REVIEW
映画『リリーのすべて』
今から80年以上前に世界で初めて性別適合手術を受けたアイナー・ベルナー(リリー・エルベ)と、その妻・ゲルダの愛と勇気の実話を描いた映画『リリーのすべて』。本当の自分、女性として生きることの悦びに目覚めていくリリーと、彼女を献身的に支え続けたゲルダの姿に胸を打たれる感動作です。

今から80年以上前に世界で初めて性別適合手術を受けたアイナー・ベルナー(リリー・エルベ)と、その妻・ゲルダの愛と勇気の実話を描いた映画『リリーのすべて』。本当の自分、女性として生きることの悦びに目覚めていくリリーと、彼女を献身的に支え続けたゲルダの姿に胸を打たれます。トランスジェンダーだけでなく、ゲイも登場します。アカデミー賞受賞作でもあります。ぜひご覧いただきたいと思います。(後藤純一)








監督は『英国王のスピーチ』『レ・ミゼラブル』のトム・フーパーです。2008年、トム・フーパーは脚本を読んで2回も涙したそうで、すぐに製作に取りかかりたかったものの、周囲から「たぶんこのテーマでは映画会社や配給会社を見つけるのはとても難しいだろう、リスクが高すぎる」と言われ、いったん保留に。そして、『英国王のスピーチ』や『レ・ミゼラブル』の成功を経て、ようやく『リリーのすべて』を撮れるようになったんだそうです(詳しくはこちら)
<あらすじ>
1926年、デンマーク。風景画家のアイナー・ベルナーは、肖像画家の妻・ゲルダに頼まれて女性モデルの代役を務めたことをきっかけに、自身の内側に潜む女性の存在を意識する。それ以来「リリー」という名の女性として過ごす時間が増えていったアイナーは、心と身体が一致しない現実に葛藤し、自分は間違って男性の体に生まれてきたんだと強く感じるようになる。ゲルダも当初はそんな夫の様子に戸惑うが、次第にリリーに対する理解を深めていく。
原題は「THE DANISH GIRL(デンマークの娘)」と言います。これはリリーのことだけではなく、妻・ゲルダのことも意味しています(パリで個展をやることになった時、彼女はDANISH GIRLと呼ばれていました)。この映画の主人公は、世界で初めて性別適合手術を受けたアイナー(リリー)だけではありません。彼/女を献身的に支え続けたゲルダもまた主人公なのです。周囲の偏見にも負けず、自身の内なる声に従って危険な手術を受けようと決意したリリーの勇気も讃えられるべきですが、夫が夫ではなくなる(それは、男性から女性になるということだけでなく、女性として他の男性の元に行ってしまうかもしれないという意味でもあります)という夫婦の危機を乗り越え、何があってもリリーに寄り添い、敢然と「彼女は正しい」と擁護し続けたゲルダの姿には、「これが愛というものだ」と思わずにはいられませんし、感動を禁じえません(よく恋愛ドラマで「たとえ世界中を敵に回しても、お前を守る」的なセリフが出てくると思いますが、それをリアルに体現しています。素晴らしいです)
トランスジェンダーという切り口で見ると、正直、初めは「倒錯」感があって、ドキドキしました。もともとアイナーは、絵の仕事の関係でバレエ団に出入りしていたのですが、そこに並んでいる衣装を見てうっとりしていました。それから(たぶんゲルダはアイナーのそういう部分を知っていたと思うのですが)ゲルダが、モデルが来なかったという口実で、アイナーにパンストとヒールを履かせてモデルに仕立て上げ、アイナーもまんざらではないというかすっかりご満悦な様子。そこから二人は嬉々として女装ゲームにハマっていき(今でも旦那の女装を見て奥さんが喜ぶことってあると思うのですが、そういう感じだと思います)、ゲルダは自分の下着を着けた夫とベッドを共にしたりもするのです。LGBTという言葉では決して伝わらないような、リアルにクィアなありようを見た気がして、目が離せませんでした。ゲルダは「リリー」にメイクを施し(もっとも、アイナーも画家なので、メイクの腕は十分でしたが)、舞踏会へ行こうと誘います。そこから、二人の間にあった確固とした夫婦の絆が、ほどけていくのです…。
もしゲルダが画家(アーティスト)じゃなかったら、リリーが家の中だけの「密やかな愉しみ」だったら、アイナーはずっと本当の自分を抑圧して(クローゼットな同性愛者のように)生きていったかもしれない、けど、サイは投げられました。いったん開け放たれた扉はもう閉まることはなく、リリーは女性として生きることの悦びに目覚め、男性の体で生まれてきたことの方が間違っていたんだ、と確信するようになるのです。映画は、リリーのことを「人々から蔑まれ、悲劇的な人生を送る”変態”」などではなく、美しい一人の人間として、そして、本当の自分を取り戻していくことの悦びの方をこそ描いていきます。
リリーが外に出るようになると、如実に社会の風当たりを受けるようになります(いくらリリーが絵のモデルとして脚光を浴びるようになったとしても)。リリーはゲイの男性(自身もゲイのベン・ウィショーが演じています)と知り合い、彼はよき理解者となります。ゲルダもまた、別の理解者を見つけ、協力してリリーの手術を支えます。さまざまな偶然が重なって、さまざまな人たちの理解・共感と支えがあって、リリーは世界で初めて、間違って生まれた身体の性別を自身が望む性別へと変更するという夢を叶えることができたのでした。彼女は本当に幸せだったと思います。
