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レポート:Fast Track Cities Workshop Japan 2023 特別企画
12月2日、日本エイズ学会の市民向けプログラムとして開催されたワークショップ「Fast Track Cities Workshop Japan 2023 特別企画」の模様をレポートします
今年の日本エイズ学会は12月3日(日)~5日(火)、京都で開催されました。学会ですので、医学や疫学の専門家の方や研究者、HIV予防啓発団体やHIV陽性者団体の方たちが参加し、最新の研究や事例を発表したり会議をするのですが、一般の方も参加できるイベントや市民向けプログラムなども用意されていました。その一つがリーガロイヤルホテル京都で開催された「Fast Track Cities Workshop Japan 2023 特別企画」で、HIV対策における政策提言に対し、市民参画から市民主導へと繋げるためのベストプラクティスを共有するための、多様なスピーカーによるトークセッションでした。
そのトークセッション(ワークショップ)の模様をレポートします。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)は、2030年までにエイズ流行を終焉させる数値目標「Fast Track Targets」を定め、達成に向けた国際的なパートナーシップ「Fast-Track Cities Initiative」を推進しています(日本でもHIV/エイズ関連6団体が厚労相に「日本におけるHIVエイズの流行終結に向けた要望書」を提出しています)
今回のワークショップは、国際的NPOのひとつである国際エイズケア提供者協会(International Association of Providers of AIDS Care=IAPAC)と共催し、HIV対策における政策提言に対し、市民参画から市民主導へと繋げるためのベストプラクティスを共有すべく、多様なスピーカーによる講演をお届けするものでした。
※なお、Fast Track Citesとは、2014年12月1日、パリで「2030年までにエイズの流行を終わらせるために団結する」という趣旨の宣言(「パリ宣言」)が出され、出席していた27の都市の市長が署名したことから、世界中の都市や地方自治体と、UNAIDS、IAPACなどを含むパートナーが連携し、都市の特徴や問題を踏まえた対策を講じることで90-90-90の達成などを推進しようとするものです。加盟都市は世界300都市に上りますが、東京はまだです。2023年7月、東京で2回目の「Fast Track Cites Workshop Japan」が開催され、一定の成果を上げたそうです。
12月2日(土)は、学会が始まる前の日でしたが、会場のリーガロイヤルホテル京都では学会関連の会議なども行なわれている様子でした。
初めに、今回の日本エイズ学会学術集会・総会の髙折晃史会長(京都大学大学院医学研究科血液・腫瘍内科学教授)からご挨拶がありました。続けて、トークセッションが始まりました。
Session1「欧州におけるコミュニティ」
こちらは琉球大学大学院医学研究科の仲村秀太氏が座長を務めていました。
特別講演:欧州におけるコミュニティ
Tristan J Barber氏(The Royal Free Hospital, London, UK)
バーバー先生は英国のHIV協会の役職や、欧州のエイズ学会などグローバルに活躍する方です。今回はロンドンにおけるFast-Track Cities(以下FTC)の歩みについて話してくださいました。
ロンドンは95-95-95(陽性者の95%が診断を受け、診断を受けた陽性者の95%が治療を受け、治療を受けている陽性者の95%がウイルス抑制を達成している)を達成し、2030年までの流行終結も視野に入っています。英国では10万人の陽性者がいますが、1年当たりの新規HIV感染は2630人にまで減りました。ロンドンのFTCはいち早く目標を達成し、2019年には95-98-97というとてもよい結果になった、どうやって達成したかというと、検査をベストの体制で提供する、早く治療を始める、HIVにまつわるスティグマをなくす、陽性者のケアの継続、分化型のサービス(地域や層による多様なサービスの提供)がキーだった、しかし、まだ自身が陽性であると知らない人が5%(2000人くらい)いると推定されている、白人であれば検査につながりやすいが、黒人やカリブ系の人たちは遅い、人種によってベネフィットに偏りがある、そのため黒人などのMSMに対するポジティブなイメージのキャンペーンを展開したり、HIVはすべての人に関係があると伝える広告を打ち出したりした、というお話でした。
