REVIEW
アート展レポート:ネルソン・ホー「鏡中花、水中月 - A Mere Reflection of Flower and Moon」
新宿区の「√K Contemporary」という大きなギャラリーで開催されているネルソン・ホーの個展「鏡中花、水中月 - A Mere Reflection of Flower and Moon」と、その中で行なわれたドラァグクイーン・パフォーマンスをレポートします

今回の個展について
ネルソン・ホーはマレーシア出身で、多摩美術大学日本画専攻を卒業し、LGBTQやメンタルヘルスといった現代社会の根源的な課題に向き合う、繊細かつ詩的な表現を生み出してきました。「イスラム宗教色の強いマレーシアに育ったゲイの私にとって、美は宗教に代わるものでした」と作家自身が語っているように、今回の展覧会は、濃密な宗教文化の中で育ったLGBTQの人びとにとって「美」がどのように精神的な拠り所となり得るのか——その内的世界とクィア(Queer)の美学を独自の視点から掘り下げるものです。
ネルソン・ホーは、この個展のタイトルの「鏡中花、水中月」は中国語の慣用句である「鏡花水月」に由来し、美しいものは往々にして儚く、手に入らないものであるという意味だと説明しています。
以下は【Artist Statement】です(公式サイトより)
「イスラム宗教色の強いマレーシアに育ったゲイの私にとって、美は宗教に代わるものでした。
そこで、私はWhitney Davisの「Queer Beauty」という本を私なりに解釈し、本展を構成しました。同書の中でデイヴィスは、クィアの美意識は単なる欲望の表現ではなく、抑圧から脱却する方法でもあると述べています。私は、育った宗教に裏切られたと感じるからこそ、クィアの人たちは美しいものに聖域を見出すのだと思います。美は精神的なサバイバルの一形態になり得るものです。クィアの創造性は、世界をゼロから再構築し、かつて苦痛があった場所に美を見出すことから生まれています。ニュアンスに富み、重層的で、時にラディカルな方法で美意識を形成します。
今回の個展では、イサム・ノグチ、水之江忠臣、柳宗理など戦後日本のデザイナーたちによる家具とともに、私の新作を展示します。戦後の家具デザインは、凝った装飾を排除し、シンプルさと機能性を重視することをテーマとしていました。このアプローチは、後世の人々に美に対する新しい理解をもたらしました。
私はこの空間を、クィアな記憶と儀式に満ちた神聖な場所にしようと考えています。デザイン・オブジェを組み合わせることで、鑑賞者が座り、立ち止まる。クィアの人たちが美の概念を再構築するプロセスと同様に、美を贅沢品としてではなく、必需品として捉えなおすことができる空間にしたいと思っているのです。
私は、作品の優しさをこの空間に宿したい。
なぜなら、美とは残酷な現実への報復ではなく、ただ花や月の姿を映すものだからです」
レポート
13日(土)の16時からギャラリーでNixie HumidityとAndromedaという2人のドラァグクイーンによるパフォーマンスが行なわれるとアナウンスされていたので、せっかくならそのパフォーマンスも観てみたいと思い、そのタイミングに合わせて行くことにました。
会場の「√K Contemporary(ルートKコンテンポラリー)」というギャラリーは初めてで、飯田橋駅から歩いて行ったのですが、逢坂という、東京にこんな「心臓破りの坂」があったのかと驚くような、とんでもなく急な坂を登らなくてはいけなくて…結構しんどかったです。行かれる方は大江戸線の牛込神楽坂駅から行ったほうが断然近いし、楽です。
閑静な、というか、たいへん高級な住宅街の中にあるギャラリーでした。ちょっとした美術館レベルの立派な建物で、1階と2階がネルソン・ホーの展示、地下1階が別の作家の展示になってました。
1階にはレッドカーペットが敷かれ、両サイドに写真や絵が展示され、奥に応接室のような空間——イサム・ノグチの「AKARI」(これほど大きいのはなかなかないですよね)、水之江忠臣のダイニングチェア、ネルソン自身の手になると思われるマットや屏風などがしつらえられ、ここが個展会場(しかも多くの人が注目する1階のフロアの中心)じゃなかったらゆったり座ってくつろぎたいと思わせるような空間になっていました。


2階に上がると(2階には階段でもエレベーターでも行けます)、やはり椅子やマットが置かれたスペースがあり、そこには作りかけの刺繍セットや刺繍糸が置かれていたりして、「私が座ってくつろぐための場所」ではなく、「誰かがそこにいた痕跡」のような息遣いが感じられる空間になっていました。そして、大きめの絵画や立体作品(花器など)がたくさん展示されていました。封筒の宛名面に極細の赤いペンで描かれたシリーズが特に印象的で、自分自身の憎悪の重さにつぶされそうになってる絵だったり、手首から血があふれている絵だったり、生々しい痛みや叫びが描かれていて、目が離せませんでした。ずっと見入ってしまいました。







