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アート展レポート:浦丸真太郎 個展「受粉」

浦丸真太郎さんは幼少期に親族から性虐待を受けた経験をもとに、「触れること」や「愛すること」への恐れと向き合いながら制作を続ける現代美術家です。今回の個展では「セックスボランティア」の経験から生まれた作品が展示されています

アート展レポート:浦丸真太郎 個展「受粉」

 浦丸真太郎さんは幼少期に叔父から性虐待を受けた経験から、心の傷や、身体に残った傷痕と向き合う作品を作ってきた方です。訪問介護の仕事をしながら「障害者の性」検定を受けて合格し、脳性麻痺や頚椎損傷などの方に射精介助を行なう「セックスボランティア」を始めました。今回の個展では、射精介助の経験で感じたことが作品として表現されています。
 
 個展に向かう前に、浦丸さんのinstagramnoteを読みました。
 浦丸さんは「fancyHIM」に招待されるほどのオシャレなイケメンですが、幼少期に叔父から性虐待を受けていた(5歳の頃、叔父を射精させなければ寝かせてもらえなかった)ことがトラウマとなり、その心の傷ゆえに、うまく他者を愛せず、傷つけてしまったり、セックスへの恐怖や嫌悪にも苦しんでいました。しかし、あるとき、当時つきあっていた方にお願いをして、ハッテン場に連れて行ってもらいました。彼はハッテン場という場所で初めて、自分と相手が対等で、支配や依存から自由な関係性を経験し、セックスを気持ちいいと思えました。なんて素晴らしい話だろうと思いました。ハッテンが人を救うこともあるのです。
 2021年、浦丸さんは美学校の『AとP』という展覧会に参加し、初めて、自分の身体に残る傷痕と向き合いました。
 2022年、『他者の眼を気にして漂流する』という展覧会で、訪れた鑑賞者の傷痕を身体にトレースしていくパフォーマンスを行ないました。そして『縫合』という初の個展を開催しました。一人では塞ぐことのできなかった僕の傷とあなたの傷を縫い合わせることができるように、との思いが込められていました。
 この「縫合」というテーマは、自身の傷だけでなく他者の傷のエピソードにも焦点を当てた一昨年の『メロン』という個展へと拡大しました。
 昨年3月には『星痕』と題した個展を開催しました。会場の中心に座っている浦丸さんの身体の好きなところにキスマークをつけることができるというインタラブクティブな展示で、その周囲には、彼とつきあった7人の男性たちの「ちんちんのオブジェ」がぶら下がっていて、どうして彼のことを好きなのか、なぜ彼のことが必要なのかを語る音声を聴くことができるようになっていました。
 

 今回の個展は『受粉』というタイトルです。「花が新たな命を宿すように、人と人が出会い、変わり、癒し合うことのメタファーです」と説明されていました。
 会場は、小金井の「シャトー」という昭和の時代に建てられた古いマンションの中にあるアートスペースです。割と広いスペースなのですが、障害物競走のときにくぐるような乳白色のネットでそれとなく仕切られていて、観客は流れに沿って鑑賞するようになっています。
 
 入ってすぐのスペースには、雪が積もった駅の写真や、おもちゃの写真、身体の写真などが並び、「雪の華」と題された文章が展示されています。そこには初めての射精介助のときに感じたこと…性虐待で受けた心の傷が癒やされたりぬくもりを感じられると思っていたのに、実際はそうではなかったという苦しい思いが綴られていました。

 
 そこから窓際の通路を通って中に入ると、「デカルコマニー」のコーナーになります。デカルコマニーは絵の具を紙で挟んで転写し、左右対称の模様を作り出す絵画技法ですが、浦丸さんはそれを、絵の具を塗った自身の左手と、右半身に麻痺が残っている方の右手を合わせるというかたちで描きました。スポーツで大怪我をして松葉杖の生活となり、自分自身が支えられる身になったとき、その方のことを思い出し、会いに行き、このような作品が生まれたんだそうです。絵の具を塗る過程+語りを記録した映像も展示されていました。



 そして、会場いっぱいに展示された24枚の花のような作品群。今回のフライヤーでは、きれいな花を描いたデジタルアートに見えますが、実際に観てみると、それは身体の一部をプリントした布(浦丸さんと、介助した方の身体だそう)やいろんな色の布を貼り合わせ、さらに、何かをつなぎあわせようとするかのように糸が縫い込まれた作品でした(「縫合」は浦丸さんにとって重要なモチーフですが、傷跡の縫合のような感じではなく、今回は美しい糸を使った軽やかで優しいものになっていました)。「受粉」と題した文章には、性虐待で傷ついていた浦丸さんが、身体を動かすことができない、自らを慰めることもできない方と出会い、「彼の手が動かないなら、僕がその手になろう」と思ったとき、まるでおしべとめしべのように僕たちは「受粉」したのだ、といったことが書かれていました。「世界に一つだけの花」ではないですが、1枚1枚が違った美しさをもつ24枚の花たちは、これまでに射精介助を行なった24人の方たちのメモリアルな作品なのでした。





