REVIEW
映画『J・エドガー』
FBI初代長官ジョン・エドガー・フーバーと彼の右腕だったクライド・トルソンとの40年以上におよぶ愛の物語。『ミルク』の脚本家であるダスティン・ランス・ブラックと名匠クリント・イーストウッド監督が期待以上に素晴らしい映画を届けてくれました。


ジョン・エドガー・フーバーは1924年にアメリカ連邦捜査局(FBI)の初代長官に任命され、クーリッジからニクソンまで8代の大統領に仕え、1972年に亡くなるまで半世紀近くにわたってアメリカの法の番人の長として君臨し、FBIを現在のような巨大な影響力を持つ組織へと発展させた人物。比類なき権力を誇り、歴代の大統領からさえも畏怖と非難と崇拝の対象として見られ、「影の大統領」とまで言われました。その一方で、彼はアシスタント・ディレクター(右腕、参謀)であったクライド・トルソンと長年のパートナーであったことが知られており、二人の愛の物語が、この『J・エドガー』で初めて映画化されました。

映画を観るまでは、メディアの映画評が相変わらず「禁断の」といった時代錯誤な形容だったり、「同志愛」という表現だったりしたため、二人が愛しあっていたことがきちんと描かれず、曖昧にされているのでは…とか、違法な盗聴までして大統領の弱みを握る「黒い」イメージのフーバーが実はゲイだったということで、観た人にゲイのネガティブ・イメージ(「裏社会に生きる人」的な)を与えるのではないか…といった心配もありました。
しかし、実際に観ると、そうした心配はきれいに吹き飛びました。20世紀のアメリカを代表する権力者の素顔、エドガーという人物の内面や、エドガーとクライドがどのように恋に落ち、つきあい、生涯を共にしたのか、その愛の真実が丁寧に描き出されていて、観た人はきっと、二人の関係に共感し、祝福したくなるはずです(クライドがエドガーを愛する気持ち、よくわかります。正直、何度となく泣けました)。予想をはるかに上回る感動的な作品でした。
ネタバレを避けるため、あまり詳しくは書きませんが、明らかにエドガーとクライドは恋に落ちたのであり、愛し合い、生涯を共にしたのです。初めて二人が出会ったとき、エドガーがクライドを補佐役に選んだときの浮き立つような気持ちの表れ、週末に二人で遠出をしたときの喜びよう、『ブエノスアイレス』を彷彿とさせるような激しいぶつかりあい…それらは間違いなく、男どうしの恋(ロマンス)でした。そして公私にわたって40年以上を共に過ごし、二人ともいいおじいちゃんになりながら、いつものようにいっしょに朝食を食べるシーン、そして…。

『グラン・トリノ』『インビクタス』という人種的マイノリティを主題にした感動作を生み出してきたクリント・イーストウッド監督は、そのヒューマニティをきっと同性愛に向けるはずだ、今度はゲイを描く映画を撮るにちがいないと思っていたのですが、本当にその通りでした。だからこそ、『ミルク』の脚本家であるオープンリー・ゲイのダスティン・ランス・ブラックが起用されたのだと思います。
一歩間違うと下世話な暴露モノに終始してしまうような難しい素材だと思いますが、ダスティンは膨大な資料から丁寧にエドガーという人の本当の姿(内面)を掘り下げ、その魅力やクライドとの愛の真実が伝わるような物語を紡ぎ上げました。その脚本から、イーストウッド監督は、ひとかけらの偏見も持たず(ホモフォビックな視線などいっさいなく)、ある意味「愛」を込めて二人の関係を映像化しました(ダスティン自身、そのことに驚いたそうです)。脚本家と監督の思いが見事に結晶し、奇跡的な感動を生み出したです。そして、レオナルド・ディカプリオとアーミー・ハマー(『ソーシャルネットワーク』の双子役)の演技も素晴らしかったです(特にディカプリオの表情がイイです。こんなにセクシーだったのか…と感嘆させられました)

「同性愛者が軍隊の士気を下げる」という偏見はようやく見直されることになりましたが、街にはびこる悪者を成敗する「Gメン」として漫画や映画にもなったヒーローがゲイだったというストーリーは、きっと多くのアメリカ人に相当なショックを与えたのではないかと思います。これはうがった見方ですが、クリントとダスティンは図らずも「共謀」し、あるアメリカ的な価値(ジェンダー観)をひっくり返すことに成功したのではないかと思いました。つまり、アメリカという国を誰よりも最も愛し、守った、最もマッチョな男こそが実はゲイだった(ゲイ=なよなよした女々しい人などではない)ということです。

撮影風景。左からディカプリオ、
クリント・イーストウッド監督、
ダスティン・ランス・ブラック
1895年生まれのエドガーは、母親の「男らしくあれ」「アメリカでいちばん権力をもつ男になれ」という教えを強迫観念として内面化し、一方で生来の生真面目さ(几帳面さ)、正義感の強さ(秩序と国を守ろうとする心)でFBI長官にまで登り詰めた人でした。1つだけエピソードを紹介すると、母親がエドガーに「あのダフィ(水仙=ダフォディル=女々しい男を意味するスラング)と呼ばれる子はどうなった? 女装させられて学校でさらし者になって、6週間後には拳銃自殺したのよ。あなたは女々しい男などであってはいけません。そんな子は要らない。死んだほうがましよ」と罵る場面がありました。エドガーにとって「呪い」のように響いたその言葉は、「結婚できない男は半人前だ」というプレッシャーとなっていました(当時の多くのゲイがそういう状況にあったと思います)。それゆえ、エドガーもずっと結婚を考えていましたが、結局(クライドとの愛ゆえに)独身を貫き、終生クライドと添い遂げたのです。それもまた、感動的なことでした。
(後藤純一)

『J・エドガー』J.Edgar
2011/アメリカ/監督:クリント・イーストウッド/脚本:ダスティン・ランス・ブラック /出演:レオナルド・ディカプリオ、ナオミ・ワッツ、アーミー・ハマー、ジョシュ・ルーカス、ジュディ・デンチほか/配給:ワーナー・ブラザース映画/全国でロードショー公開中
INDEX
- 韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」
- ぜひ観てください:『ザ・ノンフィクション』30周年特別企画『キャンディさんの人生』最期の日々
- こういう人がいたということをみんなに話したくなる映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
- アート展レポート:NUDE 礼賛ーおとこのからだ IN Praise of Nudity - Male Bodies Ⅱ
- 『FEEL YOUNG』で新連載がスタートしたクィアの学生を主人公とした作品『道端葉のいる世界』がとてもよいです
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』
- 驚愕のクオリティ、全編泣ける究極のゲイドラマ『Ours』
- 女子はスラックスOKで男子はスカート禁止の“ジェンダーレス制服”をめぐるすったもんだが興味深いドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』
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