REVIEW
映画『朝食、昼食、そして夕食』
スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラという小さな街を舞台に、食事を通して出会い、別れていく人々の姿を描いたドラマです。主要な登場人物のうちの1組がゲイカップル。家族へのカミングアウトのシーンが描かれています。
スペイン巡礼の最終地で世界遺産にも登録されているガリシア州サンティアゴ・デ・コンポステーラ。この美しい街に暮らす人々が、スペインらしく、食べて、呑んで、騒いで、恋して、みたいなノリの映画なのですが、それぞれの登場人物の恋や愛や人生、悩みが複雑にからみあい、泣けたり、笑えたり、しみじみしたり、やきもきしたりします。有名な俳優に頼らず、演技はすべてアドリブという手法で、リアルさや臨場感が醸し出され、独特の(クセになりそうな)映像体験ができます。
友だちどうし、いとこどうし、恋人どうし、老夫婦、夫婦と息子、昔つきあいかけた男女など、二十名以上の人々のさまざまな人間模様が描かれます。その中でも、けっこう重要な一角を占めるのが、ビクトールとセルヒオというゲイカップルがビクトールの兄をランチタイムにおもてなしするシーンです。
ゲイのビクトール(見た目すっとした感じ。教師をしています)は、兄がひさしぶりに家に来るというので、恋人のセルヒオ(すごいマッチョなオネエさん。美容師をしています)とともにおもてなしの料理を作ります。ただ、ビクトールはまだゲイであることを兄に話していないので、二人で写った写真などを隠し、セルヒオに同僚の体育教師ということにしろと言います。兄は、弟の家を訪れる前に立ち寄ったカフェの女主人アナと意気投合し、彼女を連れて家に現れます。まずはあたりさわりのない4人のランチ。セルヒオはテキパキとシェフのように料理を作ります。すると「おいオカマ、電話だぞ」とセルヒオの携帯が鳴り、気まずい空気に…。ビクトールは「友達が冗談で入れたんだ」と言い訳しますが、兄は「うちの会社でそんなやつがいたらクビだ」と言い放ちます。やがて不機嫌になった兄が「料理が冷めてる。だからレストランにすればよかったんだ」とケチをつけ、ビクトールは「兄さんのために作ったんだぞ」と怒り、兄弟喧嘩が始まります。そして兄は、「ゲイ」とは言わないものの、二人の関係に気づき、兄弟はおたがいに泣いたり、怒ったり…。やがてセルヒオが泣き出し、それをアナがなぐさめ…。最終的にどうなるのかはぜひ映画で観ていただきたいと思います。
ご存知のように、スペインはすでに同性婚が認められている国。ゲイには寛容なイメージでしたが、まだまだ保守的というか、男中心(マチズモ)な社会なのかもしれません(田舎町だからかもしれませんが)。ただ、こうして人口10万人足らずの田舎町で暮らすゲイカップルをあたたかなまなざしで描いているところは、とてもいいなと思いました。
ちなみにビクトールとセルヒオが食事の準備をしているときに映画『苺とチョコレート』のセリフを引用するシーンがあります。『苺とチョコレート』はキューバ、スペイン、メキシコの合作映画で、またキューバといえばカストロ元首相の父親がガリシア地方出身ということもあり、おそらくゲイのシーンを描くときに(ペドロ・アルモドバル作品などよりも)『苺とチョコレート』を参照したのではないかと思いました。
それから、これはゲイとは関係なく、むしろ監督さんや周りの人たちのリアリティなんだと思いますが、妙に髭の(ついでにハゲてる)クマ系の男たちがたくさん登場する映画になっています。
気のいいビジネスマンのトゥット(熊系ポルノに登場しそうな風貌)は、朝から友達と酒を飲み、友達のいとこ(売れない俳優)の家に押し掛け、そこで知り合った俳優の友達の誕生日プレゼントにと画家に絵を描いてもらい、パーティでどんちゃん騒ぎをします。
その売れない俳優も(やせていますが)髭面で、なぜかシャワーシーン(サービスショット?)もあり、色気を醸し出しています。
朝から路上でギターを弾いて歌うエドゥも、眉毛が太くて、ひげの濃い男性です。昔好きだった女性ソルからの電話で、家を訪ね、彼女の結婚生活のやりきれない思いを受け止めながらランチを食べるのですが、彼の優しい大人びた表情や訥々とした語り口はとても「萌え」ます(好きになってしまいそう…)
ソルの夫もまた、腕が太くて、コワモテで、典型的なクマ系(Bearコンテストとかに出そうなタイプ)です。
レストランで娘のような年頃の女性から別れを切り出される紳士も、ジャン・レノみたいな風貌で、オシャレでSEXYでした。
こういう群像劇系の映画って、日本だと若い男女の恋愛がメインになることが多いと思いますが、この『朝食、昼食、そして夕食』は、キッチンドランカーになってる主婦だったり、売れないストリートミュージシャン(ハゲたおじさん)だったり、あまりリッチじゃないけど気のいいおじさんだったり、ゲイだったり、そういう人たちに寄り添うような、「渋み」みたいなところに魅かれました。ちょっと肩身が狭い思いをしたり苦労や悩みを抱えている大人たちへの讃歌とも言うべき作品です。
『朝食、昼食、そして夕食』18 comidas
2010年/スペイン、アルゼンチン/監督:ホルヘ・コイラ/出演:ルイス・トサル、フェデリコ・ペレス・レイ、ビクトル・ファブレガス、エスペランサ・ペドレーニョ、ペドロ・アロンソ/K's cinemaほかで上映中
INDEX
- 米史上初のゲイの大統領になるか?と騒がれた人物の素顔に迫る映画『ピート市長 〜未来の勝利宣言〜』
- 1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
- TORAJIRO 個展「UNDER THE BLUE SKY」
- ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』
- 台湾映画界が世界に送る笑えて泣ける“同性冥婚”エンタメ映画『僕と幽霊が家族になった件』
- 生き直し、そして希望…今まで観たことのなかったゲイ・ブートキャンプ・ムービー『インスペクション ここで生きる』
- あらゆる方に読んでいただきたいトランスジェンダーに関する決定版的な入門書『トランスジェンダー入門』
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