REVIEW
映画『たかが世界の終わり』
オープンリー・ゲイの若き天才映画監督、グザヴィエ・ドランの待望の新作『たかが世界の終わり』が公開されています。フランスを代表する名優たちを豪華に使い、ゲイの主人公の12年ぶりの帰郷を通じて、「家」という地獄を鮮烈に描ききった傑作です。

オープンリー・ゲイの若き天才映画監督、グザヴィエ・ドランの待望の新作『たかが世界の終わり』が公開されています。デビュー作『マイ・マザー』がカンヌに招待され、『Mommy/マミー』は審査員賞を受賞、今作『たかが世界の終わり』はグランプリ(2位)に輝き、弱冠27歳にしてカンヌ国際映画祭の常連となっているグザヴィエ・ドランは、最近ではアデル『Hello』のMVを手がけ、この曲の世界的ヒットに貢献しています(テイラー・スウィフトが持っていた、24時間以内で最も視聴されたVEVOのMVの記録を更新したほか、VEVOにおいて最速で再生回数1億回に達し、マイリー・サイラスが持っていた記録を更新)。『たかが世界の終わり』は、マリオン・コティヤール、レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセルといったフランスを代表する名優たちを豪華に使い、死期が迫るゲイの主人公の12年ぶりの帰郷を通じて、「家」という地獄、不条理なまでのディスコミュニケーションを鮮烈に描ききった傑作です。レビューをお届けします。(後藤純一)
原作は、1995年にエイズで亡くなったというジャン=リュック・ラガルス(ゲイの方だそうです)の戯曲『まさに世界の終り』です。映画もほぼ原作通りで、1幕ものの舞台劇のような趣です。(一緒に観に行った元彼が教えてくれたのですが、1日のうちに、1つの場所で、1つの行為だけが完結する「三単一の法則」というフランス古典演劇における規則を踏襲しているそうです)
ゲイの主人公・ルイが12年ぶりに実家に帰省する、その家の中での家族のやりとりが描かれています。
日本(やアジア)の映画だと、家族が同性愛に理解がなく、親にカミングアウトできないか、言ったとしても、父親が怒鳴り、母親が泣きはじめ…といった展開が予想されると思います。しかし、この作品は、そうではありません。主人公がゲイであることはみんな承知していて、ゲイであること自体は特段、問題視されてはいません(よく理解し、受け容れているかというと、?という感じではありますが)。焦点は、この家でのルイの居心地の悪さにあります。何しろ若い頃にこの家を出て、12年間も寄り付かなかったわけですから、そこには、帰れなかった相応の理由があります。映画を観ていくうちに、ルイがなぜ帰ろうとしなかったのか、その気持ちがわかってきます。それはもう、いやというほど。一瞬たりとも気の抜けない、息の詰まるようなシーンの連続です(ただ、若い頃の彼氏との思い出だけが、美しく輝いています)。この作品に描かれているのは、家(ホーム)という名の地獄です。
<あらすじ>
死期が迫っていることを家族に伝えるため、12年ぶりに故郷に帰ってきたゲイの劇作家ルイ(ギャスパー・ウリエル)。母(ナタリー・バイ)はルイの好きな料理を用意し、妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)はいつもより着飾り、そわそわしながら彼の帰りを待っていた。そんな二人とは対照的に、兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)は彼をそっけなく迎える。アントワーヌの妻カトリーヌ(マリオン・コティヤール)は、ルイとは初対面だった。ぎこちない会話が続く中、ルイはデザートの頃には打ち明けようと決意。しかしアントワーヌの激しい言葉を皮切りに、それぞれの胸の内にあった感情が噴出する…。







