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【パリ五輪】開会式を演出した芸術監督への殺害予告に対し、検察が捜査を開始

2024年08月03日

 レディ・ガガやドラァグクイーンをはじめ多くのクィア・ピープルが出演する素敵なパリ五輪開会式を演出した芸術監督トマ・ジョリーがインターネット上で殺害予告を受けたとして告訴し、検察が捜査を開始しました。また、大勢のドラァグクイーンやクィアピープルが橋の上でファッションショーなどのパフォーマンスを繰り広げた場面でDJをしていた(「神々の饗宴」のシーンでは中央のアポロンの位置にいた)バーバラ・ブッチも殺害や拷問、暴行の脅迫を受け、被害届を出しました。(なお、トマ・ジョリーはゲイで、バーバラ・ブッチはレズビアンの方です)
 
 
 こちらの記事でもお伝えしていましたが、ドラァグクイーンらがファッションショーを繰り広げたあと、ランウェイの縁のところで頭に後光のようなヘッドピースをつけてDJをしていたバーバラ・ブッチの周りに集まり、ランウェイの中央に(レインボーカラーに見える)花や果物に囲まれたシンガーソングライターのフィリップ・カテリーヌが全身青塗りで登場し、「みんなが裸だったら戦争は起こるかな?」という歌詞の「Nu(裸)」という歌を歌ったシーンです。ロイター通信によると、これがダヴィンチの『最後の晩餐』を侮辱する演出だとしてカトリック教会と極右の政治家らが強く反発しているそうです。
 
 開会式のディレクターを務めたトマ・ジョリーはBFMTVのインタビューで「『最後の晩餐』には着想していません。ギリシャ神話の神々による祭りを描いています」と語っています。「あれは『祝祭』のシーンで、ディオニュソスはギリシャ神話のお祝いの神だからテーブルにやってきたのです。ディオニュソスはフランスの宝ともいえるワインの神様で、セーヌ川の女神であるセクアナの父でもあります。オリンパス山の神とつながる、多様な宗教を信仰する人々の大きなパーティを作り上げようというアイデアでした。私にも、私の仕事にも、誰かを馬鹿にしようなどという気持ちはありません」「何よりも愛のメッセージ、『包摂』のメッセージを送りたかったのであり、分断を和解させるセレモニーにしたかっただけです」「フランスには創造や芸術の自由がある。我々には多くの権利があるのだと伝えたかった」
 あのシーンはディオニソス(バッカス)や牧神パンなどギリシャの神々が飲み明かす様を描いた『神々の饗宴』をイメージしたものです。人数も14人を超えていますし、バーバラの隣の手を高く上げている女性のポーズや、テーブルにパンやワインなどがない(代わりに花に囲まれたディオニュソスが鎮座している)ことなどからも『最後の晩餐』でないことは明らかです。にもかかわらずキリスト教への侮辱だとして非難し続けている人たちって…。
 ディオニソスを演じ、裸で歌ったフィリップ・カテリーヌはCNNのインタビューに応え、あの歌は平和のメッセージであり、ガザやウクライナでの戦争に感化されて作ったものだと、「もし我々が裸のままだったら、戦争は起きただろうか? 答えは恐らくノーだろう。裸であれば銃も短剣も隠すことができないから」「人に危害を加えないという理念が裸の人という演出には込められている」と語りました。また、裸は五輪の起源である古代ギリシャの競技会に由来している、古代ギリシャでは裸で競技を行なっていた※と指摘しました。

※PRESIDENT Online「今も昔も「平和の祭典」は腐敗に悩まされていた…1200年も続いた古代オリンピックがあっけなく終わったワケ」でも古代オリンピックで競技者は裸だったと証言されています。ちなみにオリンピックの語源であるオリンポスはゼウスをはじめギリシャ十二神の住まいであり、『ニュー・オリンポスで』の舞台であるハッテン映画館の名前にも採用されているように(ゼウスをはじめギリシャの神様の少年愛エピソードは有名であったため)オリンポスは欧州のゲイのアイコンとなっています。オリンピックが開催されたギリシャ世界ではそもそも裸や同性愛が当たり前のことでした。
 
 『最後の晩餐』だと勘違いされたシーンへの非難は止まず、7月28日にはパリ五輪の広報責任者を務めるアンヌ・デキャンプ氏が「私たちにはいかなる宗教団体にも無礼さを見せようとする意図はなかった。あれは寛容さと交わりを示すものだった。もしも、開会式で傷ついた人々がいるのなら本当に申し訳ない」と公に謝罪しました。
 
