REVIEW
アート展レポート:父親的錄影帶|Father’s Videotapes
台湾のクィア・アーティスト登曼波(マンボウ・キー)の個展『父親的錄影帶|Father’s Videotapes』のレポートをお届けします。ファッションフォトも撮るような方が、自身のセクシュアリティを正直にリアルに表現しているところがスゴいし、この作品が美術賞を獲る台湾ってさすがだな、素晴らしいなと感じました
『父親的錄影帶|Father’s Videotapes』について
現代の台湾を生きる注目のクィア・アーティスト登曼波(マンボウ・キー)によるソロ・エキシビション。1994年のある運命的な日、マンボウが父親の“禁断の”コレクションである自撮りのセックステープを発見し…不安と戸惑い、そして好奇心に占領された10代を経験し、自身のアイデンティティを探求することで結実した作品が『父親的錄影帶|Father’s Videotapes』なんだそうです。2019年に臺北美術獎(台北美術賞)でグランプリを、そのシリーズの延長である「Father’s Video Tape_Avoid A Void」は2021年に台新藝術獎(台新芸術賞)を受賞しています。
今回、コマーシャルギャラリーとプロジェクトスペースの特性を併せ持った馬喰町の現代美術ギャラリー「PARCEL」のディレクター・佐藤拓氏と青山の「H BEAUTY&YOUTH」がタッグを組んで展開する、ファッションとアート双方のアマチュア性をファクターとしてキュレーションしていく新しいアプローチのギャラリー「AMATEUR」の企画として、『父親的錄影帶|Father’s Videotapes』の個展が実現しました。
6月7日(金)から青山のH BEAUTY&YOUTHで、8日(土)から日本橋馬喰町のparcelにて同時開催されます。それぞれでレセプションパーティも開催され、マンボウ・キー氏も在廊します。
【登曼波|Manbo Key プロフィール】
マンボウ・キーは、台北を拠点に活動する台湾の写真家・アーティスト。マンボウの創作プロセスには、写真家と被写体との親密な関係や、被写体や日常生活の光景の観察が含まれる。マンボウのレンズが捉えた人物や空間は、傍観者の冷静で遠い視点に対する直接的なメタファーである。作家は映像プロジェクトに参加し、さまざまな映像表現方法を模索しており、プロジェクト作品ではジェンダーやアイデンティティの方向性に焦 点が当てられている。写真家としては「Vogue Taiwan」「GQ Taiwan」「marie claire」などファッション、広告、多数のセレブリティのプロジェクトに携わる。日本のアーティストでは渡辺直美さん、小松菜奈さんを撮影。アーティストとしては台北市立美術館で開催された2019年「父親 的錄影帶|Father’s Videotapes」をはじめ、活動範囲を香港、ベルリン、東京へ広げている。
Father’s Videotapes @日本橋馬喰町「parcel」
こちらの記事で、「6月7日(金)から青山のH BEAUTY&YOUTHと日本橋馬喰町のparcelにて同時開催」と書かれていたので、もうやってるんだと思って、まず日本橋馬喰町の「parcel」に行ってみました。場所はJR総武線快速馬喰町駅6番C4出口出てすぐ。浅草橋からも歩いてちょっとですし、馬喰横山の駅からも歩けます。DDDホテルの裏、Urbanex日本橋馬喰町というマンションの隣のとても古い雑居ビルの2階です(入口がわかりづらいのですが、1階の駐車スペースに足を踏み入れると2階に上がる階段を発見できると思います)。すると、ギャラリー内はまだ展示作業中で(8日からスタートだそうです)、でもそこで作業していた方が作品を観ることをOKしてくださったので(親切。感じのいい方でした)、なるべく邪魔にならないように観てきました。
まず、マンボウ・キーさんのお父様のポートレートが目に入ります。目をケガしているのか布を当てた上に宮崎駿の作品に出てきそうな丸いサングラスをかけているのが印象的です。部屋の中でもきちんとジャケットを着て、座っています。それとは別に、ガレージ?の青い壁の前で黄色いジャケットを着てピンクの花を持ってタバコをふかしているポートレートもあります。色彩やなんかがゲイテイストで素敵です。
それから、男の子二人がハグしている写真や、破けたホットパンツ(80年代にこういうの流行った気がする…)、一人が相手のお尻を触っていてもう一人は相手の股間を触っているように見える半裸の男たち、ベッドの上でパンツ一丁で寝ている男、そして露骨に69をしている様子の写真、裸で3人の男性が歩いている様子を思いっきりボカシてある大型の写真など、さまざまなセクシーフォトが展示されています。
床にビデオテープがたくさん置かれていました。その映像の内容はじっくり観ることはしなかったのですが、テープのラベルに「このビデオテープは台湾で同性婚が合法化された2019年に初めて展示されました。しかし、今もアジアの他の国ではこのビデオテープは入国を阻止され、抑圧」と書かれていて、台湾以外のアジアの国々で、それが男性どうしだからなのか、モロ出しだからなのかはわかりませんが、セックステープというものへの検閲の厳しさというに対する実に生々しい事実を訴える、このテープの存在自体がリアルな事件性を帯びて浮かび上がってくるアートだな、とも感じ、非常に強い印象をもたらしました。
お父さんの自撮りのセックステープに衝撃を受けたというストーリーに反して、展示されている写真たちは、男どうしのセックスをおどろおどろしく捉えたものでは全くなく、どこかウォルフガング・ティルマンスみたいな日常と等価なものとして表現されているように感じました(破けたホットパンツと魚の切り身の写真が並べられているのとか、特にそういう感じだと思います)。正直、10代の頃に「お父さんが隠し持っていた自撮りのゲイセックステープを発見し…」という彼の生い立ちから、ツァイ・ミンリャンの『河』(主人公の男の子がハッテンサウナの暗がりでお父さんとヤッてしまうという衝撃的な映画)のような暗さをイメージしていたのですが、全くそうではありませんでした。
