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「DOCK」の吉野さんへのインタビュー
「六尺ナイト」「六尺ディスコ」「巨根伝説」など、二丁目で話題のイベントに関わってきた「DOCK」の吉野さんへのインタビューをお届けします。
「DOCK」は1999年に二丁目に誕生した(たぶん)日本初の「ケツ割れバー」(今はパンイチで飲めるクルージングバー)で、吉野さんは3代目のマスターです。一昨年から「乱雄會」の一員として「六尺ナイト」を成功させ(昨年のGWには全身黄金に輝くGOGO BOYが登場し、センセーションを巻き起こしました)、今年3月にはさらに「六尺ディスコ」「巨根伝説」というパーティで二丁目を楽大いに盛り上げました。また、1998年に『バディ』誌の同性結婚式企画に仲人として出演したり、「akta」でのトークショーに出演したり、昨年は「ハッテン場の摘発事件を考えるセミナー」の講師を務めたりというオープンでコミュニティ的な活躍もしてきました。二丁目の(あるいは日本の)ゲイシーンの重要なキーマンの一人である吉野さんに、お話をお聞きしました。(聞き手:後藤純一)
——今回は吉野さんのこれまでのヒストリーを凝縮してお届けしたいと思っています。吉野さんはゲイ業界で働きはじめる前はどんなことを?
まだ世の中にITという言葉がなかった頃、はしりだったIT企業を友達と経営していました。時代の先端にいて、どこに行って何を言ってもお金になったし、うまくいった。でも、ガキがお金を持っても、することは高級外車乗り回したり遊びまくること。人の価値を金銭で測るようになっていた。ビジネスパートナーはそんな僕にさっさと見切りをつけて離れて行って、別の会社を立ち上げて、100億円以上儲けた。一方で僕は敗北者。明暗が分かれる結果になった。
——とはいえ、初めは成功していたわけですから、相当な資産になったのでは?
2000年に会社を畳んだときには、むしろマイナスになってました。まさしく砂上の楼閣。
——そうでしたか…ITバブルを地でいってたわけですね…
20代のうちに強い喪失感を経験しました。なまじ持っちゃったものを剥がされたときの喪失感。お金だけじゃなくて人も…全部がなくなっていく。自分が人より優れてるという大いなる勘違いとあいまって、社会の仕組みのなかで淘汰されていった。あとはお決まりの、地獄のような転落。そんな僕に救いの手を差し伸べてくれたのが、とがしだった。
——当時「DOCK」のマスターだったとがしさんですね。
はい。「今はうまくいってないだけで、あなただったらいくらでも再起できるんだから、あとで払ってくれればいいから」と、好きに飲み食いさせてくれた。そういう恩があって、彼が体を壊してお店を辞めることになったとき、お店のいっさい、プラスもマイナスもひっくるめて受け継いで、3代目をやらせていただくことにしました。それが2003年なので、ちょうど今年で10周年。
——GWに周年パーティをやってましたね。留袖がとてもお似合いでした。
5月3日のゴミの日にやらせていただきました。
——(笑)そもそも二丁目にはいつ頃から出てたんですか?
遊びはじめたのは遅くて、24歳のとき(1998年)。ゲイバーの会員制の意味がわからなくて、扉ひとつ開けられず、ずっと会社に専念していた。ふとしたときに知り合った人のホームパーティに呼ばれて、そこにいた人に誘われてリキッドルームに行ったのがゲイナイトデビュー。
——伝説の「The Private Party」ですね。
そこでGOGOをやっていたSOSUKEに、当時怖いものなしだったんで、いきなり声をかけて。向こうは僕なんてタイプじゃなかったけど、面白がってくれて、横浜の「GET YOU!」というパーティに連れて行ってもらって、そこでDJのM☆NARUSEさんを紹介してもらい、今度は二丁目の「GAMOS」に行って、またいろんな人と知り合って。
——「GAMOS」懐かしいですね(その後「Qube」というハコになりました)。当時は「ACE」(「ArcH」の前身)と2大クラブになってました。
「吉野狂乱の98年」と言ってるんですが、会社にも行かず、遊び回ってました。18歳でデビューする子たちと比べて自分で「失われた6年間」だと思ってたのを、6ヵ月で取り戻した感じ。
——遅咲きの…ってやつですね。
なまじ自由になるお金があったから、リムジンで二丁目に乗り付けてみたり、バブリーに遊ぶのが気持ちよかったし、みんながそういう自分をスゴイと思ってくれると勘違いしてた。超イケメンの彼氏もできて、有頂天になってました。