ほかにも印象的だったお話がいくつもありました。団体だけでなくコミュニティのボランティアの人たちが、より多くの人々にメッセージを届けるために活躍してくれたのはとても重要なことだった、とか、最近少しだけ新規感染が増えたけど、それは黒人女性へのアウトリーチが弱かったり、コロナ禍で検査数が減少していて未診断の人たちが増えていたためだった、とか。あとは、緊急外来で病院に運ばれてきた方に対してopt-out(本人が実施を拒否しない限り、自動的に検査を行なうこと)が行なわれ、効果を上げている、というお話もありました。
基調講演:医療政策決定プロセスにおける患者・市民参画について
中山健夫氏(京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 健康情報学分野)
国立研究開発法人国立国際医療研究センターエイズ治療・開発研究センター(ACC)医療情報室の田沼順子氏が座長を務め、京都大の中山健夫教授から「医療政策決定プロセスにおける患者・市民参画について」と題した講演が行なわれました。
エビデンスに基づく医療、患者の希望や視点を反映した医療、診療ガイドライン作成への患者・市民参画、患者参加の意味、ナラティブに基づく医療、多様なプレイヤーによる新しい社会の「共創」といったお話でした。
「患者は病気と共に生きていくことの専門家である」とか、「患者の語りが医療を変える」といった言葉が印象的でした。
膨大な資料が提示された、怒涛のような講演でしたが、私のような医学の素人であってもお話のポイントは掴めたと思いますし、旧態依然とした医者が一方的に(時には説教したりして)患者に接する時代はとっくに終わっている、患者が参画し、共に創り上げていくことが大切なのだということがとてもよくわかり、興味深かったです。
終わりのコメントで田沼先生が、FDA(米食品医薬品局)が抗HIV薬の開発に当たってHIV陽性者を参画させたのは初めての出来事だったということを話していて、勉強になりました。
(なお、田沼先生は、ずっと前からHIV陽性者の診療に携わり、ゲイの方もたくさん診てきて、国連合同エイズ計画とプライドハウス東京が合同で開催したワークショップにも登壇していますし、今年10月の「2030年までのHIV流行の終結に向けた道筋とは」でも「今回最も重要なのは市民、コミュニティが提言したということだと感じる。エイズ対策の歴史を振り返ると、80年代からコミュニティが生きるために声を上げてきた。いま、流行を終結するために集まって、専門家も同意するような提言をしたのは素晴らしいこと」という素晴らしいコメントをくださったアライの方です。金沢レインボープライドの「HIV/性の健康トークセッション」にも登壇しています)
Session2「市民参画から市民主導のHIV対策へ -日本でのコミュニティの取り組み-」
休憩後に行なわれたSession2は、帝京大学医学部の吉野友祐氏が座長を務め、岩橋恒太氏(NPO法人akta)、宮田りりぃ氏(関西大学)が登壇し、ゲイ・バイセクシュアル男性のコミュニティの取組みや、トランスジェンダーの課題についてのトークセッションとなりました。
岩橋さんは、aktaは「コミュニティからコミュニティに向けて」発信してきた、UNAIDSも「コミュニティ主導でいこう」と謳っている、今年、(英国のNational AIDS Trustや豪NSW州のACONのようなコミュニティベースの)GAP6として要望を出した、HIVへの誤解や偏見をなくしていくことが大切だとしたうえで、二丁目でのコンビネーション予防のことや、今夏の「SUMMER BLAST」でのモニタリング調査の実施について語りました。また、aktaが行政や医療、様々なセクションと二丁目コミュニティとの連携のハブとしての役割を果たしていること、aktaだけでなく全国の団体やコミュニティセンターも同様である、そうしたこれまでの取組みが、例えば今年のエムポックスの対策などにも役立っていることも紹介しました。
