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REVIEW

『キッド 僕と彼氏はいかにして赤ちゃんを授かったか』

「It Gets Better」を立ち上げたことで知られるダン・サヴェージと、パートナーのテリー。二人は同性婚が認められる以前、1990年代に養子縁組で子どもを授かっていました。これは、まだ今ほど権利が認められていなかった時代に子育てを決意した二人が、さまざまな困難に直面しながら赤ちゃんを授かるまでの奮闘記です。セックスコラムニストとして人気を博するダンの軽妙な語り口が光る、本当に楽しく読める一冊です。

『キッド 僕と彼氏はいかにして赤ちゃんを授かったか』

 「僕と彼氏は」というタイトルで推測されるように、この本は、ゲイカップルが赤ちゃんを授かるまでの顛末を描いたノンフィクションです。 
 アメリカや欧州ではすでに、何十万組ものゲイカップルが子育てをしています。エルトン・ジョンは養子縁組によって授かった子どもを二人育てています。リッキー・マーティンは代理母出産によって双子のパパとなりました。他にもトム・フォードやライアン・マーフィ(『グリー』『アメリカン・ホラー・ストーリー』)らがパートナーと子育てをしています。こうした赤ちゃんはゲイビーとも呼ばれ、アメリカ全土で同性婚が認められて以降、「ゲイビー・ブーム」が訪れているそうです。
 
 しかし、この本の著者であるダン・サヴェージとパートナーのテリーが養子をとることにした1990年代は、同性婚も認められておらず、まだそれほどゲイの子育てが盛んではなかった時代でした。前例がなかったわけではありませんが、例えば有名な人権団体の代表を務める女性がパートナーの女性と子どもをもうけてニュースになった際には、保守派から「子どもからパパと呼ぶ権利を奪った」などと叩かれたそうです…。
 保守派というのは、保守系キリスト教団体やボーイスカウトなどです。この本には、そうしたホモフォーブ(同性愛嫌悪者)が「ゲイは小児性愛で乱交に明け暮れていて、とても子育てには適していないと主張、養子縁組を禁じる州まで出てきた。そんな彼らが本当に恐れているのは、ゲイがいい親になることだ。ゲイのいい親が増えれば増えるほど、彼らはゲイがモンスターだと人々に思い込ませることに苦労するようになる」と書かれています。
 養子縁組に特有の難しさもあります。ずっと母親を放っておいた父親が後から出てきて権利を主張するケースもあって(幸いなことに、二人が住んでいたオレゴン州ではそれは認められないそうです)、養育権はとらないのに「いやがらせのために」養子縁組を認めないと訴えるケースさえあるそうです(そうなると、子どもは「宙に浮いてしまう」ことになります。ひどい話です)。養親がゲイだと知った場合、そういう「いやがらせ」がどれだけ多くなるか…想像に難くありません。
 念のためですが、そもそも養子縁組の制度は何のためにあるかというと、(宗教的に中絶せずに産む人も多いアメリカでは)若い人たちが望まない妊娠をしてしまったり(育てるとなると学業をあきらめざるをえなくなります)、親の虐待から子どもを救うために親元から引き離される子どもたちもたくさんいて、そういう子どもたちが劣悪な環境の施設に入れられるよりは、残念ながら子どもを授からなかった夫婦に引き取られ、我が子として育った方がどれだけよいか、という意味です。アメリカではそういう子どもたちの9割が養親に引き取られます(日本では逆で、9割が施設で育ちます)。主にリッチな白人夫婦が養親になりますが、ダンとテリーはダブルインカムでまあまあ経済的な余裕もあったため、養子をとることもできたのです。

 さて、この本の主人公たちのことを紹介しましょう。ダン・サヴェージはセックスコラムニストとして人気を博していた人(なので、文中にもちょいちょい下ネタが入っていて、飽きずに読めます)。今はシアトルのローカル紙の編集長なども務めています。パートナーのテリーは本屋で働くイケメンさん。二人はゲイバーで知り合い、数年のラブラブな時期を経て、子どもをもうけることにしたのです。
 ちなみに二人とも親が保守的なキリスト教徒(カトリックとか)で、高校時代は学校でひどくいじめられたり、親にゲイであることをなかなか言えなかったり、様々な苦労をしてきました(そのことは、本の中ではなく、「It Gets Better」という動画の中で明かされています。10代のゲイのいじめによる自殺が相次いだ2010年に、LGBTユースを支援するために始まったプロジェクトで、オバマ大統領なども参加しました。これを発案し、立ち上げたのが、ダン・サヴェージです)
 どこにでもいるようなラブラブなゲイカップルが、なぜ養子縁組しようと思ったのか? その理由は別に高邁な思想などではありません。幸せに暮らしていきたい(ゲイだって幸せに生きていける)というささやかな、当たり前な気持ちの延長線上に、子育てという選択肢が見えてくるのは、ごく自然なことだと思います。

