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ハイタッチを発明したのはゲイの野球選手だって知ってました?

2026年09月17日

 9月14日の日刊スポーツの記事で、ハイタッチが生まれた瞬間のことが書かれていました。1977年10月2日、MLBのドジャースの本拠地での試合で、ダスティ・ベイカー選手が30号ホームランを打ち、その記念すべきホームランを祝福するため、次打者のグレン・バーク選手が本塁付近で右手を伸ばして出迎え、ベイカーが手のひらでピシャリと打ち、それが「ハイファイブ」(日本で言う「ハイタッチ」)の始まりとなりました。メジャー2年目だったグレン・バーク選手は「彼の30号だから思わず手を高く差し上げた」と振り返っています。ハイタッチは球界でたちまち広まり、スポーツ界全体にまで流行しました。


 このハイタッチを発明した2人のかたわれであるグレン・バーク選手はMLBで初めて公然とゲイであることをカムアウトしたレジェンドです。
 2023年のZAKZAKの記事によると、150年におよぶMLB(メジャーリーグ)の歴史の中でゲイであることをカムアウトした選手はグレン・バークとビリー・ビーンの2人しかいません(注:MLB傘下のマイナーリーグでは、2015年にショーン・コンロイとデヴィッド・デンソンがカムアウトしています)。グレン・バークは1982年の引退後に公にカムアウトしましたが、『週刊ベースボール』で「アメリカ野球雑学概論」を連載していた伊藤茂樹さんのnoteによると、彼は現役中から自らの性的指向について隠すことはせず、チームメイトのみならずファンの間でも周知だった、つまり、事実上現役時代からオープンだったということです。
 同記事でも詳しく書かれていますが、2010年制作のドキュメンタリー『OUT: The Glenn Burke Story』では、グレン・バークはスター候補選手であったにもかかわらず、ドジャースからアスレチックスに不自然なトレードをさせられた、それはゲイであるがゆえの「厄介払い」であった、アスレチックスのビリー・マーチン監督は他の選手たちに「ところで、こいつはグレン・バーク。fagotだ」と紹介した、といったことが描かれているそうです。
 バークは1980年、トレーニング中に膝を負傷し、マーチン監督はこれ幸いとばかりにバークをユタ州のマイナーリーグチーム送りにし、シーズン終了を待たずに契約を解除しました。バークは「偏見が私を野球界から追いやった。まだその時ではなかったのに」と語っています。

 球界を引退した後、バークはサンフランシスコのカストロ地区(世界最大のゲイタウン)でコミュニティの仲間たちとハイタッチを行ない、それがゲイプライドとアイデンティティの象徴となったとも言われています。
 
 そんなグレン・バークは、同時代の他の多くのゲイ・バイセクシュアル男性コミュニティの方たちと同様に、エイズによる合併症のため42歳の若さで亡くなりました。
 
 野球界では現在でもほとんどカムアウトする選手がいないなか、70年代という今とは比べものにならないくらい厳しかった時代にオープンにしていたグレン・バーク選手のことを本当にリスペクトします。パレードとかでハイタッチするたびに、それこそジュディ・ガーランドと『オズの魔法使い』の逸話と同じように、昔グレン・バークっていう野球選手がいてね、という話が語られるようになってほしいですね。
 
 
 
参考記事:
【福島良一コラム】日本人初が期待される30発カルテット 歴史紐解くと「ハイタッチ」創始者に(日刊スポーツ)
https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/column/showtime/news/202609110000681.html

保守色強いMLBとLGBTQ+ ほとんどのチームがイベントを支持する中…反発し降格、契約解除される選手が続出(zakzak)
https://www.zakzak.co.jp/article/20230705-RADTWDDCOFM2VOIAFK5ETWBAQE/3/

初めて「カムアウト」したメジャーリーガー:日本未公開野球映画を観る(44)(伊藤茂樹note)
https://note.com/itos54/n/n433415a44527

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