宮田さんは、トランスジェンダーが置かれている社会状況、重層的なスティグマや就業の困難、貧困、治療にかかる出費、セックスワークに携わる人の多さ、医療へのアクセスの困難など様々な要因によって、トランスジェンダーのヘルスケアが脅かされ、HIV感染のリスクも高まっているとしたうえで、海外では2010年代からトランスジェンダーのエイズ対策が重要課題と見なされてきた一方、日本ではその意識もなく、対策が不十分であることを指摘しました。現状はdisaなどのゲイ・バイセクシュアル男性向けのコミュニティセンターの中にトランスジェンダーも含まれていて、トランス向け、セックスワーカー向けの専門のセンターがあるわけではない、また、既存のコミュニティセンターのワーカーが継続的に活動できず、生きた経験が継承されないという問題がある、とも指摘されました。宮田さんは、現在見直しの作業中であるエイズ予防指針にトランスジェンダーのことが明記されることを求めています(それが実現することを願います)
質疑応答では、「感銘を受けた」という医療者の方がLGBTQのインクルージョンについてアドバイスを求めたり、コミュニティの方たちの「これまでの熱意のおかげで」多様な方たちのニーズに応えてきたことを称えながら次世代をどう育てていくかについて質問する方などもいらっしゃいました(その質問に対し、岩橋さんは、自分はHIVのことに携わるのがキラキラしていて「エモい」と感じられた世代だけど、若い方たちにとっては必ずしもそうではなく、少ない予算のなかで今後、情熱を持って活動してくれるような若手をどう育てるかということが課題です、と語っていました。宮田さんが語っていた、コミュニティワーカーが辞めていってしまう問題もそうですが、熱意だけでは続けられないわけで、予算がないということに根本的な問題があると思います。以前、シドニーのゲイコミュニティでHIV予防に携わっている方がaktaに来られてお話したことがあって、その事業に億単位の予算がついていることがわかって愕然とした覚えがあります。日本では桁が1つも2つも少ないのです)
それから、最後に、岩橋さんが来年、新宿で開催される日本エイズ学会学術集会・総会の会長を務めることが発表されました(スゴい。最年少じゃないでしょうか)。ゲイコミュニティの方が会長を務めるのは2017年のぷれいす東京・生島さん以来じゃないかと思いますが、もしかしたらTOKYO AIDS WEEKS 2017のときのような素敵な展開もあるのではないかと予想されますし、岩橋さんならきっと大役を見事に務めるだろうなと思います。頑張ってほしいですね。
なお、宮田さんは今回の日本エイズ学会で、トランスジェンダーとセックスワーカーのセクシュアルヘルス研究、取組みへの評価として、ECC山口メモリアルエイズ研究奨励賞を受賞しています(おめでとうございます!)
このように、「Fast Track Cities Workshop Japan 2023 特別企画」は、多様なパネリストによる多彩で有意義なセッションとなりました。
この日のお話を振り返って、あらためて感じたのは、HIV/エイズのことって、行政とか医療機関とか民間企業とか市民団体とかいろんなところが関わっていて、一方で、HIV/エイズとともに生きていること(Living Together)をとてもリアルに感じているぼくらのコミュニティがあって、両者がつながれなかったりわかりあえなかったりすることもあるけど(昨今のLGBTQへのバックラッシュのなかでは特に)、aktaやdistaなどがハブとなってくれているおかげで、二丁目や堂山にコンドームを配ったり、情報を提供したり、センターでちょっとしたイベントやミーティングを開いたり、コミュニティの声を届けたりということができているわけなので、こうしたコミュニティセンターは本当に大切、ということです。
UNAIDSも「コミュニティ主導でいこう」と言っていますし、中山先生も医療政策決定のプロセスに患者(HIV陽性者も含まれるでしょう)や市民が参画することの重要性について語っていましたし、世の中はすでにゲイやHIV陽性者のコミュニティを尊重する流れになっていると思います。ぼくらはもっとHIV/エイズ(やエムポックスや、ゲイコミュニティが大きく影響を受けている様々な感染症)について声を上げてもよいし、そうすることが期待されているのだと思います。ですから、もっとHIV/エイズのことに関心を持ったり、コミュニティセンターに足を運んだり、有益な知識を得たり(例えばPrEPはどうすれば安心してできるのか、とか)、意見を言ったり、積極的に行動していけたらよいのではないかと思いました。
(取材・文:後藤純一)
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