホックニーがUCLAのサマースクールで教鞭をとっていたとき、学生のピーター・シュレシンジャーと出会い、二人は恋に落ちました。ピーターはホックニーのミューズであり、ホックニーはピーターをモデルにした絵をたくさん描きました。《芸術家の肖像 ―プールと2人の人物―》でプールサイドから泳いでいるホックニーを見下ろしているのが、ピーターです。《ニックの家のプールから上がるピーター》という絵も大変有名です。二人は、ロンドンに移り、一緒に住むようになりましたが、1970年代前半には別れてしまいました。ホックニーの《芸術家の肖像》製作時の葛藤や、ピーターとの別れに苦悩する姿を描いた映画『デヴィッド・ホックニー/彼と彼 とても大きな水しぶき』(1973年)は、今やクイア映画のランドマークとして、またドキュメンタリーとフィクションの手法を組み合わせた意欲的な作品として評価されていますが、当時まだ同性愛への風当たりが強かった米国社会では拒絶反応を引き起こし、英国では上映禁止になったそうです(逆に、ものすごく観てみたいです…)。監督のジャック・ハザンはこの映画に関して、「今ではこういった映画が、受け入れられるようになったんだ。以前は、同性愛者の生活をノーマルなものとして描くことは、とても挑発的だった。かつては(映画で)男性器を見ることは、本当に挑発的なことだったんだ」と語っています。ホックニーはこの映画の撮影について、ハザンがいつ撮っていたかもよくわからないような感じだったようで、完成した映画を観て衝撃を受け、3週間引きこもり、ネガフィルムを買い取らせてくれと言ってきたそうです。友人たちがこの映画の素晴らしさを説得し、最終的にはホックニーも受け入れたとのことです。
 1971年、ホックニーはグレゴリー・エヴァンスに出会い、74年から交際、その後数十年にわたる関係を築いています。恋人でなくなった後も、マネージャーとして働いていたのです。ホックニーは彼をモデルにした肖像画などを多数、描いています(今回の個展でも数点、観ることができます)
 1990年、ホックニーはロンドンでの昼食会でジョン・フィッツハーバートに出会いました。シェフであるジョンは、ホックニー氏に手紙を書き、ロサンゼルスで料理人として彼のチームに加わることができるかと尋ねたそうです。二人はホックニーが母ローラのために買ったヨークシャーの家に犬と一緒に住んでいましたが、2009年に関係が終わりました。別れた後もジョンは引き続き家の管理をしていました。2013年、そのヨークシャーの家で、23歳のドミニク・エリオットが急死する事件がありました。もともと薬物乱用者だったドミニクが、誤って漂白剤を飲んだためです。ドミニクはジョンの恋人で、ホックニーのアシスタントでもありました。ジョンはこの事件で薬物を隠蔽していたとして逮捕されています。ホックニーは関与していなかったのですが、ショックで4ヵ月もの間、鬱状態に陥り、制作ができなかったそうです。この家は売却されましたが、ホックニーは今でもジョンと友人だそうです。
 ホックニーの現在のパートナーはフランス人のフォトグラファー、ジャン=ピエール・ゴンサルベス・デ・リマです。ヨークシャーを離れた後、ホックニーはリマと一緒にLAに移り住み、リマはスタジオのチーフアシスタントを務め、制作風景の写真を撮るなどしていたそうです。

 デイヴィッド・ホックニーは、当時違法であったにもかかわらず10代からゲイであることを勇敢にカムアウトし、トム・オブ・フィンランドとはまた違ったタイプの、LAの陽光きらめくスイミングプールでのゲイテイストな作品で一世を風靡し、恋もして、その様子を捉えた映画も評価され、以降もパートナーシップを築きながら、世界的なアーティストとして活躍してきました。(フランシス・ベーコンほどではありませんが)元彼の恋人が自宅で亡くなるという悲劇にも見舞われ、繊細なホックニーは何度か鬱状態にも陥りましたが(1978年頃頃からは難聴も患っています)、こうして86歳となった今でも現役で制作活動を続け、(結婚はしていないようですが)パートナーもいて、ノルマンディで幸せに暮らしているようです。
 
 60年以上にわたって美術表現の可能性を探る試みを続け、現代を代表する最も多才なアーティストの一人としてその名を確立しています。2017年には生誕80年を記念した回顧展がテート・ブリテン、ポンピドゥー・センター、メトロポリタン美術館を巡回し、テート・ブリテンでは同館の記録となる約50万人が来場、ポンピドゥーにも60万人超が訪れたそうです。
 英国の国民的画家であり、世界中で愛されている画家でもあります。


参考記事:
【美術解説】デビッド・ホックニー「同性愛を主題とした英国ポップ・アーティスト」(Artpedia アートペディア/ 近現代美術の百科事典)
https://www.artpedia.asia/david-hockney/

英国ポップ・アーティスト デヴィッド・ホックニー(アート買取協会)
https://www.artkaitori.com/staff-blog/%E8%8B%B1%E5%9B%BD%E3%83%9D%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%80%80%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%83%E3%82%AF/

デイヴィッド・ホックニーを追った映画 “A Bigger Splash”の困難な道のりについて(Indie Tokyo)
http://indietokyo.com/?p=11881

デイヴィッド・ホックニーの恋人たちの肖像画とスキャンダル。|芸術家の恋人たち(しゃえま偶感)
https://shae-bear.com/archives/5311


