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REVIEW

永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』

80年代末から同性愛者の運動に携わってきて、現在は行政書士・ファイナンシャルプランナーとしてゲイライフの支援活動を行なうNPOも運営する永易至文さんによる「読む現代LGBTQ事典」。しっかりしてて読みやすい、LGBTQの諸々がよくわかる本です。

永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー』

1980年代末から同性愛者の運動に携わってきて、現在は行政書士・ファイナンシャルプランナーとしてゲイライフの支援活動を行なうNPO法人「パープル・ハンズ」なども運営する永易至文さんが、ヨミドクターの連載などをまとめた「読む現代LGBTQ事典」です。特にご自身がリアルタイムに見てきた90年代〜2000年頃のLGBTQ史上の重要な出来事についての記述や、HIV/エイズについての章が光ります。しっかりしてて、読みやすい、ありそうでなかった一冊ではないかと。レビューをお届けします。
(文:後藤純一)


 ご存じの方も多いと思いますが、著者の永易至文(ながやすしぶん)さんは、東大文学部を卒業後(余談ですが、私が以前勤めていた校正の会社の社長さんの同級生だったそう)、1980年代末から動くゲイとレズビアンの会(OCCUR=アカー)に所属し、同性愛者の権利擁護活動に携わるようになります。出版社勤務を経て、2000年代以後、ライター/編集者として性的マイノリティの暮らしや老後、HIVの問題などを取材・執筆してきました。2013年に行政書士登録し、東中野さくら行政書士事務所を開設、同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズを設立し、事務局長に就任しています。例えば同性カップルが公正証書を作る際のお手伝いをしたり、いまの法律の範囲内でできることをアドバイスしたり、老後のための資金形成(ファイナンシャルプランニング)の相談に乗ったりという活動で知られていると思います(あと、バー『タックスノット』の木曜担当としても)
 ご謙遜なのか、今回の著書でも触れられていないのですが、永易さんは2002年に『にじ』という、薄くてビジュアルがほとんどない、LGBTQの機関誌のような季刊誌を発表し、その硬派さでゲイコミュニティにインパクトを与えました(その心意気やよしと認められ、のちに『G-men』誌でゲイライフや老後のことについて連載を持つように)。著書に『同性パートナー生活読本 同居・税金・保険から介護・死別・相続まで』『にじ色ライフプランニング入門 ゲイのFPが語る〈暮らし・お金・老後〉』『ふたりで安心して最後まで暮らすための本 同性パートナーとのライフプランと法的書面』などがあります。
 
 新刊『「LGBT」ヒストリー  そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』は、自身も活動家として90年代以降の運動にかかわってきた永易さんが、ニュースの背景・歴史・行間を読み解きながら性的マイノリティのあれこれを網羅した「読む現代LGBTQ事典」。永易さんがヨミドクターに連載していたコラムなどをまとめたものです。

 タイトルは「LGBTヒストリー」となっていますが、60年代、70年代、80年代と時系列で歴史を解説しているわけではなく(『LGBTヒストリーブック』の日本版のような本ではなく)、「性をめぐる知識との出会い」「同性パートナーシップと法整備」「同性カップルの暮らしの諸相」といった章立てで、LGBTQの基礎知識的なことから同性カップルの権利保障、パレード、HIVのこと、ドラァグクイーンのことまで幅広く様々なトピックが語られています(最後に目次を載せておりますので、参考にしてみてください)

 最も読んでいただきたいと思うのは、1990年代〜2000年に起こった重要な出来事、東京都を相手取って同性愛者差別と闘い、勝訴した「府中青年の家」訴訟、2000年の東京都の人権施策推進指針をめぐる問題、ゲイに対するヘイトクライム「新木場事件」のことについて書かれた部分です。インターネットがまだそこまで浸透していなかった時代のことでもあり、実はWeb上にもあまり情報がないのですが、永易さんがこの本で的確にまとめているのが決定版的な解説になっていると思いました。
 「府中青年の家」訴訟は、東京都の施設である「府中青年の家」で同性愛者団体のアカーが合宿をしていたところ、他の利用者からクレームがあったりして、都が使用禁止を言い渡し、差別だとして提訴したものです。1997年の二審(高裁)で、「都教育委員会を含む行政当局としては、その職務を行うについて、少数者である同性愛者をも視野に入れた、肌理の細かな配慮が必要であり、同性愛者の権利、利益を十分に擁護することが要請されているものというべきであって、無関心であったり知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されないことである」という画期的な判決が出て勝訴したという、LGBTQにとっての記念碑的な出来事です。 
 2000年の東京都の人権施策推進指針をめぐる問題は、経緯が複雑なのですが、いったん東京都が出してきた人権指針の骨子は同性愛者の人権に触れる内容だったのに、(何者かの圧力が働いたのか)その記述が削除されてしまい、みんなでパブコメを送ろうという運動が起きたのでした(私が記憶する限り、ゲイコミュニティ内でインターネットを使って行政に意見しようという運動が広まったのは、これが最初でした)。2000年は「新木場事件」でゲイが殺された年であり、東京レズビアン&ゲイパレードとレインボー祭りが初開催された年でもあり、ゲイコミュニティにとってのターニングポイントのような年でした。