 二人が子育てを決意した時から実際に赤ちゃんを授かるまでには、なかなかに険しい道のりがありました。男女の夫婦が親や親戚や友人に応援されながら子どもを産み育てるというのとは全然違う、知らないことだらけな世界です。
 まず、養子縁組にも2種類あって、生みの親が誰なのかもわからないクローズド・アダプションと、母親が養親を選び、子どもを養子に出した後も連絡を取って子どもに会うことができるオープン・アダプションがあります(アメリカでも3つの州でしか認められていないそうです)。二人は後者のオープン・アダプションを気に入り、セミナーに足を運びますが、そこにいたゲイカップルは彼らだけで、実際に養子縁組に至るまでには膨大な書類を作成したり、多額のお金を払わなくてはいけないと知り、くじけそうになりました…。が、周囲に応援してくれる人たちもいて、なんとか気を持ち直し、チャレンジすることに。
 まずは生みの親に選んでもらわなければいけないため、二人は迷いながらも心を込めて自己紹介の書類を作成します。首尾よく「選ばれました」という連絡が来ましたが、その妊娠中の女性・メリッサはいわゆるガターパンク(ライフスタイルとしてあえてホームレスをやっているパンクな若者)で、妊娠中に飲酒やドラッグをやっていた(妊娠に気づいてやめた)ということでした。メリッサは、FAS(胎児性アルコール症候群)を恐れた何組かの親に断られた後、ダン&テリーの書類を見つけて「(私たちと同じように)本物の人間らしく見える」と思い、彼らを選んだのです(もし最初から二人のことを知っていたら、迷わず決めていた、とも)
 二人は、過去にガターパンクからいやな目に遭わされた経験があり、やはりFASについての心配もあって、とても迷いましたが、実際にメリッサに会い、またFASを必要以上に気にしなくてよいという根拠も得て、彼女の子どもを育てる決心をします。
 心配事はまだまだあって、いちばんの懸念事項は、母親がいざ子どもを産むと「手放したくない」という気持ちが湧いてきてやっぱり自分で育てると言い出すこと(「途絶」と言うそう)でした。実際に途絶された経験のあるカップルのアドバイスで、生まれる前には家にベビー用品を置かないようにしたり、メリッサと頻繁に会って(住む部屋も世話したり、ステーキをご馳走したり)、関係性を築いていきました。そして…(あとは、ぜひ実際に本を手に取ってご確認ください)
 
 ノンフィクションの翻訳モノという二重に読みづらそうな本なのに(訳者の方もきっといいお仕事をされていたと思いますが)、少しも飽きが来ず、エキサイティングで、時々ゲラゲラ笑いながら、楽しく読めました。
 例えば、養子を取るにあたり、親が前立腺がんですぐに死ぬといったことがないように直腸の検診を行う必要があったのですが、そこでダンが、14歳の時に(ストレス性の潰瘍で)肛門から大量に出血した時の話を始めて、救急車の中で母親に見守られながら、13歳の誕生日に『コーラスライン』が観たいと親にせびったことと、今肛門から出血していることが母親の頭の中で「ゲイ」に結びつきませんようにと祈りながら、病院でハンサムな医師に指を入れられながら、このまま死んでしまいたいと思ったという、何ページにもわたるくだり(本筋と関係なく延々と脱線)。本当に面白かったです。
 こうした、随所にユーモアを交えた軽妙洒脱な語り口は、(私もライターのはしくれなので)とても勉強になりました。
 そして何より、二人のまっすぐな気持ちと行動力、あふれんばかりの愛情に心から拍手を贈りたくなります。橋口亮輔監督が2001年の映画『ハッシュ!』でゲイカップルと友人の女性の3人で新しい家族を作ろうとする姿を描いていますが(本当に素晴らしい作品。未見の方はぜひ!)、日本もそろそろ…ですよね。
 
 ちなみに、ダン&テリーのカップルは、2005年に同性婚が認められたカナダのバンクーバーで結婚式を挙げ(愛息子も一緒に。その顛末を描いた著書が来年、日本でも刊行予定だそうです)、2012年にはやはり同性婚が認められたワシントン州で最初に同性結婚したカップルの中の一組となりました(おめでとうございます!)


『キッド 僕と彼氏はいかにして赤ちゃんを授かったか』
著者:ダン・サヴェージ/訳者:大沢章子/みすず書房/2016年8月10日発行/定価3,456円(本体3,200円)

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