 
レポート:デイヴィッド・ホックニー展

 今回のデイヴィッド・ホックニー展、当初は2021年に開催されるはずだったのですが、コロナ禍で無期限延期となってしまいました。コロナ禍の間もホックニーはiPadなどを用いて精力的に作品を制作していました。彼は現在の拠点としているノルマンディーで描いた花の絵を投稿し、「春が来ることを忘れないで」というメッセージを添え、人々に希望を与えました。そして、(おそらくはキュレーターの方がとても頑張ったのではないかと思いますが)コロナ禍の収束が見えてきた頃、再び交渉が再開され、こうして2023年、個展が開催される運びとなったのでした。
 
 ホックニーの作品をまとめて観る機会は初めてで、とても楽しみにしていました。会場は、あのドラァグクイーンによる絵本の読み聞かせで話題になった東京都現代美術館。2019年には「ダムタイプ|アクション+リフレクション」も開催しています。
「本展は、イギリス各地とロサンゼルスで制作された多数の代表作に加えて、近年の風景画の傑作〈春の到来〉シリーズやCOVID-19によるロックダウン中にiPadで描かれた全長90メートルにもおよぶ新作まで120点余の作品によって、ホックニーの世界を体感できる機会となるでしょう」と公式で謳われている通り、1Fから3Fまで使い、初期作品から最近の作品まで本当にたくさんの作品が展示されていて、実に観応えがありました。

 最初に目に入った作品が、紅茶の紙バック製品のパッケージにまるでフランシス・ベーコンのようなタッチの裸の男性が重ねて描かれた作品で、いきなりガツンとやられました。
 そこにあったホックニーの初期作品についての説明書きには、60年代当時、英国では違法であったにもかかわらず、同性愛をほのめかす作品が、と記されていました。タイトルは忘れてしまったのですが、その「同性愛をほのめかす」作品は、《私たち2人の少年はいちゃつく》と同様、パッと見なんだかよくわからない抽象的なものでしたが、文章が小さな字で書かれていて(それもホイットマンの詩だったかもしれません)、そのなかに「彼の腕」という文字が見えて、なるほどなと思いました。二人の男性が裸でベッドで寝ているドローイング作品もありました(そちらはTシャツなどのグッズにもなってました)
 LAでの作品のなかには、クリストファー・イシャーウッド(『シングルマン』を書いた作家)とパートナーのドン・バカーディ(画家)がガウンを着て部屋でくつろぐ様の肖像画があったり、部屋でおそらくクラヴィコードを弾いている身なりのパリッとした男性と、その彼を部屋の入り口に手をかけなから見下ろす俳優のような雰囲気の男性の肖像画(後ろに脱ぎ捨てた靴下のようなものが見えるので、二人は一緒に住んでいるのでは?と思われます)、ビバリーヒルズでシャワーを浴びている男性の絵などもあり、たいへんゲイ的でした。残念ながらスイミングプールの作品はあまり多くなかったのですが(高く売れているので、なかなか来日が叶わないのでしょうね…)、《午後のスイミング》という作品がかろうじて人間が泳いでいる様子が描かれていました。しかし、その泳いでいる人は極めてマティス的に描かれていて、たぶん男性だとは思うのですが、判然としませんでした。
 LAシリーズのなかに《飾りのある金の額に入ったメルローズ通りの風景画[『ハリウッド・コレクション』より]》という絵がありました。タイトルから推察するに、ウェストハリウッド(ゲイタウン)を描いた作品と思われ、男性の頭が下に小さく描かれていて、たぶんゲイなんだろうな、と思いました。
 ポートレート群のなかには、彼の恋人であったピーター・シュレシンガーやグレゴリー・エヴァンスの肖像画、そしてジャン=ピエール・ゴンサルベス・デ・リマの肖像画もありました(個人的にはリマの肖像画がひときわセクシーで人間味も感じさせる良い絵だと思いました。愛を感じさせました)
 ピカソに傾倒していた時期の作品群のなかには、ピカソが部屋でモデルを描いていて、おそらくホックニー自身だと思うのですが、そのモデルが裸で座っているという様を描いた作品もありました。
 
 観衆の多くはホックニーの絵の色彩や、風景画の巨大さや、iPadで描いた作品の制作過程がわかる動画などを熱心に観ていたと思います。でも、もし、パートナーの方やゲイのお友達と一緒に観に行くと、一般の方は気づかないような、この絵はきっとこうだよね、とか言いながら、いろんなゲイテイストを見つけられると思います。思わず「素敵!」と言いたくなったり、どこかしらとてもチャーミングだったりするので、楽しい鑑賞になると思います。一方で、LA時代のシリーズは、明るい日差しとは裏腹に、異様に静的で、どこか「死」を感じさせるような、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を彷彿させるものがあり、強い印象を残しました。ピカソと同様、様々な「時代」があり、それぞれの時期で、技法や、テイストがガラリと変わるのですが、たぶん、ずっと変わらないのは「ゲイだからこそのテイスト」だと思うんですよね。ぜひご覧になって、感じてみてください。
 ただ、個人的には、公式でプッシュされている最近の風景画のシリーズは、深みに欠けると言いますか…正直、あまり面白くなかったです。初期作品〜LAの時代をじっくりご覧になることをおすすめします。革新的で意欲的な、ホックニーの魂のようなものが感じられる時代です。





デイヴィッド・ホックニー展
会期:2023年7月15日(土)~11月5日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/3F
開館時間:10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
※サマーナイトミュージアムの日(7/21、28、8/4、11、18、25)は10:00-21:00まで開館延長
休館日:月曜日(7/17、9/18、10/9は開館)、7/18、9/19、10/10
観覧料:一般2,300円 / 大学生・専門学校生・65歳以上1,600円 / 中高生1,000円 /小学生以下無料
※平日限定ペアチケット4,000円(オンライン限定)
オンラインチケットはこちら(前期分7/15~9/15)

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