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REVIEW

映画『COMING OUT』(東京国立近代美術館フィルムセンター「DEFA70周年 知られざる東ドイツ映画」)

東京国立近代美術館フィルムセンターで、1989年の『COMING OUT』というゲイ映画が上映されています。同じ80年代に製作された『トーチソング・トリロジー』や『モーリス』などにもひけをとらない、隠れた名作です。この機会にぜひ!

映画『COMING OUT』(東京国立近代美術館フィルムセンター「DEFA70周年 知られざる東ドイツ映画」)

旧東ドイツ唯一の公式映画製作機関として、1946年から1990年までの間に7000本以上の劇映画、アニメーション、ドキュメンタリーやニュース映画を製作したDEFA(デーファ。Deutsche Film Aktiengesellschaft)。DEFAは、1912年に活動を開始したヨーロッパで最も古いバーベルスベルク撮影所を拠点に、戦前ドイツの映画美術や技術を継承し、個性的で豊かな映画文化を育みました。東京国立近代美術館フィルムセンターで、DEFA創設70周年にあたる今年、日本で初めての本格的なDEFA回顧上映が開催されています。24のプログラムの中に、DEFAが唯一同性愛を正面から描いた劇映画で、ベルリンの壁が崩壊した1989年11月9日に公開され、1990年のベルリン国際映画祭の銀熊賞に輝いた記念碑的な作品『COMING OUT』があります。おそらく東側の作品だったためでしょうが、こんな名作が今まであまり知られてこなかったのは本当にもったいない!と思わせる、80年代に製作されたゲイのセクシュアリティやリアリティを描いた作品としては『トーチソング・トリロジー』や『モーリス』などにもひけをとらない、隠れた名作です。レビューをお届けします。(後藤純一)

 









 新年を祝う花火の中、病院に救急搬送される美青年。彼は、毒物を飲んで自殺を図ったらしい。「なぜこんなことをしたの?」と医師に聞かれ、青年は涙を流しながら「自分はホモセクシュアルだから…」と告げる。そんな衝撃的なシーンから始まります。

 教師をしている主人公・フィリップは、男らしさと知的さを兼ね備えたイイ男。当然、言い寄ってくる女性が現れ、つきあうことになります。ラブラブで絵に描いたように幸せな二人は、ある日、一緒にオペラ『フィガロの結婚』を観に行きます。その帰りの電車の中で、スキンヘッドの男たちが黒人を殴っている現場に遭遇します。周りの人たちは見て見ぬふりをしますが、フィリップは、いてもたってもいられず、勇敢に突っかかっていきます(返り討ちに遭い、顔にケガを負います)。その様子を見ていたのが、冒頭の美青年でした。
 それからまたある日、彼女が以前、隣りに住んでいて仲良くなったという男が、部屋に遊びに来るという話になりました。が、やって来た男を見て、フィリップはひどく驚きます。動揺すらしているように見えたのは、その男が高校時代の同級生だったから、というだけではありませんでした…。
 フィリップは、ふらふらとゲイバーに足を向けます。中で繰り広げられていたのは、まるでワイマール期のカバレット(キャバレー)のようなド派手な饗宴。女装したり、思い思いの格好をした人たちが陽気に騒いでいました。そこには、あの美青年もいました。
 さらに、フィリップは、コンサートを観るために並んでいた列で、偶然、あの美青年に会います。彼はマティアスと名乗りました。マティアスはずっと前からフィリップのことを見ていた、好きだったと告白し、フィリップは心を動かされます。そして…

 主人公のフィリップは、観客の多くが感情移入し、応援したくなるだろう、魅力的な人物です。この映画は、彼の心の旅を描いた物語です。
 女性にさぞかしモテるだろう、ちょっと陰があってナイーブな好青年、フィリップ。しかし、彼には1つだけ、秘密がありました。高校時代に同級生の男と関係を持っていたのです。その男が、自然にゲイとして生きていったのとは対照的に、フィリップはそれを「恥ずかしいこと」として封印し、女性とつきあい、結婚までしました。しかし、あの男にまた会ってしまったことをきっかけに、心の奥底に閉じ込めていた欲望が再び頭をもたげてきて、葛藤を始めます。自分にとって、本当の幸せとは何なのか。家族を作って、子どももいて、人々に祝福される人生が幸せじゃないのか。その場かぎりの享楽に身を委ね、まともじゃない生き方をしている「ホモ」に未来はあるのか(その切実な苦悩は、数十年の時を経た僕らの心をもヒリヒリと痛ませます)。ヤケを起こし、ボロボロになったフィリップの姿は、愛おしさくてたまりませんでした。
 