 昨今のLGBTQの本ではほとんど見られないことですが、HIV/エイズについて1章まるまる割いているところも素晴らしいと思います。80年代末から活動に携わってきた永易さんは、かつてHIV/エイズのことがゲイコミュニティにおいてどれだけ重要な課題であったかということをよくご存じですし、軽んじるわけにはいかなかったのでしょう。

 ちょっと入り組んだお話も、軽やかなお話もありますが、どのコラムも同じくらいの短さで編集されているので、とっつきやすいと思います。内容はしっかりしていて、なおかつ読みやすく編集された事典のようなLGBTQ本って、意外とあるようでなかった気がします。これを一冊読めば、(ゲイ中心ではありますが)日本のLGBTQの運動について重要な部分はカバーできるような「読む現代LGBTQ事典」になっていると言えそうです。
 
 最後に、永易さんが本書に寄せて述べている言葉をご紹介します。
「LGBTが人口に膾炙するにつれ、ネット時代の今日、SNSのそこここで小ぜりあいのような応酬が繰り返されています。LGBTに対し、左巻きとか利権狙いとか、糾弾主義とか行きすぎた主張だとか、ネットで無責任に詰なじる声を見るたびに、ゲイの一人として、われわれはこの30年そんなこと言ってきたかな、と不思議な気がします。性的マイノリティの社会運動が、近代人権思想に立脚し、条理にもとづく穏当な主張を積み重ねて今日に至っていることは、本書を一読していただければおわかりいただけるのではないでしょうか」

<目次>
性をめぐる知識との出会い
 セクシュアリティを理解する3つの視点
 性的マイノリティーの人口比
 性的マイノリティーを示す言葉
 トランスジェンダーってなに?
 SOGIとLGBT
 同性愛の脱病理化
 LGBTへのよくある「反論」
 レインボーフラッグ
 虹以外にもある性的マイノリティーのシンボル
 ナショナル・カミングアウト・デイ
同性パートナーシップと法整備
 ブームの起爆役「渋谷と世田谷」──同性パートナーシップ証明①
 契約の真正を保証する公正証書──同性パートナーシップ証明 ②
 同性カップルも家族のひとつ──同性パートナーシップ証明 ③
 憲法は同性婚を認めているか
 同性婚の法律はどう作る?
 同性パートナーと内縁法理
 法制度で保護されるパートナーシップとは?
 「家族」と認める条件とは?
同性カップルの暮らしの諸相
 国勢調査と同性カップル
 医療現場の対応と同性カップル
 生命保険と同性カップル
 公営住宅と同性カップル
 在留資格(ビザ)と同性カップル
 在留資格をかちとった同性パートナー
 子育てと同性カップル
 同性カップルの困りごと、どう解決する?
生活者としての性的マイノリティーと老後
 職場で性的マイノリティーが認められるとは──LGBTと企業 ①
 「LGBT市場」と「LGBTフレンドリー」──LGBTと企業 ②
 性的マイノリティーの賃貸住宅探し
 トイレ利用に困難を感じている性的マイノリティー
 多発する自然災害と性的マイノリティー
 性的マイノリティーは年末年始をどう過ごす?
 性的マイノリティーと老後のライフプランニング
 性的マイノリティーの高齢期の課題
 お墓とお寺と「LGBT」と
子ども・若者・学校をめぐって
 たった一人で受け止める孤立──性的マイノリティーの子ども・若者 ①
 「見えないカリキュラム」を反転する──性的マイノリティーの子ども・若者 ②・
 思春期の一時的な感情?
 同性愛を治療していた時代
 文部省指導書の「同性愛」観
 大学のなかの性的マイノリティー
コミュニティー、文化、政治
 ドラァグクイーン
 ゲイバーへようこそ
 ゲイ雑誌が紡いだ読者公共圏
 多様性の祝祭、プライドイベント
 私説「東京パレード史」
 30年の歴史を数えるLGBT映画祭
 台湾のLGBTコミュニティー
 韓国のLGBTコミュニティー
 トランプ大統領当選とLGBT
 リオデジャネイロ五輪と性的マイノリティー
 専門雑誌に広がったLGBT特集
 LGBT法律書の出版ラッシュ
 LGBTネットメディアのゆくえ
 性的マイノリティーとキリスト教
 政治家たちへのロビーイング
 ある「地方都市」の物語・札幌
 ゲイノベルズの金字塔『フロント・ランナー』
エイズとLGBT
 「ゲイの病気」と「みんなの病気」のはざまで
 エイズが投じたコミュニティー形成の契機
 厚労科研費とエイズコミュニティーの形成
 コミュニティーセンターakta
 HIV陽性者にも必要な老後のライフプラン
 AIDS文化フォーラムin横浜
 エイズは終わったのか
1990年代に起こったこと
 あるゲイの目に映った平成30年史
 府中青年の家訴訟
 辞典・事典の記述を変えていった時代
 東京都の人権施策推進指針
 ゲイへの憎悪犯罪「新木場事件」
 まぼろしの「LGBT差別禁止法」
あとがき
 

「LGBT」ヒストリー―そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー
永易至文:著/緑風出版/四六版並製/240頁/2000円

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