ネルソン・ホーの作品には、イスラム社会で経験してきたゲイとしての痛みの記憶が刻まれていると感じました。しかし、赤で統一された線で描かれたそれらは、もっと普遍的な、世界中どこに展示されても伝わるような表現であり、封筒のシリーズなどは、それがもしポストカードにさらさらっと描かれていたらヨーロピアンなオシャレ作品になるんじゃないかと思うようなタッチでした。繊細で傷つきやすく、感受性が高い方だと思いますが、しかしその痛みを、決してどぎつくはならないような「品の良さ」でもって作品に昇華させている、そんな謙虚さといいますか、清潔な距離感とでも言うべき感性を感じさせました。
再び1階に降りて、まるでファッションショーのようにレッドカーペットの両脇に並べられた椅子に座り、パフォーマンスが始まるのを待ちました。
マレーシア出身であるというネルソン(Nixie Humidity)は、おそらく民族衣装かと思われる白い装束に身を包み、胸をはだけ、赤い花をあしらった女性の髷のかつらと、京劇オペラ風のメイクといういでたちで登場し、ビリー・アイリッシュの「BLUE」などをBGMに、ときにゆったりと空を見つめたり、ときにリズムに乗ってダンスしたり、というパフォーマンスを披露しました。続くAndromedaさんも、やはり日本髪の島田のかつらと鮮やかな着物姿で(透明なラインストーンが散りばめられていてキラキラ光って見える、衣装としての着物でした)長唄に合わせて本格的な日本舞踊を披露しました。そのあと、さっきとは反対の側からネルソンが登場し、Ballroomカルチャーへのリスペクトを示すかのようなダンスをひとしきり踊ったあと、Andromedaさんと合流し、用意してあった小さなキャンバスと筆を手に持って、Andromedaさんを見つめながら何かをキャンバスに描く、というパフォーマンスを繰り広げました(あとで見たら「美」という文字だったりしました)。会場の観客のみなさんから大きな拍手が贈られました。観てよかったと思えました。





ドラァグパフォーマンスはもうありませんが、作品は27日まで展示されています。ぜひ足を運んでみてください(繰り返しになりますが、大江戸線の牛込神楽坂駅から行くことをおすすめします)
ネルソン・ホー「鏡中花、水中月 - A Mere Reflection of Flower and Moon」
会期:2025年12月6日(土)〜12月27日(土)
会場:√K Contemporary(ルートKコンテンポラリー)(東京都新宿区南町6)
開場時間:13:00–19:00
休廊日:日月
INDEX
- M検のエロティシズムや切ない男の恋心を描いたヒューマニズムあふれる傑作短編映画『帰り道』
- 『グリーンブック』でゲイを守る用心棒を演じたヴィゴ・モーテンセンが、自らゲイの役を演じた映画『フォーリング 50年間の想い出』
- ショーや遊興の旅一座として暮らすクィアの生き様を描ききったベトナム映画『フウン姉さんの最後の旅路』
- 鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の愛と性をリアルに描いた映画『異端児ファスビンダー』
- ぜひ映画館で「歴史」を目撃してください――マーベル映画初のゲイのスーパーヒーローが登場する『エターナルズ』
- 等身大のゲイの恋愛を魅力的なキャストで描いたラブリーな映画『クロスローズ』
- リアルなゲイたちの愛や喜び、苦悩、希望、PRIDEに寄り添う、心揺さぶる舞台『すこたん!』
- 愛と笑顔のハッピームービー『沖縄カミングアウト物語〜かつきママのハグ×2珍道中!〜』
- ムーミンの作者、トーベ・ヤンソンの同性愛をありのままに描いた映画『TOVE/トーベ』
- 伝説のデザイナーのゲイライフに光を当てたドラマ『HALSTON/ホルストン』
- 幾多の困難を乗り越えてドラァグクイーンを目指すゲイの男の子の実話に基づいた感動のミュージカル映画『Everybody’s Talking About Jamie ~ジェイミー~』
- ドラァグクイーンに憧れる男の子のミュージカル『Everybody's Talking About Jamie』
- LGBTQ版「チャーリーズ・エンジェル」的な傑作アニメ『Qフォース』がNetflixで配信されました
- 今こそ観たい、『It's a sin』のラッセル・T・デイヴィスが手がけたドラマ『英国スキャンダル〜セックスと陰謀のソープ事件』
- 美しい少年たちのひと夏の恋と永遠の別れを描いた青春映画――『Summer of 85』
- 80年代UKのゲイたちの光と影:ドラマ『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』
- 映画『日常対話』の監督が綴った自らの家族の真実――『筆録 日常対話 私と同性を愛する母と』
- "LGBT"以前の時代に愛し合い、生き延びてきた女性たち――映画『日常対話』
- 映画『世紀の終わり』(レインボー・リール東京2021)
- 映画『叔・叔(スク・スク)』(レインボー・リール東京2021)
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