REVIEW
クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
ネットの記事などでも「クィア」という言葉がふつうに使われるようになってきましたが、「クィア」って何なのか、どういうことなのか、説明しようとすると、結構難しいかもしれません。そんな「クィア」の考え方やスタンスを、ポップに生き生きと「体感」させてくれるような画期的な本が出ました
クィアって何なのか、いまだによくわからない、漠然としたイメージはあっても、きちんと説明しようとすると難しい、と感じている方も多いのではないでしょうか。LGBTQの「Q」の説明としては、性的指向・性自認が非典型な方全般ということになってますが、それだと「性的マイノリティの総称」に過ぎません。もっとクィアという言葉にまつわるニュアンス的な意味合いがあるわけですが、そこが難しいところなのです。
アカデミズムの世界では、クィアに関する理論というのがあって、クィア・スタディーズとか、クィア・セオリーと呼ばれます。ジュディス・バトラーとかイヴ・セジウィックという研究者の本が有名です。でも、社会学専攻の学生でもない限り、なかなかそのような専門的な本を読もうとは思えないでしょうし、どうしてもとっつきにくい、小難しいというイメージからは抜け出せないと思います。
そんななか、対談本というかたちで楽しく読めて、クィアということが体に染み込むように体得できる、たいへん画期的な良書が出ました。
『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』は、2017年に『LGBTを読みとく ─クィア・スタディーズ入門』という新書を出した社会学者の森山至貴(もりやまのりたか)さんと、ライター、漫画家、タレントの能町みね子さんの知的対談です。森山さんってすごく頭がよくて真面目な方だと思うのですが、デビュー作の『「ゲイコミュニティ」の社会学』という本で、主流のゲイシーンに「ついていけなさ」を感じている人に光を当てていて(その論旨は非常に難解でしたが)優しい方なんだな、と思っていました。対する能町さんは、サムソン高橋さんととてもユニークなかたちの結婚をしているのも素敵だと思ってましたし、とあるテレビ番組で勝手に「オネエタレント枠」に入れられたことに異議申し立てをしてて、すごく骨がある、カッコいい、発想や生き方がしなやか、かつ勇敢な方だと尊敬していたので、このお二人の対談はきっといいものになるだろうなと予感していました。
いわゆるL、G、B、Tには当てはまらない「その他」のありようは壮大なんですけど?という話から始まって、かといって、よくある多様なセクシュアリティやジェンダーのカテゴリーの説明に進むのではなく、縦横無尽に、時には性のことじゃない話にも広がりつつ、様々な「規範」を疑っていきます。
例えば「ひとりのやつはヤバい」規範について、能町さんが、カップルじゃないと行きづらいお店とか場所ってあるよね、でも関係なく一人で行く人ってカッコいいと思うっていう話から、森山さんが「それこそ『クィアな反乱』ですよね。『そこにいるべきでないとされている人がそこにいる』っていうのを見せるってすごく重要」とコメントしています。
例えば能町さんが「『女の人は素晴らしい』という物言いの背後に家父長制的なものの匂いがする」と言うと、森山さんが「その21世紀バージョンが『ゲイはおしゃれでセンスがある』ですよね」と返し、そこから、女性が受けてきた差別の話とセクマイが受けてきた差別って根っこは一緒、クィア・スタディーズはフェミニズムの影響を受けてて、その考え方が全部入っている、といった話につながっていきます。
そんな感じで、「ウンウン、わかる」と共感しながら、そっか、クィアってそういうことなんだ、と体に染み込んでいくように知識も増えていくのが楽しいです。
カミングアウトに関して、「『私にとってのセクシュアリティの大事さ』は人それぞれだけど、どのくらい大事かをお前が決めるな」ってことだよね、と語られていたのは、目から鱗というか、ずっとモヤモヤしていた霧が晴れるような気持ちがしました。