とても美しい青年であるルイは、理由が何なのかは明らかにされませんが(ガンとか白血病かもしれませんし、原作者と同様にエイズを発症しているのかもしれませんが)、もうすぐ死ぬ運命にあり、家族にお別れを言うために、12年ぶりに帰郷します。実家は田園風景が広がる(たぶんカナダかフランスの)田舎にあり、ルイは(たぶんパリかモントリオールの)街に暮らし、劇作家として成功しています。
久しぶりに帰ってきたルイを、家族は頑張ってあたたかく迎え入れようとします。幸せな光景であるはずの帰郷なのに、映像からは、じっとりと汗がにじむような、めまいがして空間が歪んでいくような、異様な緊迫感がにじみ出ます。その緊迫感の正体が何なのか、次第に明らかにされていきます(ここでは、詳しくは書きません)
ルイは、常に穏やかな微笑みを浮かべ、必死に感じよく振る舞おうと努めます。が、しばしば、家族どうしの諍いや、がさつさを前に、何も言えなくなって呆然とします。その沈黙が、ものすごくいろんな感情を雄弁に伝えています。
12年前、なぜルイが家を出なければいけなかったのか、容易に想像できます。
家族は(ルイが家を出た真意を知ってか知らずか)もっと頻繁に帰省してほしいし、家族とコミュニケーションしてほしいという、ごくごく当たり前の気持ちを持ち、精一杯うまくもてなそうと努めています。でも、とてもじゃないけどそんなこと無理!と思ってしまうほど、絶望的なまでの不条理なディスコミュニケーションが繰り広げられます。ルイは結局、言いたいことを家族に告げることすら許されませんでした。最後の帰郷かもしれないのに…。途轍もない孤独感です。これが悲劇でなくて何なのでしょうか…。
もしあの家で、あの家族と一緒に暮らし続けていたら、劇作家としての才能を開花させられなかったどころか、精神を病んでしまっていただろう、今頃この世にいなかったかもしれない、と思います。ルイにとって家(ホーム)とは、安らぎや癒しの場などではなく、「呪い」あるいは「地獄」でしかなかったのです。
公式サイトには「怒りも憎しみも悲しみも、そのすべてが愛だと気づく時、私たちは絶望の中にこそ希望があると知る」と書かれています。もしかしたら一般の観客の中には、この映画を観て、ああ、わかる、こういう人っているよね、いろいろ大変だけどさ、血のつながった家族なんだから、お互い我慢もして、ずっとつきあっていかないといけないよね、それが絆っていうものじゃない、だって端々に家族の愛情を感じるよ、みたいな感想を述べる方もいるかもしれません。
そんな生易しいものじゃない、と思います。ルイが家を出て行かざるをえなかった理由を本当の意味ではわかっていない家族のように、この映画を観て「愛」とか「希望」と言ってしまえる人はきっと、なぜ僕らが都会を目指すのかを理解できないのだろうな、と思います。その断絶の深さたるや…。
(すべての、とは言えませんが、典型的な)ゲイの人にとって、こういう家で暮らし続けることは自殺にも等しいということが、画面の端々から、無言の阿鼻叫喚、断末魔の叫びとして伝わってきます。筆者自身、田舎で生まれ育った人間なので、粗野で下卑た男たちによって強固に守られてきた「伝統的な」男尊女卑社会にゲイの居場所なんてないのだということを、あらためて、痛いほど、めまいがするほどリアルに思い知らされ、いろんなトラウマがフラッシュバックしてきました。悪夢のような、恐ろしい映画体験でした。
現代の「アンファン・テリブル」グザヴィエ・ドランは、デビュー作の『マイ・マザー』以来、繰り返し、肉親や、田舎で鬱屈している人々の内に潜むある種の狂気や恐ろしさを描いてきましたが、ついに『たかが世界の終わり』でそれが極限まで高められ、完成を見たのだと思います。だからこそ、カンヌでグランプリを授けられたのでしょう。
この春、『ムーンライト』や『ラ・ラ・ランド』、『彼らが本気で編むときは、』だけでなく、ぜひ『たかが世界の終わり』もご覧いただければと思います。

『たかが世界の終わり』Juste la fin du monde
2016年/カナダ・フランス/監督:グザヴィエ・ドラン/出演:ギャスパー・ウリエル、レア・セドゥー、マリオン・コティヤール、ヴァンサン・カッセル、ナタリー・バイほか/新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国でロードショー公開中
INDEX
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
- 絶望の淵に立たされた同性愛者たちを何とか救おうと奮闘する支援者たちの姿に胸が熱くなる映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』
- スピルバーグ監督が世紀の名作をリメイク、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わったミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』
- 同性愛者を含む4人の女性たちの恋愛やセックスを描いたドラマ『30までにとうるさくて』
- イケメンアメフト選手のゲイライフを応援する番組『コルトン・アンダーウッドのカミングアウト』
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