——個人的には、M☆NARUSEさんの結婚式(1998年の『バディ』誌上の企画で、川崎の金山神社で宮司さんに式を挙げていただいたもの。故川口昭美さんと吉野さんが仲人役でした)もそうですが、『バディ』のフロートを毎年手伝ってくださったことが、本当にありがたかったです。「バディフロートの運転手の座は誰にも渡さない!」とか言ってくださって。
いやいや、あれは楽しかったです。ちょうどアラタ(全国のパレードのフロートや大阪の「switch」などさまざまなイベントを手がけてきた方。現「BUMPY!」マスター)と知り合った時期でした。
——「DOCK」のいろんなイベントもそうですが、何かゲイシーンで面白いことをやろう、二丁目の活性化に貢献しようという気持ちですよね。
そうですね。20代の頃は自分が目立てばいいと思ってたけど、意識がちょっと変わりましたね。5年前、アラタが「MUNCHEE BEACH!」(神奈川県南部の大浦海岸という小さな海岸で豪華ショーやクラブミュージックを楽しめるイベント)をやったとき、全力でサポートして、大成功に終わって。手柄は全部アラタが持って行ったけど「誰かの助けになるのってこんなに気持ちいいのか!」と感じました。それから、ひとかたならぬ恩義がある友達の陵が六尺ナイトをやりたいって言いはじめて、喜んで手伝うよって言って、自分の持てるスキルを惜しみなく提供して。完全に裏方に徹しないところが、こずるいところではあるんですが(笑)
——六尺って二丁目では難しいんじゃないか…という予想を気持ちよく裏切って、毎回大盛り上がりですよね。内装のこだわりとかハンパないし、素晴らしいイベントだと思います。
実は僕自身は六尺を締めるのが好きじゃなくて…(苦笑)。ただ、好きな人だけで突っ走るより、嫌いな人がそばにいたほうが、きっと同じように嫌いだと思う人の心に触れられるかな、それは大事なことかもしれないなと思った。
——なるほど…深いですね。「六尺ディスコ」の発案は吉野さん?
そうです。「doop tokyo」ができたっていうこと、オーナーさんが話せる人だっていうことがあり、ふと「こういう所でディスコパーティできたらいいなあ」と思った。出会いと偶然の産物です。
——ありがたいことに(以前巨大アフロをかぶってパフォーマンスをやっていたので)声をかけていただいて、3月の「六尺ディスコ」に参加させていただくことになったんですが、イベントが始まる前に吉野さんがスタッフのみなさんに「これはお金を儲けるためのイベントではありません。お客さんに楽しんでいただくことが僕らの喜びです」と仰ってて、感動しました。
ありがとうございます。ある種ありえないキーワードを結びつけてるんですが、そこからまだ体感したことのない面白さが生まれるだろうと思ってたし、1回目やってみて、直感の正しさを強く感じましたね。
——フライヤーのキャッチコピーの通り、「底抜けにハッピー」でしたね。
スタッフはみんなアフロかぶってるし、お客さんもパッパラパーになって。なんてばかばかしいパーティだろうと(笑)。そういうことを楽しめるって、二丁目の底力そのものじゃないかな。六尺ナイト1つしかないよりは、たくさん選べたほうが、豊か。そういうバリエーションを提供していきたいですね。
——そして「六尺ディスコ」の翌日に「ArcH」で開催された「巨根伝説」もスゴかった。あれは「DOCK」のイベントですよね?
はい。姉妹店の「DO-RAN」が「粗チン祭」とかキャッチーなイベントを次々繰り出して元気なのを見て、自分にそういう努力があったかと反省し、7年間同じだった営業カレンダーを変えて、第2土曜を「やっぱりデブが好き!」、第3土曜を「巨根伝説」にしたんです。最初は「でかまらエクスタシー」って名前を考えてたんですが、お客さんに「そうじゃないだろ」と言われて(笑)。でも、「DOCK」って怖がられてるので、なかなか入口を開けてもらえない。じゃあ、自分たちで外に出ていこうということで「ArcH」でお披露目パーティをやることにしたんです。おかげさまで200人くらい来ていただいて。
——日曜で200人って記録的! まさに伝説のイベントになりましたね。
おかげさまで、翌月のここの「巨根伝説」で100人を超えました。
——このスペースに100人? 満員電車状態ですね。
痴漢だけが乗ってる車両みたいな(笑)
——話は変わって、昨年7月に大阪で「ハッテン場摘発事件から考える」というセミナーにゲストとして呼ばれていましたよね。いかがでしたか?