出発地点はちょっと衝撃だったかもしれませんし、戸惑いや葛藤はあったかもしれませんが、マンボウ・キーさん自身がゲイであることを驚くほど素直に受け容れ、すくすくと育ち、いろんなことを体験していったんだな、その過程が表現されているんだなと思いました(逆に、そういう作品の制作を通じて、自身のセクシュアリティと折り合いをつけ、受け容れていった部分もあるのかもしれません)
土曜の夜、レセプションパーティが開かれます。お時間ある方はぜひ、足を運んでみてください。
Father’s Videotapes
会期:2024年6月7日(金) 〜 2024年7月7日(日)予定
会場:parcel(東京都中央区日本橋馬喰町2-2-14 まるかビル2F)(JR総武線快速馬喰町駅6番C4出口すぐ、JR総武線浅草橋駅東口より徒歩5分)
開場時間:14:00-19:00
定休:月火祝
入場無料
レセプションパーティ:8日(土)18:00-21:00
Father’s VHS 2024 @南青山「H BEAUTY&YOUTH」
表参道の駅から歩いて3分くらいのショップ「H BEAUTY&YOUTH」の地下にギャラリーがあります。
レセプションパーティが開催されていて、台湾ビールに舌鼓を打ちながら人でゴッタ返していたのですが、明らかに展示作品は馬喰町のほうとは異なるテイストで(展示作品が全然かぶっていません。なので、両方観ることをオススメします)、フライヤーにもなっている、ピンクのセクシーコスチュームを着た男の子と工事現場のコーンがまるで水中の金魚のように鮮やかに配置されている写真(これも青とピンクと赤と黄色ですね。マンボウさんが好きなカラーリングなんだと思います)、クラブやドラァグクイーンの写真など、マンボウさんのコマーシャルフォトやファッションフォトとしての作品がたくさん展示されていました。例の裸の3人を思いっきりボカシた写真もあったのですが、思いっきり大きく引き伸ばしてなんだかオシャレになったタペストリーになっていて、その前でマンボウさんがレスリー・キーさんと米原康正さんと一緒に記念写真撮ってたり、という感じでした。会場の一角で映像も上映されていましたが、お父さんのセックステープではなく、個展の様子を記録した映像だったり台北のパレード(トランスマーチ)の映像だったり、でした。
こちらが「表」であり「光」であるとすれば、馬喰町のほうは「裏」であり「影」なのかな、と思いました。
実は今回の個展のことは、20代の頃からの古い友人が「台湾の友達が個展やるから、よかったら紹介して」と前日に連絡をくれたことで知りました。その友人の話によると、台湾での『Father’s Videotapes』の展示は、観客がまず、ビデオ映像が上映されている暗い個室に通される仕掛けになっていて(そう。ビデオボックスです。映像自体はポルノではなかったそうです)、そのあと、明るい広い部屋に出るようになっている、ダークサイドとライトサイドに分かれているのが面白かった、とのことでした。(ぜひ日本でもそのスタイルでの個展の開催を、と思いました。ビデボ型のアートを体験してみたいです)
また、マンボウさんの今回の個展のマネージメントをしている方(たぶんゲイの方だと思います)から聞いたのですが、今回、入国に際して、税関で4時間ほど止められ、ビデオテープの一部を押収されたんだそうです。「しかし、今もアジアの他の国ではこのビデオテープは入国を阻止され、抑圧」というラベルに書かれていた、あの「抑圧的なアジアの国」には日本も含まれていたのです。その生々しい現実を、南青山のオシャレなギャラリーで、セレブな方たちもたくさん集まっているようなレセプションパーティで知ったことに、なんとも言えない複雑な感情を覚えました。
マンボウさん(や一緒に来られていたお友達の皆さん)は、お高くとまったところのない、いたって気さくで感じのいいゲイの方で、ふつうに友達になれそう、と思うような、好感が持てる方でしたし、こうして東京で彼の個展が開かれたことはとてもよかったと思います。応援したいです。一方、同性婚も認められ、『父親的錄影帶|Father’s Videotapes』が美術賞でグランプリを受賞するくらいゲイセックスというものに寛容な台湾と、いまだに保守的で性に対して寛容とは言えない日本社会の格差をヒシヒシと感じさせられました。決して表層的ではない、同性愛をめぐる社会のありようについても考えさせるような、意義ある個展だと思いました。
彼の作品集も展示されています(ゲイクラブの楽屋か何かの裸のモデルさんたちがたくさん写っている写真とか、水辺で男の子たちが裸でくつろいでいる写真とか、素敵です)。ぜひ手に取ってご覧ください。
Father’s VHS 2024
会期:2024年6月7日(金)~2024年8月29日(木)予定
会場:H BEAUTY&YOUTH(東京都港区南青山3-14-17)(東京メトロ表参道駅A5出口より徒歩約2分)
開場時間:平日12:00-20:00、土日11:00-20:00
入場無料
INDEX
- アート展レポート:Tom of Finland「FORTY YEARS OF PRIDE」
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- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
SCHEDULE
- 12.14G-ROPE SM&緊縛ナイト
- 12.14SURF632
- 12.15PLUS+ -10th Anniversary-
- 12.15FOLSOM BLACK The Last of 2024