REVIEW
映画『アルバート氏の人生』
ゲイとかレズビアンとかトランスジェンダーという言葉もない時代、バレたらきっと生きていけないだろうと覚悟しながら男性として生活し、ささやかな夢を見たひとりの女性の、せつなくも胸を打つ物語です。これはある意味、女性版「ブロークバック・マウンテン」だと思いました。
「アルバート氏の人生」は、主演のグレン・クローズが、1982年に舞台で演じてオビー賞(トニー賞に次ぐ演劇賞。オフブロードウェイ作品が対象)を受賞した作品を映画化したいと熱望し、長年の夢をようやくかなえて映画化したものです。グレン・クローズ自身も脚本に参加しています。そうして制作された映画は、見事、ゴールデングローブ賞で主演女優賞(グレン・クローズ)、助演女優賞(ジャネット・マクティア)、主題歌賞(「Lay Your Head Down」)に輝き、アカデミー賞でも主演女優賞、助演女優賞、メイクアップ賞にノミネートされました(本命と言われていましたが、主演女優賞は「鉄の女」でサッチャーを演じたメリル・ストリープに持っていかれました)。もちろん、GLAADメディア賞にもノミネートされています(『人生はビギナーズ』『J・エドガー』などとともに)。それから、第24回東京国際映画祭コンペティション部門で上映され、最優秀女優賞を獲得しています。
アルバートがヒューバートとその彼女の家を訪ねるシーンは、ちょっと涙が出るくらい感動的でした。彼女は(決して美人ではないけど)本当に優しくて、素敵な女性で、二人は心から幸せそうでした(他の男女のカップルよりも誰よりも幸福そうでした)。アルバートは人生で初めて、同志に会い、幸せというものをイメージすることができたのです。
(その後、アルバートがどういう行動をとったのか…ぜひ映画で観てください)
アルバートは生きていくために仕方なくそうしたと語っていますが、女性の体で男装して女性を愛そうとします。いったいトランスジェンダーなのか、レズビアンなのか、よくわかりません…自分でも何者なのか、よくわからなかったのではないでしょうか(そういう言葉もない時代です)。でも、間違いなく、セクシュアルマイノリティとして生きました。とてもさびしい、せつない人生だったかもしれないけど、夢を見ていた、幸せをあきらめていなかった、そのことが観る者の胸を打つのです。
それから、アルバートが働いているホテルでは、年に一度、お客さんたちが仮装して楽しむパーティが開かれていたのですが、古代ローマの兵士だったり、道化師だったりする中に、ドレスを着た男性たちもいました(別の場面ではキャーキャーはしゃいでいる姿も描かれています)。明言はしないものの、たぶん彼らはゲイだったんじゃないかと思います。
セクシュアルマイノリティの人々の生き様を限りなくあたたかく優しい視線で描いた映画です。そして、人として本当に魅力的なのに、セクシュアルマイノリティだからといってなぜ怯えて暮らさなければいけないのか? なぜ人並みの幸せが許されないのか?と問いかける、そういう作品です。
最後に、エンドロールで流れる「Lay Your Head Down」という歌が、しみじみと胸に迫るいい歌でした。クレジットを見ると、歌っていたのは(オープンリー・レズビアンの)シンニード・オコナーでした。
「アルバート氏の人生」Albert Nobbs
2011年/イギリス=アイルランド=アメリカ=フランス/監督:ロドリゴ・ガルシア/出演:グレン・クローズ、ミア・ワシコウスカ、アーロン・ジョンソン、ジャネット・マクティア、ブレンダン・グリーソン、ポーリン・コリンズ/配給:トランスフォーマー/TOHOシネマズシャンテでロードショー公開中
INDEX
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- 1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
- TORAJIRO 個展「UNDER THE BLUE SKY」
- ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』
- 台湾映画界が世界に送る笑えて泣ける“同性冥婚”エンタメ映画『僕と幽霊が家族になった件』
- 生き直し、そして希望…今まで観たことのなかったゲイ・ブートキャンプ・ムービー『インスペクション ここで生きる』
- あらゆる方に読んでいただきたいトランスジェンダーに関する決定版的な入門書『トランスジェンダー入門』
- 世界をトリコにした名作LGBTQドラマの続編が配信開始! 『ハートストッパー』シーズン2
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