ちなみに、リリー・エルベはデンマークの人でした。デンマークは1989年、世界で初めて登録パートナーシップ法(同性カップルに一定の権利を認める法律)を認めた国でした。映画に描かれたデンマークは、寒々とした沼地であったり、おばちゃんたちが魚を売っている漁港であったりするのですが(先進国というよりは、保守的な田舎という印象。名作『バベットの晩餐会』でもそんな感じでした)、オランダなどと同様、何かきっと、寛容さの土壌があるのだろうと思うのですが、この映画では、その辺りはよくわかりませんでした。
さて、夫が女性へのトランスを望み、妻は戸惑いながらも夫に向き合い…というストーリーで、グザヴィエ・ドランの『わたしはロランス』を思い浮かべた方もいらしたかと思います。『わたしはロランス』の主人公・ロランスも自分は女性になりたいということに気づき、周囲の目を気にせず、堂々と女装姿で職場(大学)に出勤します(時代は90年代。カナダと言えど、まだトランスジェンダーの認知がそれほど進んでいなかった頃です)。ロックな音楽と共に、スカートを穿いてヒールをカツカツ言わせながら颯爽と歩くロランスはとてもカッコよかったです。しかし、ボーイフレンドが女性になると宣言したことに対する恋人の葛藤は、本当に重く、切なく、胸をしめつけるものがありました。現代的な感性で描かれた、映像美が光るトランスジェンダー映画でした。
アメリカで殺害されたFTMのブランドン・ティーナのことを描いた映画『ボーイズ・ドント・クライ』をご覧になった方もいらっしゃると思います。アメリカの現実、トランスフォビアの厳しさをまざまざと見せつけられる作品でした。
一方、『トランスアメリカ』という映画は、MTFトランスジェンダーの女性が、自分が父親であることを隠して実の息子とアメリカ大陸横断の旅に出るというロードムービーでしたが、感動的でとてもいい作品でした。
今までトランスジェンダーを正面から扱った作品(日本で一般公開された作品。ドラァグクィーンものは除く)としては、あとは巧みなストーリーテリングでアカデミー脚本賞に輝いたサスペンス映画『クライング・ゲーム』や、MTFトランスジェンダーのキラキラした生き様を素敵に描いた『プルートで朝食を』くらいしかありません。ゲイ映画に比べると、はるかに少なかったのです。そういう意味で、この『リリーのすべて』は、トランスジェンダー映画を代表するような傑作として長きにわたって語られるような作品となることでしょう。
『リリーのすべて』The Danish Girl
2015年/イギリス/監督:トム・フーパー/エディ・レッドメイン、アリシア・ビカンダー、ベン・ウィショー、セバスチャン・コッホ、アンバー・ハード他/全国で公開中
(C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
INDEX
- 家族のあたたかさのおかげで過去に引き裂かれた二人が国境を越えて再会し、再生する様を描いた叙情的な作品――映画『ユンヒへ』
- 70年代のゲイクラブ放火事件に基づき、イマの若いゲイと過去のゲイたちとの愛や友情を描いた名作ミュージカル『The View Upstairs-君が見た、あの日-』
- 何食べにオマージュを捧げつつ、よりゲイのリアルを追求した素敵な漫画『ふたりでおかしな休日を』
- ゲイの青年がベトナムに帰郷し、多様な人々と出会いながら自身のルーツを探るロードムービー『MONSOON モンスーン』
- アウティングのすべてがわかる本『あいつゲイだって ――アウティングはなぜ問題なのか?』
- ホモソーシャルとホモセクシュアル、同性愛嫌悪、女性嫌悪が複雑に絡み合った衝撃的な映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
- 世紀の傑作『RENT』を生んだジョナサン・ラーソンへの愛と喝采――映画『tick, tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』
- 空を虹色に塗ろう――トランスジェンダーの監督が世界に贈ったメッセージとは? 映画『マトリックス レザレクションズ』
- 人種や性の多様性への配慮が際立つSATC続編『AND JUST LIKE THAT... セックス・アンド・ザ・シティ新章』
- M検のエロティシズムや切ない男の恋心を描いたヒューマニズムあふれる傑作短編映画『帰り道』
- 『グリーンブック』でゲイを守る用心棒を演じたヴィゴ・モーテンセンが、自らゲイの役を演じた映画『フォーリング 50年間の想い出』
- ショーや遊興の旅一座として暮らすクィアの生き様を描ききったベトナム映画『フウン姉さんの最後の旅路』
- 鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の愛と性をリアルに描いた映画『異端児ファスビンダー』
- ぜひ映画館で「歴史」を目撃してください――マーベル映画初のゲイのスーパーヒーローが登場する『エターナルズ』
- 等身大のゲイの恋愛を魅力的なキャストで描いたラブリーな映画『クロスローズ』
- リアルなゲイたちの愛や喜び、苦悩、希望、PRIDEに寄り添う、心揺さぶる舞台『すこたん!』
- 愛と笑顔のハッピームービー『沖縄カミングアウト物語〜かつきママのハグ×2珍道中!〜』
- ムーミンの作者、トーベ・ヤンソンの同性愛をありのままに描いた映画『TOVE/トーベ』
- 伝説のデザイナーのゲイライフに光を当てたドラマ『HALSTON/ホルストン』
- 幾多の困難を乗り越えてドラァグクイーンを目指すゲイの男の子の実話に基づいた感動のミュージカル映画『Everybody’s Talking About Jamie ~ジェイミー~』
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