REVIEW
映画『夜に逃れて』
閉館が決まったシネマート六本木の特集企画で、台湾のゲイ映画『夜に逃れて』が上映されました。名作『さらば、わが愛 覇王別姫』を彷彿させる大河ドラマ的な悲恋の物語。涙なしでは観られない名作でした。
シネマート六本木は、アジアンクィア映画祭(今年は開催年にあたりますが、休止が発表されました。本当に本当に残念です)の舞台ともなった、素晴らしくフレンドリーな劇場でした。しかし、このたび閉館することが決まり、閉館前最後の特集上映「Cinemart Roppongi ~ Last Present」が開催されています。
その目玉作品のひとつが、台湾のゲイ映画『夜に逃れて』です。
<あらすじ>
舞台は1930年代の天津。名家に生まれ育った才女・英兒(インアー)と銀行家の跡取り・少東(シャオトン)は、親どうしが決めた許嫁だったが、自然と心を通わせていた。二人は、英兒の父親が経営する劇場で公演をしていた菎劇劇団の看板男優・林沖(リン・チョン)の演技の素晴らしさに感動し、林沖との仲を深めていく。林沖には黄子雷というパトロンがいたが、英兒や少東と過ごす時間が多くなり、やがて林沖は、少東に対して友情にとどまらない熱い想いを抱くようになる。林沖の想いを知った少東も、次第に彼を意識するようになり…
京劇の看板役者であり(チェリストである少東をして「アーティストだ」と言わしめるほどの素晴らしい俳優であり)パトロンもいる林沖ですが、日本の歌舞伎役者のようなセレブ感は全くなく、劇団の存続がその両肩にかかっているため、悲愴感が漂い、いつも浮かない顔をしています。実はそこには、不幸な生い立ちや、それゆえの悲しすぎる秘密(裏社会的な)もあったりするのですが、林沖は独り、じっと堪えて生きてきました。そんな林沖が、名家生まれの天真爛漫な英兒と少東によって外に連れ出され、少しずつ笑顔を見せるようになるのです。生まれて初めてできた友達。そして、生まれて初めて抱いた恋心。林沖にとって、それが唯一の生きる意味(希望)でした。しかし、時代が、身分の違いが、林沖と少東の愛を許しませんでした。もし彼らが今の台湾に生きていたら、きっと結ばれていたはず…と思うと、本当にせつなくて、泣けてきます。
しかし映画は、それだけでは終わりませんでした。あっと驚く出来事(そして暴かれる非道)、時代の大きなうねり。そして舞台は、映画の冒頭で年老いた少東が歩いていたニューヨークの街へと移り、英兒、少東、林沖の孤独と、永遠の友情と、愛の物語が完結するのでした。静謐で美しくも悲しいラストシーンに、場内ではすすり泣きが洩れました。とても2時間の作品とは思えない壮大なドラマでした。
驚くほど壮大で、さまざまな人間模様(愛憎)が交差するこの映画には、英兒、少東、林沖のほかに、もう1人、重要な人物が登場します。林沖のパトロン、黄です。黄は(まるで『パタリロ』のバンコランのように)髪の毛が腰まであるダンディな(たぶん多くのゲイは生理的に受け付けないタイプなのですが、世間的にはたぶん)イケメンですが、金にモノを言わせて林沖を独占し、少東とぶつかったりします(まるで『ムーランルージュ』のよう)。林沖がいつも浮かない顔をしていたのは、黄のことが嫌いだったから。それは確かなのですが、終盤、「え、うそ…」と言いたくなるようなエピソードが描かれていて、ある意味、この映画のなかで最も人間の深い真実が表現されていると感じました(ちょっと飛躍しているかもしれませんが、『ブエノスアイレス』を思い出しました)
『夜に逃れて』は間違いなく名作なのですが、なぜか今までほとんど上映されず(2001年のアジアフォーカス・福岡国際映画祭のみ)、今後も上映の機会があるかどうかわからない、もしかしたら「幻の名作」になってしまうかもしれない作品なのですが、いつかまたどこかのクィア映画祭やアジア系映画祭で観ることができるかもしれませんし、その時のためにレビューを書き留めておこうと思いました。
ちなみに、シネマート六本木では、最終日の14日(日)に、1999年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で話題騒然となった『美少年の恋』、1993年カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した故レスリー・チャン主演の不朽の名作『さらば、わが愛 覇王別姫』、そしてこれまた素晴らしい台湾の青春映画『GF*BF』が一挙上映されます。アジアン・ゲイ・ムービーの金字塔とも言うべき3作品が一度に観られる機会はそうそうありません。シネマート六本木、本当に素晴らしい映画館でした。ありがとうございました。アジアンクィア映画祭の思い出をかみしめたい方などもぜひ、足を運んでみてください。
『夜に逃れて』(原題『夜奔』、英題『Fleeing by Night』)
2000年/台湾/監督・脚本:シュー・リーコン(徐立功)、イン・チー(尹祺)/出演:レネ・リュウ(劉若英)、ホアン・レイ(黄磊)、イン・ジャオトー(尹昭德)、レオン・ダイ(戴立忍/ダイ・リーレン)ほか
INDEX
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- 1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
- TORAJIRO 個展「UNDER THE BLUE SKY」
- ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』
- 台湾映画界が世界に送る笑えて泣ける“同性冥婚”エンタメ映画『僕と幽霊が家族になった件』
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