そういう「金言」「至言」のような名言が本当にたくさんあります。ざっと並べてみるとこんな感じです。
「『差別的だったマジョリティが成長した』的なドラマはもういい」
「マジョリティの特権は自動ドアみたいなもので、本人は気づかない」
「『あなたたちはそこにいていいのか』という建付の議論が恐怖なのは当然」
「『受け入れる』という言い方は好きじゃない。『受け入れない』がベースにあるから」
「恐怖をフックにして他人を差別に動員したい人たちは、そもそもトランスの人たちは怖くないので、実態と離れた「怖いトランス像」を捏造している」
「お前の『嫌い』は知ったことか」
「クィアは、特定の人を指すこともあるし、人の性質を指すこともあるし、関係性のあり方や性質を指すこともある。生き方や態度みたいなことも」
「(パートナーシップが)長く続くのがまともな大人、と言われるのは耐え難い」「取っ替え引っ替え彼氏を変えて何が悪いのか」
「結婚制度を解体するより、あらゆるものを乗せていく。友達三人で結婚してもいい」
「私の体の意味づけをあんたが決めるな、という抵抗」
「私の幸福は私が決める」「私の不幸を手放さない」
「不幸に対する解像度を上げなくてはいけないんじゃないか」
「他者の犠牲を強いるための切り札として子どもの話が出てくる」
「BDSMは合意の技法が最高に発達している」
「恋愛したい、セックスしたいを当たり前にしない」
「クィアは、「みんな」から取りこぼされるものに向き合おうとする、けど、「みんな」の枠の中に入れようという話ではない」
「クィアは「そういうのやってらんねえわ」っていうスピリット。不真面目と言われかねないやり方」
「結局、出すぎたまねだけが世界を広げる。出すぎたまね、していこうぜ」
2010年代のいわゆる「LGBTブーム」以降、世間の方たちに受け入れられやすいような、「ふつう」だったり見栄えがよかったりする、浮気とかせず、長きにわたるパートナーシップを築いていたりするような「きちんとした」当事者像がメディアでもてはやされる傾向があり、LGBTQの運動でもそれをよしとする(というか戦略的にそうしている)フシがあったと思います。しかし、この本では、そういう傾向や潮流に中指を立てるかのように、「取っ替え引っ替え彼氏を変えて何が悪いのか」と語られ、BDSMのようなkinkyなセックスを絶賛しています。そういうところにクィアの真骨頂があると感じます(ちょっと専門用語的な、難しい言葉ですが、「新しいホモノーマティヴィティ」という概念が紹介されていました。LGBTQも「ふつう」だと言うとき、そこにしばしば異性愛社会に迎合するような新たな規範が生じるがゆえに、「ふつう」からこぼれ落ちてしまう当事者が出てきてしまうような問題のことです)
森山さんが『「ゲイコミュニティ」の社会学』で主流のゲイシーンに「ついていけなさ」を感じている人に光を当てていたとお伝えしましたが、最初からクィアという視座が貫かれていたんだな、と納得しました。
もしみなさんが、いわゆる「遊び人」だとか「インラン」だとしても、「ヘンタイ」って言われがちなプレイが好きだったとしても、特定のパートナーを持たない主義だとしても、全然ゲイらしくない生活を送ってきたとしても、決して引け目を感じたりしなくていいですよ、「何が悪い」くらいに思ってていいですよ、と(理論的に)後押ししてくれるのがクィアなのだと思います。ですから、もっとクィアという考え方や態度が広く浸透することで、自分を肯定できたり、救われたりする方も多くなるんじゃないでしょうか。
何か「ゲイの世界の中でも肩身の狭い思いをしている」「主流のゲイシーンへのついていけなさを感じる」といった思いを抱え、悩んでいる方は、ぜひ読んでみてください。きっと自信が持てるようになり、力が湧いてくると思います。
慣れろ、おちょくれ、踏み外せ 性と身体をめぐるクィアな対話
著:森山至貴、能町みね子
朝日出版社
1,800円+税
INDEX
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