スゴかった。大阪ってひとつの出来事に関心があると人が集まって知恵を出し合おうっていう、人間関係の濃さを肌で感じました。「摘発事件? それは問題だ」とコミュニティ全体で捉えようという。脱帽。うらやましい環境だなあと思った。
——主催者は大阪大学?
大学内に時事問題やなんかを考えるセミナーがあって、そこからのお招き。ハッテン場摘発の問題に特化して興味をもってる人もいるし、ノンケさんもいる。タトゥ入れた女性だったり。会場にはゲイの弁護士さんが2人もいて。東京でも動いていかないと、と思った。
——記事にも書きましたが、公然わいせつ罪って「被害者なき犯罪」とも言われていて、取り締まりは行き過ぎでは?という声も上がってましたよね。
上野の「CAVE」がやった「炎の野郎祭」っていうイベントがあって、「CAVE」の方と話す機会があって、何かできることからやっていこうということで、盛り上がった。ハッテン場が単独で立ち向かうのはもう無理で、積極的に情報開示しながら横のつながりみたいなものを作ろうと。今までそれをやってこなかった、つぶしあってきた結果だとも思うので。ハッテン場連絡協議会を作る一歩を踏み出そうと。大阪でもらった勇気をお返ししたいという意味でも。
——素晴らしい!
それで大阪の方とも連携して、広げていけば、明日のハッテン場というものが見えてくるんじゃないか。警察は、町内会長とか、組織をまとめてる人としか話してくれないんですよ。おもねるつもりはないけど、自浄作用のある組織ですから、と話をもっていく。僕自身は事件の後、警察に乗り込んで、たまたま取り合ってくれたけど、それはイレギュラー。定期的に、きちんとモノが言えて、向こうも信頼してくれるようにならないと。今ならできると思う。イベントをやることで横のつながりができて、見えなかった顔が見えるようになった。
——ハッテン場の摘発って風営法によるクラブ摘発の件と似ていて、古くて実態に見合わない法律を無理矢理適用してるところがある。法律の解釈がグレーなんですよね。
取り締まる範囲が広すぎるってことも原因。風営法があまりにもいろんなものを管理しすぎる。生活様式が戦後とは全く変わった今の時代との整合性がとれてない。解釈についてぶつかりあうのも不毛。ハッテン場って底辺の商売かもしれないけど、そこから見えてくるものがあるし、尊く貴重な仕事につかせていただいてると思う。それがちゃんと伝わって残っていかないと。そういうものが僕らにとっての子どもみたいなものだと思うんです。ただやってるだけではだめで、一定の努力や活動が必要。
——尊いというお言葉がありましたが、10年間「DOCK」をやってきて、毎晩いろんなことを見てきたと思うんですが、吉野さんにとってハッテン場とは?
あるとき、気づいた。昼の世界と夜の世界って、おたがい役割があって。
——相互に補完しあってる。どっちかだけでもダメ。
医者であれ弁護士であれ、昼間は社会を支えてるような人が、夜になって背負ってるものを全部ロッカーにしまってパンツ一丁で飲んでる、そういう姿はみんないっしょだなって思ったとき、この仕事がいいなと思った。昼の顔を捨てて裸になればみんな同じなんだなって、なんだか愛しく思えて。大きな荷物を背負って仕事をするためには、それを全部降ろす時間も必要で、明日がんばれるように癒しを与えられたらいいなって。
——激しく同感。本当に大事な、なくてはならないお仕事だと思います。では最後に、読者のみなさんに何かひとことお願いします。
楽しいゲイライフとは何か? 参加することです。僕のこんな言葉に触れて、参加するきっかけになってくれたら本当にうれしいけど、行ってみればきっと受け取るものがあるし、あなたの存在を抱きしめてくれる人がいる。その中にしか喜怒哀楽ってないと思う。大いに人に興味を持って、触れたり、聞いたり、愛し合ったり。人は足し算じゃなくかけ算。人数分のかけ算になれば、それだけものすごい可能性が増えるんです。なので、おもしろそうなことがあったらぜひ、参加してみてください。
——ありがとうございました!
INDEX
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- 多摩地域検査・相談室の方にお話を聞きました
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- 虹色のトラックに込めたゲイとしての思い――世界的な書道家、Maaya Wakasugiさんへのインタビュー
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