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REVIEW

映画『ダラス・バイヤーズクラブ』

エイズ禍の時代のアメリカでの実話です。根っからの女たらしでゲイ嫌いだった男が、HIV感染をきっかけに変わっていく、その生き様、変わっていく姿が胸を打つ作品でした。

映画『ダラス・バイヤーズクラブ』

『マジック・マイク』では筋肉隆々のクラブオーナーを演じていたマシュー・マコノヒーが、21キロもの減量をして役作りに挑み、ゴールデングローブ主演男優賞を受賞した(アカデミー賞にも6部門でノミネートされ、受賞最有力候補と言われている)作品として、話題になっています。しかし、それだけではありません。今年のGLAADメディア賞にもノミネートされているのです。レビューをお届けします。(後藤純一)











 時は1985年。まだAZTも認可されておらず(治験段階)、治療法も確立されていないなか、エイズへの無知と偏見が社会にはびこっていた時代でした(触っただけでうつる、とか)
 テキサス州ダラスに住む電気技師のロンは、典型的なレッドネックで、ギャンブル好きで(賭け金を持って逃げたり)、ロック・ハドソンの新聞記事を読んで、仲間と「あのホモ野郎」「エイズはオカマの病気だ」などと嘲笑するようなホモフォビアまるだしな輩でした。正直、ヘドが出そうになります。人間のクズ、と言いたくなるような人物です。
 そんなロンは、仕事場の事故で病院にかつぎ込まれたとき、医者からHIV陽性であり余命30日であることを告げられます(CD4がたったの9しかない、生きているのが不思議だと言われます)。「この俺がオカマだって言うのか? バカもやすみやすみ言え」と医者を罵り、病院を飛び出します。
 1日目は友達のタッカー(警官、ギャンブル仲間)といっしょに、女を家(トレーラーハウス)に呼んでパーティを楽しんでいますが、ふと「HIVだって医者に言われた。バカな話もあるもんだ」とタッカーに告げ、「もしそれが本当だとしたら?」と問われ、考え込んでしまいます。
 2日目、ロンは図書館に行ってHIVのことを調べてみます。確かにHIV感染の原因は同性間の性行為が71%、クスリの回し打ちが17%でしたが、それ以外は異性間のコンドームなしのセックスだとわかり、ロンは自分の運命を悟り、覚悟します。そして、真剣に生き延びようともがきはじめます。
 偶然ストリップクラブで病院勤務の看護士を見かけ、ロンはAZTを手に入れますが、やがてそれも手配できなくなったと言われ、29日目、彼に紹介されたメキシコの病院に赴きます。そこで本当に効果のある治療を受け、奇跡的に回復したロンは、アメリカでは承認されていない治療薬(ddCやペプチドT)やビタミン剤を大量に持ち帰ります。
 ロンは余命を越えて生き延びましたが、かつての仲間たちは祝福してはくれませんでした。(自分がかつてそうしていたように)「オカマ」と罵られ、ばい菌のように扱われ、家にもいられなくなります。
 ロンは、病院で知り合ったトランスジェンダーのレイヨンと組んで、薬を欲しがっている人たちに売ることにします。もちろん認可されていない薬の密輸と販売は違法ですから、会員になったら好きな薬を買えるという法の網目をくぐるような方法で売ることにします。そうして会員制組織「ダラス・バイヤーズクラブ」がスタートします。
 アメリカではようやくAZTだけが正式に認可されますが、これは副作用(毒性)が強く、しかも法外な値段(年間100万円)でした。製薬会社と癒着したFDA(食品医薬品局)や病院は、死に瀕した人々に対し、そんなひどい仕打ちをしていたのです。一方、「ダラス・バイヤーズクラブ」では、たった4万円の会費を払えば、より毒性の低い、効果的な治療薬を手に入れることができます。クラブには多くのエイズ患者がやって来ました。その大半はゲイの人たちでした。
 あるとき、ロンがレイヨンといっしょにスーパーに出かけると、ひさしぶりにタッカーに会いました。ロンは「友達だ」とレイヨンを紹介しますが、タッカーは握手を断ります。するとロンは、後ろからタッカーを羽交い締めにして、握手しろと脅したのです…感動しました。あんなに「オカマ」と罵っていたロンが、今はトランスジェンダーの友達のために…胸を打たれるシーンでした。
 違法スレスレだった「ダラス・バイヤーズクラブ」はついに摘発を受け、ピンチに陥ります。果たしてロンとレイヨンはどうなるのか…そこはぜひ、映画館で観て確かめてください。(ちなみに、終盤、さらに感動を誘うシーンもあります)

 ロンは典型的なホモフォーブ(同性愛嫌悪者)で、どうしようもないクズみたいな輩でしたが、余命30日という残酷な運命に直面し、少しずつ変わっていきます(ガサツさとか女好きとかは変わりませんが)。最初は自分が生き延びるため、そして金儲けが動機でしたが、まるで研究者のように本を読んだり、スーツを着てビジネスマンのように立ち回ったりしながら、本当に効果のある治療薬をエイズ患者たちに届け、結果的に多くのゲイたちの命を救い、みんなから感謝されるような、立派な人間になっていくのです。そして、あれだけ暴言を吐いていた「オカマ」と友達になり、ゲイクラブにまで行き…その驚くべき変化(人間としての成長)にこそ、この物語の素晴らしさがあると感じました。

 人が変わったようになった(ゲイにとっての救世主的存在となった)ロンですが、では、「ダラス・バイヤーズクラブ」のために自身の幸せを犠牲にしていた、あるいはエイズ患者であるがゆえに恋愛やセックスをあきらめてしまっていたかというと、決してそうではありませんでした。ロンが「今自分にできる最高のもてなし」で意中の女性とのデートに臨むシーンは、本当にロマンチックで、幸せに満ちた、素敵なものでした。ロンはいつの間にか、ゲイだけでなく女性にも優しくなれる、言ってみれば「本物の男」になっていたのです。

 GLAADメディア賞にノミネートされたのもうなずけます。間違いなく名作です。マイノリティ差別の声が高まりつつある時代だからこそ、ぜひ多くの人に観てほしいと思います。


ダラス・バイヤーズクラブDallas Buyers Club
2013年/アメリカ/監督:ジャン=マルク・バレ/出演:マシュー・マコノヒー、ジャレッド・レト、ジェニファー・ガーナーほか/配給:ファインフィルムズ/シネマカリテほかで公開中

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