REVIEW
映画『人生はビギナーズ』
75歳のパパが突然カミングアウトし、ゲイとしての人生をやり直すという映画『人生はビギナーズ』。2月4日公開ですが、二丁目の「ArcH」で行われた試写会で一足お先に観ることができました。レビューをお届けします。






アーティストであるオリヴァーは、ノンケながら、もともとゲイの知人も多く、ものすごーくゲイフレンドリー。ハルにもその彼氏のアンディにも偏見なく家族として接していて、そのやりとりの素敵さ・おもしろさは格別です。「どんだけ?」ではないですが、ちょっとびっくりするくらい、リアルなゲイライフを描いたシーンがいろいろあります(たぶんメジャー作品で『ミルク』を引用した初めての映画だと思います)。その根底にはやはり、突然ゲイとして生きはじめた父への応援の気持ちがあります(彼はお父さんを本当に愛していたんだな…というのが伝わってきて、泣けます)
アメリカのゲイサイト「TOWLEROAD」が昨年末、「ベスト・LGBTキャラクターズ・オブ・ザ・イヤー」を発表し、この映画のハルが1位に選ばれました。(東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映されるような)ゲイ映画も毎年たくさん上映されているアメリカのゲイの間で最も「素敵!」と喝采を浴びたキャラクターなわけですが、それもうなずけます。(そして、演じたクリストファー・プラマーは、ゴールデングローブ賞やアカデミー賞も本命と言われています。※追記→1月15日、見事、ゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞しましたね)
この映画、いちおう主人公はオリヴァーで、父親の生き様に刺激され、恋に臆病だった自分を見つめ直して新しい一歩を踏み出すというのがメインのストーリーとなっています。でも、オリヴァーはとてもゲイフレンドリーなキャラクター(しかも演じてるのが『フィリップ、きみを愛してる!』のゲイ役を素晴らしく演じたユアン・マクレガー)だということもあり、恋人アナもちょっと変わっているので、男女の恋愛なのにどこか「クィア」です。それと、かなりぶっ飛んだところのある母親(ちょっと『シリアルママ』を彷彿とさせます)や、天真爛漫でピュアなハルの彼氏も素敵です。オリヴァーの愛犬アーサーがまた、とてもかわいくてイイ味を出しています。
観終わったあとに伝わってきたのは「この先どうなるかなんて誰にもわからない。その人生の不確実さは、どんな人でもいっしょ(年齢も性別も国籍も関係ない)。運命を恐れていては何も生まれないし、得られない。とにかく一歩を踏み出すこと」というメッセージでした。たぶん、恋愛や人生において何か悩みごとがある方は、きっと幸せのヒントが得られると思います。
映画全体としては、たとえてみれば、ウディ・アレンの映画のように軽妙な笑いがふんだんにちりばめられ(人間関係のおかしみが描かれ)、まるで『ローマの休日』のように印象的なシーンがたくさんあり(とても映画的)、『ミルク』のようにゲイのことが前面に打ち出されている映画です。オリヴァーが描く絵などはちょっとジョン・キャメロン・ミッチェルの『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』を彷彿とさせます。
淡々としたシリアスめな作品に見えるかもしれませんが、テンポよく次々にシーンが切り替わっていき、それからどうなるの?というワクワク感を感じさせる、なんというか…ある種グルーヴ感を感じさせるような、軽やかで笑えるポップな作品です。
音楽がまたイイ。とても大人で、オシャレです。(2月4日の「オールナイト2丁目」@ALAMAS CAFEでこの映画の音楽がかかるそうです。ぜひ聴いてみてください)
<ストーリー>
38歳独身のアートディレクター、オリヴァー(ユアン・マクレガー)は、ある日突然、父・ハル(クリストファー・プラマー)から「私はゲイだ」とカミングアウトされる。それは44年連れ添った母がこの世を去ったあと、がんを宣告された父が、残りの人生、本当の自分として人生を楽しみたいという、せめてもの願いだった。もともとは厳格で古いタイプの人間だったハルが、そのカミングアウトをきっかけに若々しいファッションに身を包み、パーティやエクササイズに精を出し、若い恋人まで作って新たな人生を謳歌。一方、オリヴァーは、父と母の間に愛はあったのか、二人の間に生まれ育った“僕”とは何なのか…と戸惑い、子ども時代のことを思い出します。オリヴァーとは対照的に、父の生き方はとても潔く、父のふりまく愛に周囲の人は素直に心を開き、また父も素直にその愛を受け入れた。身体はがんに冒され、確実に最期の日は近づいていたが、決して心は衰えることなく、今までのどんな時よりも前を向いて生きようとしていた。そんな父と語り合った母のこと、恋人のこと、人生のこと……。オリヴァーはこの語らいの中で、父もまた親や妻との関係で多くの葛藤を抱えながら生きていたことを知り、あらためて自分自身の生き方を見つめ直していく。だがそんな時に訪れた、父との永遠の別れ。再び自分の殻に閉じこもってしまったオリヴァーを心配した仲間は、オリヴァーをあるホームパーティに無理やり連れ出す。そして彼は、そこで風変わりな女性・アナ(メラニー・ロラン)と出会う。人と距離を置きながら生きてきたアナは、父を亡くしたオリヴァーの喪失感を優しく癒し、オリヴァーはアナの優しさに心を委ねていく……。

『人生はビギナーズ』Beginners
2011/米/監督:マイク・ミルズ/出演:ユアン・マクレガー、クリストファー・プラマー、メラニー・ロランほか/配給:ファントム・フィルム、クロックワークス/2012年2月4日(土)より新宿バルト9、TOHOシネマズシャンテほかにて公開
INDEX
- たとえ社会の理解が進んでも法制度が守ってくれなかったらこんな悲劇に見舞われる…私たちが直面する現実をリアルに丁寧に描いた映画『これからの私たち - All Shall Be Well』
- おじさん好きなゲイにはとても気になるであろう映画『ベ・ラ・ミ 気になるあなた』
- 韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」
- ぜひ観てください:『ザ・ノンフィクション』30周年特別企画『キャンディさんの人生』最期の日々
- こういう人がいたということをみんなに話したくなる映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
- アート展レポート:NUDE 礼賛ーおとこのからだ IN Praise of Nudity - Male Bodies Ⅱ
- 『FEEL YOUNG』で新連載がスタートしたクィアの学生を主人公とした作品『道端葉のいる世界』がとてもよいです
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』