 8月2日、演出を務めたトマ・ジョリーに対してインターネット上で殺害予告が行われたとしてパリ検察が捜査を始めたことを明らかにしました。
 トマ・ジョリーだけでなく、この場面に出演したDJのバーバラ・ブッチも脅迫を受けたとして告訴しました。パリ検察庁は「オンラインのヘイトスピーチと闘う国家機関であるPNLHは、人道に対する犯罪とヘイトクライムと闘う中央事務所であるOCLCHに対し、彼女に向けられた、またはオンラインに投稿され、フラグが立てられた宗教や性的指向に言及する差別的なメッセージについて捜査を行なうように指示しました」と述べています。「この事実は、差別による虐待、殺害予告、人々の生命や身体の尊重に対する未遂の公然扇動に該当する可能性があることを示しています」
 バーバラ・ブッチは自身のインスタグラムで、いやがらせを受けており、弁護士の文面を通じて警察に通報したことを明かしました。弁護士は「彼女は殺害や拷問、レイプを行うと脅迫され、反ユダヤ主義的、同性愛嫌悪的、性差別的、総体嫌悪的(体重に対する憎悪)な侮辱の標的にもなっています」「バーバラ・ブッチは自分自身や彼女が象徴するもの、彼女が支持するものに向けられたこの卑劣な憎悪を非難します。彼女は今日、フランス人であろうと外国人であろうと、これらの行為に対していくつかの訴えを起こしており、今後彼女を脅迫しようとする者を訴追するつもりです」とコメントしています。
 そしてバーバラはインスタグラムで以下のようにコメントしました。
「トップ・アーティストとして2024年のパリ五輪開会式に参加して、パーティーの私のヴィジョンを示すことができたのはものすごく光栄でした。私の心は今も歓喜に満ちていて、あれ以降みなさんがくださった愛と強さに感謝しています」「ご存じの通り、私の取組みというのは常にみなさんを踊らせることであり、自分なりのつつましい方法でダンスフロアに国を作るというものでした。DJとしての仕事や活動を通して、愛と包括性を推進してきましたし、私にとってはそれこそが散り散りになった時も世界を救うものなのです」「今、私はサイバー・ハラスメントの標的となっていて、暴力的なものもあります。最初は落ち着いてもらうためにも話さないと決めていましたが、受け取るメッセージはどんどんと過激になっていきました。すべては、光栄なことに私が尊敬する他のアーティストやパフォーマーたちと共に、アートや音楽を通じて自国の多様性を体現する機会を得ることになったからです」「何を言われても、私はあり続けていきます。自分のことを恥ずかしく思うことはありませんし、アーティストの選択も含めて、すべての責任は私にあります。人生を通して犠牲者になることを拒んできました。黙ったりはしません。スクリーンや偽名に隠れて憎悪や不満をぶちまける連中を恐れることはありません。私は決して震えることなく闘っていきます。力を尽くして、誇りを持っていきます。愛する人々や何百万人のフランス人を代表して、自分自身を、自分が体現するものを誇りに思っていきます。私のフランスはフランスなのです」

 大会組織委員会は2日、一連の誹謗中傷を非難するとともに、芸術監督らを支援する考えを表明しました。
 キリスト教を侮辱する意図はなく、分断された人々が和解し、戦争がなくなる世界を表現したパフォーマーや芸術監督に対し(というかどんな人であれ)殺害予告という脅迫によってその表現を封殺しようとすることは絶対に許されることではありません(これまで何人の芸術家や政治家が暗殺されてきたことか…)。組織委の姿勢を支持するとともに、パリ検察がホモフォビックな侮辱を含むコメントをヘイトと認定して捜査に着手したことにも感謝します。

 日本ではあまり報道されていませんが、(開会式の前の、多くの市民が参加した)聖火リレーにドラァグクイーンのミニマ・ジェステも参加し(素敵!)、そのことでSNS上で非難のメッセージを受けているそうです。ミニマ・ジェステのインスタグラムに、7月14日に行なわれた聖火リレーの様子が投稿されていますが、(フランス語なので自信がありませんが)支援してくれたコミュニティの人々と一緒に公の場で行うことを許されなかったことを残念に思う、といったコメントが書かれています。

 2000年のシドニー五輪の閉会式でカイリー・ミノーグが歌っている間、大勢のドラァグクイーンをはじめ何千人ものLGBTQがマルディグラのパレードを再現して会場を練り歩いたわけですが、そのときはこんなに非難はなかったと思います。最近になって欧米でもドラァグクイーンへの攻撃が強まっていることから、世界的に宗教保守のアンチLGBTQな人たちが今回、過剰反応し、ワーワー言っているのではないかと推測されます。
 
 母国フランスでは国民の86%が開会式を評価しているそうです(すごい支持率ですね)
 アリアナ・グランデなどは「ドラァグアーティストが出演していたことにも、クィアな人たちを讃えていたことにも、とても感動しました!」と絶賛していますし、日本でも開会式について茂木健一郎さんが「パリ五輪の開会式、ここまで自由にやっていいんだという開放感があってすばらしい」と、ロバート キャンベルさんも「これは革命的」「大変面白かった」と評価しています。
 
【追記】2024.8.11
 フランス在住の哲学者・福田肇氏が、「開会式の演出に使われた伝統的な表現技法などを何も知らずに批判するのは無知すぎる」として、実にフランスらしい心憎い演出だったと詳説しています。興味がある方はこちらを読んでみてください。


参考記事:
パリ五輪 開会式演出の芸術監督に“殺害”脅迫 検察が捜査開始(日テレ)
https://news.ntv.co.jp/category/international/0b04bf3c394644b0aa5efd103c976357
パリ五輪開会式 「最後の晩餐」?演出で物議 芸術監督への殺害脅迫の疑いで捜査開始(TBS)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1337417?display=1
五輪開会式芸術監督に殺害脅迫、検察が捜査(共同通信)
https://nordot.app/1192073761583923975?c=302675738515047521
パリ五輪開会式「最後の晩餐」騒動で脅迫か、出演DJが被害届(ロイター)
https://jp.reuters.com/life/JCYNDC6GKFO5TLQCDY2EVLYBNI-2024-07-30/
 波紋続くパリ五輪開会式 同性愛公表の芸術監督も誹謗中傷の被害に(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASS832FZ6S83UHBI025M.html

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