 そして、そんなフィリップに恋してしまうマティアスという美青年は、もう一人の主人公。若くて純粋なゲイです。
 マティアスにとってフィリップは、本当に惚れ惚れするような、人格的にも素晴らしい、憧れの人でした。そんな人がゲイバーに来ていたのを発見して、マティアスは目を真ん丸に見開いて、夢でも見てるんだろうか、という表情でずっと見つめています(その表情が千の言葉よりも感情を雄弁に物語っています)。そして、何年か越しの思いを、とうとう、フィリップに伝える日が来るのです。なんという健気さ。なんという純情。どうか幸せになってほしい、そう願わずにはいられません。 
 しかし、運命の女神は二人に微笑んではくれませんでした…。あの時代の東ドイツじゃなければ、二人は幸せになれたでしょうに…。(クリスマスの『メサイア』のコンサート会場で)残酷な真実を知った19歳のマティアスは、あの時とは全く逆の意味で、目を真ん丸に見開いて、ハラハラと涙を流します…(あんな涙ってあるでしょうか…ちょっと言葉で伝えるのが難しい、途轍もない悲しみの表情でした。冒頭の自殺未遂のシーンは、この後の出来事なのかな?と思いました)
 
 もう一人、自暴自棄になったフィリップを助けてくれる、70代くらいのゲイの人が登場するのですが、この人の言葉は、本当に重みがありました。ドイツで大戦を生き延びた同性愛者でなければ語れない、真実の凄み。『BENT』を彷彿させるものがありました。

 そういう人々の人間模様や感情が、説明的にではなく、とても映画的に(時々ハッとさせられるようなシーンがありました)描かれていて、素晴らしい作品でした。と同時に、例えば、人生最悪な状況になっているフィリップの横で、ヤスい女装が最高にバカバカしいショーをやっていたり、マティアスとフィリップの最高にハッピーなシーンでシェーンベルクみたいな不協和音バリバリの不安げな音楽が鳴り響いていたり(そんな映画、今まで観たことありません!)、前衛的というか、ハズしているというか…な表現が所々にあって(たぶん、東ドイツ的なのでしょう)、とてもおもしろかったです。

 2014年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映された『フリー・フォール』もそうだったのですが、なかなか自分がゲイであることを受け容れられずに苦悩する、男性性が強い(ノンケっぽい)タイプの主人公は、数多あるゲイゲイしくてキラキラした作品とは異なり、独特のセクシーさがあります。フィリップを演じたマティアス・フライホーフ(2008年の『ワルキューレ』にもヒムラー役で出演していたそう)は、典型的なイケメンではないかもしれませんが、マッチョだし、憂いと男の色気がにじみ出るような、イイ男でした。横向きで切なげに佇んでいるだけで絵になるし、なんだか目が離せなくなるのです。勝手に心の中で「東ドイツのジェームズ・ディーン」と呼んでました。ストレートの俳優さんですが、この時代によくぞこの役で出演してくれました!と拍手したくなりました。
 
 この幻の名作、この後の上映は12月6日(火)15:00-となります。平日ではありますが、もしご都合つくようであれば、ぜひご覧ください。来年には、福岡と京都でも上映されます。
 


『COMING OUT』
1989年/東ドイツ(DEFA)/監督:ハイナー・カーロウ/出演:マティアス・フライホーフ、ダグマー・マンツェル、デルク・クマー、ミヒャエル・グヴィスデーク、ヴェルナー・ディッセル他

東京国立近代美術館フィルムセンター「DEFA70周年 知られざる東ドイツ映画」
『COMING OUT』上映
日程:2016年12月6日(火)15:00 ※開映後の入場はできません
会場:東京国立近代美術館フィルムセンター大ホール 
主催:東京国立近代美術館フィルムセンター、DEFA財団、ドイツ・キネマテーク
協力:東京ドイツ文化センター、山根恵子(法政大学名誉教授)
定員:310名(各回入替制)
料金:一般520円/高校・大学生・シニア310円/小・中学生100円/障害者(付添者は原則1名まで)、キャンパスメンバーズは無料

巡回上映情報
会場:福岡市総合図書館 映像ホール・シネラ
会期:2017年4月1日(土)から4月23日(日)
*休館日:月曜日、火曜日

会場:京都国立近代美術館
会期:2017年5月12日(金)、13日(土)、14日(日)

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