 左手の窓際には自筆の手紙が置かれていました。24人の方たちへの射精介助の経験のなかで感じたことが赤裸々に綴られていました。ケアラーとしての“施し”という範疇を超えて、そこに欲望を感じている自分に気づき、彼らを傷つけている(自分が加害している)のではないかと怖くなり、いったん離れた、がしかし…。そこからヒラヒラした布やネットをくぐって進むと、最奥部に、額装された金色の糸が縫われた写真+音声という作品が現れます。これは、手紙に書かれていた大切な人との「愛」を赤裸々に記録したものです。写真は(今の社会の法や道徳や規範やいろんな制限によってやむをえず)裏返しにされていて、希望すれば、額から出して表側を目撃することができるようになっています。それは昔あった雑誌の袋とじページとか、神社で年に一度特別に拝むことができる御神体とかではなく、浦丸さんの射精介助をめぐる心の旅の終着駅のような、大切な「生」の作品でした。

 
 鑑賞し終わったとき、いろんな思いが去来していました。僕自身は男性から性虐待を受けたことはありませんが(女性からはあります。今も女体恐怖は癒えていません)、トラウマや心の傷を癒そうとするときに、復讐や加害という方法をとるのではなく、何とかして加害の連鎖を断ち切り、傷口を「縫合」しようともがき、苦しみながら、こうして作品というかたちに昇華させているのは本当に素晴らしいことだと思いました。最も感銘を受けたのは、浦丸さんが、世間から性的欲望を持ったり表したりすることを抑圧されている(ゲイであれば尚更…)自分では射精することができないような方たちの手助けをしているつもりで、実は自分が彼らをコントロール・支配しているのではないかと自問自答している姿でした。
 
 僕は自分自身の若いときの経験を思い出していました。
 東京に出てきて2年目くらい、僕は20代前半だったのですが、ある夜、二丁目に向かうために新宿の地下通路を歩いていて、ちょっと前を歩いていたガタイのいい兄貴と目が合い、そういうことになりました。事が終わった後、彼は紙にペンで「きこえない」と書き、僕は驚き、しばらく筆談を続けた後、連絡先を交換しました。多くの場合、終わったらバイバイだったので、僕的にはすごくレアなことでした。タイプだったからということだけでなく、瞬時に恋に落ちたのを感じていました。僕は彼とやり取りするためにファックスを買い、おつきあいを始めました。手話を学んだり(地域の公民館の手話教室に一緒に行ったこともありました)、一緒にプールで泳いだり、部屋で洋画を観たり(洋画は字幕があるから好きだと彼は言ってました)。あるときふと、なぜ彼のことがこんなに好きなんだろう、と考え、彼が「きこえない人」だったからこそ惹かれたのではないかと、もし彼が健聴者だったら好きになっていただろうか、と思い、それは「不純」なんじゃないか、もしかしたら「思い上がり」みたいな気持ちがあるんじゃないかと思い、悩みました。(彼は初めから、親が決めた女性と結婚することになっていて、いつかはこの関係を終わらせなければいけないんだと言っていました。そして数ヵ月後、離れて行きました。僕にはどうすることもできませんでした)
 その後も何人かの方とおつきあいしましたが、僕は、ソツなく何でもこなせるような人には惹かれず、心に傷を負っていたり、どこか不器用だったり、生きづらさを感じているような人を本気で好きになるのだということを自覚しました。それは「不純」なことじゃないか、もしかしたら「思い上がり」みたいな気持ちがあるんじゃないかという問いはありつつも、でも、「愛」ってそういうものなんじゃないの?と開き直るようになりました。「僕なんかいなくても一人で平気で生きていけるような人」ではなくて、「僕がいないと生きていけない」ような人にこそ何かしてあげたいと思うし、それを「愛」と言って何がいけないのか、お互いにできない部分を補いあったりするのが恋人なんじゃないかと。二人の関係が「依存」に陥っておらず、DVなども起こっていないのであれば、どんなおつきあいであっても、それが二人にとっての愛のかたちだし、それでいいと思うのです。
 
 浦丸さんには、僕自身のこの経験や考えを伝えたうえで、浦丸さんが自分自身の加害性に常にセンシティブであろうとする姿勢には頭が下がるけど、でも、他者とのかかわりを恐れないでほしい、僕は今回の個展の作品全体から愛を感じましたよ、とお伝えしました。この展示を観て、何かしらの癒しが得られる方は多いと思うし、それはある意味セックスみたいなものなんじゃないでしょうか、とも。
 
 アートを通じて浦丸さんは、性虐待で受けた心の傷を何とかして「縫合」し、治癒させたいと思い、「心の叫び」のような作品を制作してきたと思うのですが、個展を開くたびに、少しずつ自身も癒され、作品も進化してきたように見えます(よかった、と思えます)。今回の花の作品は、どこか、泥の中から咲く蓮の花を思わせるものがあります。地獄を見た方だからこそ辿り着ける極楽浄土というものがあるのかもしれないな、と思いました。
 
(取材・文:後藤純一)


浦丸真太郎 個展 「受粉」
会期:2025年4月30日〜5月11日
会場:小金井アートスポット シャトー2F(東京都小金井市本町6−5−3)
開館時間:13:00-20:00
休館日:会期中無休
観覧料:¥500
アクセス:JR中央線武蔵小金井南口から徒歩5分(シャトーという大きなマンションの南側、連雀通り沿いの入口から2階にお上がりください)

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