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エイズ病棟で亡くなりゆく患者をケアしていた看護師さんが描いたコミック本を翻訳出版しよう

2021年01月18日

 1990年代、まだエイズが「死に至る病」であった時代に、アメリカのHIV/エイズ緩和ケア病棟で日々、死と隣り合わせの患者と接していた看護師のMK・サーウィックという方が描いた『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』というコミック本を日本語に翻訳して出版しようというクラウドファンディングが立ち上げられました。


 MK・サーウィックは1994年、まだエイズが「死に至る病」であった頃に新米看護師としてシカゴのゲイタウンにある病院のHIV/エイズ患者専門の緩和ケア病棟で働きはじめました(多くのゲイの方が入院していました)。死と隣り合わせの患者と接する日々…担当した患者さんが数ヵ月から数年で亡くなってしまう、その看取りを、新米看護師としてどのように感じ、どのように向き合っていたのかを、彼女は『Taking Turns: Stories from HIV/AIDS Care Unit 371』というグラフィック・ドキュメンタリー(マンガ)に描き下ろしました(Amazonで82%の人が星5つをつけています)
 
 以下に、一部日本語訳がなされたページの絵もつけながら、物語をざっとお伝えします。
 物語は、まだエイズ・パニックが続いていた1990年代半ば、HIV/エイズ専門病棟をもつシカゴのイリノイ・メソニック医療センターで、MKサーウィックが看護の仕事に就くところからはじまります。
 MKは大学を卒業後、社会に出て事務職を経験するも、看護師の資格取得を目指して、医療看護系で名門のラッシュ大学に再入学します。MKの母親も看護師であり、MKが17歳の頃に父親が脳梗塞を患っていたことなどから、看護の世界は身近なものでした。
 看護実習でエイズ患者の看護に携わった経験をきっかけに、イリノイ・メソニック医療センターのHIV/エイズ専門病棟「371病棟」での病棟看護師としての生活がスタートします。MKが勤務をはじめた1994年頃は、エイズによる死者数がピークに達していました。

 イリノイ・メソニック医療センターは、「思いやりのあるケア」「奉仕の精神」を使命に掲げる1897年創設の伝統ある病院です。1970年にシカゴで世界初のプライドパレードが行われた「BOYS TOWN」と呼ばれるゲイエリアにありました。

 HIV/エイズ専門病棟としての「371病棟」の創設に携わった2人のデイヴィッド(デイヴィッド・ムーアとデイヴィッド・ブラッド。ともに医師)の話を通して、その歴史が語られます。この2人の医師がかつて勤務していた病院はゲイコミュニティ医療の拠点として発展を遂げていました。ゲイの患者たちが免疫疾患により次々と亡くなり、1982年頃までにこの免疫疾患は「エイズ」と呼ばれるようになりました。予測不能な死に至るこの病に対する恐怖が高まり、医療従事者の間でも患者との接触に不安を感じる声があがっていました。2人のデイヴィッドはこの疾患に特化した医療教育およびケアの必要性を認識し、HIV/エイズ専門病棟をイリノイ・メソニック医療センター内に創設したのです。

 MKはそんな371病棟であわただしく充実した日々を過ごしていきます。物語は、彼女の想い出深い患者たちとの交流、さまざまな局面に向き合う際の医療従事者としての「気持ち」、チーム医療に携わる連帯感などに焦点が当てられていきます。
 筆致は淡々としていますが、その時々の心の機微が、時には彼女が見た不思議な夢に寄り道したりしながら丁寧に綴られていきます。なかでも、絵を描くことが好きなMKにとって、同じようにアートの世界を好む患者たちとの交流は特別で、大事な思い出として語られることになります。
 
 1990年代末にかけて治療法が劇的に進歩したことにより、HIV/エイズは死に至る病ではなくなっていきます。その結果として 2000年に371病棟もその使命を終えて閉鎖されることになりました。看護師として実績を重ねていたMKは371病棟での勤務に誇りを抱いていましたが、閉鎖に伴い、新しい人生の局面を歩まなければならなくなります。やがて彼女は、一枚の絵ではなく、絵と言葉、そしてその連なりで物語を語ることができるマンガに表現の可能性を見出していくことになるのです。
 2008年、MKはかつて371病棟に入院していた元患者を訪問し、患者の視点と医療従事者の視点から371病棟がどのような場であったのかを語り合います。それこそが、この『テイキング・ターンズ』の出発点でした。『テイキング・ターンズ』が最終的に出版されるのは、それから約10年後、2017年のことです。371病棟での濃密な体験を再構成するには、おそらくそれだけの時間が必要だったのでしょう…。
 

 MK・サーウィックは、医療というなかなか一般の方には難しい世界のことや、患者さんの複雑な経験をマンガという媒体で描く「グラフィック・メディスン」を提唱しています(日本でも『グラフィック・メディスン・マニフェスト マンガで医療が変わる』という著書が翻訳出版されています)。ジェンダーやセクシュアリティの多様性にまつわるマンガの可能性を探る実践者でもあります。
 
 このクラウドファンディングの発起人の方は『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』について、「当時のHIV/エイズ緩和ケア病棟がどのような状況であったのかを示す貴重な証言集になっています」と語ります。
「死の恐怖と隣り合わせにいる患者のケアを任された医療従事者としての視点から、素朴だが味わいのある絵柄で状況を淡々と綴るところに本書の特色があります。語り手は観察者として、聞き手として、記録者としての役割に徹しており、その胸中をめぐる描写は極力省かれているのですが、看護とは何か、医療とは何か、生きるとは何か、など私たちに多くのことを考えさせてくれます」
「1990年代のHIV/エイズを取り巻く時代背景も描きこまれています。駆け出しの看護師であった著者自身の回想録(グラフィック・メモワール)であり、1990年代におけるHIV/エイズ病棟をめぐるさまざまな証言を記録したドキュメンタリーでもあります」
 
 これまで、『フィラデルフィア』『エンジェルス・イン・アメリカ』『ノーマル・ハート』『BPM』『POSE』などの映画・ドラマ作品で、エイズ禍に翻弄されるゲイ(やトランスジェンダー)の人たちの苦悩や葛藤、絶望、闘い、懸命に生きようとする気高さ…などが描かれてきました。しかし、エイズという病と闘っていたのは患者だけでなく、医療従事者の方々も同様です。看護師の視点、同僚である医療従事者の視点、患者の視点などがさまざまに交錯しながら展開していくこの物語は、コロナ禍の今、さまざまな示唆を与えてくれるに違いありません。
 
 翻訳出版するのは、野原くろさんの『キミのセナカ』や、『LGBTヒストリーブック 絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』など、LGBTコミュニティにとって意義のある様々な書籍を手がけてきたサウザンブックスです。
 
 今回のクラウドファンディングでは、「書籍+寄付コース」として、長年HIV陽性者を支援してきた(ゲイ・バイセクシュアル男性もたくさん支援してきた)ぷれいす東京への寄付がセットになったコースも用意されています。余裕のある方はぜひ、ご検討ください。
 
【クラウドファンディング】
エイズが死に至る病だった1990年代前半、医療従事者や患者を描いた海外コミックス『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』を翻訳出版したい!


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