REVIEW
映画『ピュ〜ぴる』
今や国際的なアーティストとして認められているトランスジェンダーのピュ~ぴるさんの10年間の軌跡を追ったドキュメンタリー映画が公開されています。その物語は意外にもアットホームで、それでいてクィアでアートで(でも身近で)、誰もが応援したくなるような普遍性を感じさせました。
この映画をご覧になったクラブピープルたちはきっと、ピュ~ぴるさんを「僕らの隣りにいる人」と感じたことと思います。ピュ~ぴるさんはもともと、ハデでオリジナルな格好(ときには女装)でクラブに繰り出すゲイの男の子でした(監督の松永さんと初めて出会ったのは伝説の『ゴールド』だそうです)。「ピュ~ぴる」の名付け親として(ゲイミックスなクラブシーンやパフォーマンスイベントで活躍してきた)円奴さんも出演していましたし、展覧会に遊びに来ていた面々の中にも二丁目でおなじみの方たちが見えました。とても親近感が感じられます。
ドキュメンタリーのスタートは2001年。このときのピュ~ぴるさんは服装も男の子で、一重目で、人懐っこい笑顔で、フツーに二丁目でモテそうなかわいい男の子でした(自分でもゲイだと言っていました)。「たまにドラァグクイーンになるゲイ」だったピュ~ぴるさんは、やがて、もっと女性に近づきたいと思いはじめ、体も変えていくようになります(世間的には「トランスジェンダー」です)。そのありようは本当に紙一重というか、僕らと地続きだなあ、同じグラデーションの上にいるんだなあ、としみじみ感じました。同時に、ホルモン投与の副作用の大変さや、手術するときの気持ち(「両親に申し訳ない」と泣いていました)が、せつなく伝わってきました。
より女性に近づいたピュ~ぴるさんは、ノンケの男性に恋もします。その燃え上がる恋の炎が制作活動に転化していき、作品に結晶します。横浜トリエンナーレでのやパフォーマンスは、鬼気迫るものを感じさせました。
一方、ゲイ的に最も意外でもあり、同時に感動させられたストーリーは、ピュ~ぴるさんと家族の関係でした。郊外の、どこにでもいるようなサラリーマン一家…お父さんがいてお母さんがいて、お兄さんがいて、ピュ~ぴるさんがいます。最初はお兄さんに「ゲイなんだ」と打ち明けますが、平然と受け止めてくれます。そんなお兄さんはピュ~ぴるさんの作品制作や、ときにはパフォーマンスにも喜んで協力してくれます(野球のキャッチャー的な風貌で、素朴な人の良さを感じさせる方です)。ご両親も鷹揚というか、最初は驚きつつも「まあいいんじゃない」といった感じであたたかく見守ります。本当にいい家族です。
アーティストとしてのピュ~ぴるさんは、初めは、クラブによくいる、ハデでオシャレでちょっと変わった格好を楽しむ子でした。そのスタイルがだんだん進化して、まとまったアート作品として結実していくのです。頭に描いているビジョンがとてもはっきりしていて(「女性というより、頭の中で描いている理想のキャラクターになりたい」とも語っていました)、それを具現化しようとするパワーがものすごく、お金儲けではない純粋な悦び・表現として作品を作っている…そんなところがやはりアーティストなのです。
一方、ピュ~ぴるさんの作品は、たとえば祖母が亡くなったときのお葬式のお花を山のように盛った作品、子どもの頃に見たアニメの主人公のパロディのような作品、何万羽の金の折り鶴を吊るした作品など、決して難解な現代アート(説明を読まないと意図がわからないようなもの)ではなく、誰もがその「物語」を共有でき、素直に共感できるような魅力を持っています。
写真家の吉永マサユキさん(かつて二丁目のドラァグクイーンのパフォーマンスを自身の作品集に載せていました)がインタビューに答え、ピュ~ぴるさんが初め、メディアでただの「キワモノ」「変人」という扱いしか受けていなかったことに対して「編集者の目は節穴。バカだ」と憤っていたのが印象的でした。
時代が、社会が、やっと今、ピュ~ぴるという最高に愛らしいクィア・アーティストに追いついたのです。
『ピュ〜ぴる』
2009/日本/監督・撮影・編集:松永大司/出演:ピュ〜ぴる/配給・宣伝:マジックアワー/3月26日よりユーロスペースほか全国ロードショー
INDEX
- 米史上初のゲイの大統領になるか?と騒がれた人物の素顔に迫る映画『ピート市長 〜未来の勝利宣言〜』
- 1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
- TORAJIRO 個展「UNDER THE BLUE SKY」
- ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』
- 台湾映画界が世界に送る笑えて泣ける“同性冥婚”エンタメ映画『僕と幽霊が家族になった件』
- 生き直し、そして希望…今まで観たことのなかったゲイ・ブートキャンプ・ムービー『インスペクション ここで生きる』
- あらゆる方に読んでいただきたいトランスジェンダーに関する決定版的な入門書『トランスジェンダー入門』
- 世界をトリコにした名作LGBTQドラマの続編が配信開始! 『ハートストッパー』シーズン2
- 映画『CLOSE クロース』レビュー
- 映画『ローンサム』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『ココモ・シティ』(レインボー・リール東京2023)
- FANTASTIC ASIA! ~アジア短編プログラム~(レインボー・リール東京2023)
- 映画『マット』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『秘密を語る方法』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『クリッシー・ジュディ』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『孔雀』(レインボー・リール東京2023)
- クィアな若者がコスメ会社で働きながら人生を切り開いていくコメディドラマ『グラマラス』
- 愛という生地に美という金糸で刺繍を施したような、「心の名画」という抽斗に大切にしまっておきたい宝物のような映画『青いカフタンの仕立て屋』
SCHEDULE
- 05.02炎の野郎祭 -ケツ割れナイト-
- 05.03ゆるぽナイト -GW SPECIAL-
- 05.03露出狂ナイト LOVE AND WATER -褌太郎バースデーBASH-
- 05.04アスパラベーコン -ゴールデンウィークスペシャル-
- 05.04雄っぱいナイト!3