REVIEW
映画『キング・オブ・エスケープ』
『湖の見知らぬ男』のアラン・ギロディ監督による、セクシュアリティの本質を描いた傑作。とてもエキサイティングで、笑えるシーンも多々ありつつ、深い真実を語っていたりもする、他に類を見ないような奇想天外なゲイ映画です。

2014年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映され、立ち見が出るほどの大盛況を博した『湖の見知らぬ男』。もともとカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞し(クィア・パルムも受賞)、フランスの権威ある映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」の2013年映画ベスト10で第1位(スゴイ!)に輝いたという、映画として国際的に絶賛された作品です。その『湖の見知らぬ男』の前に、アラン・ギロディ監督が撮った『キング・オブ・エスケープ』というゲイ映画があり、こちらもカンヌに出品されたほか、2009年の東京国際映画祭でも上映されました。そしてこの『キング・オブ・エスケープ』が2017年、「第20回カイエ・デュ・シネマ週間」のアラン・ギロディ特集でひさしぶりに上映されました。レビューをお届けします。(後藤純一)










舞台はフランスの田舎町(ちょっと離れると山とか畑。農村かもしれません)です。主要な登場人物のほとんどが中高年で、恰幅のよい(クマ系の)主人公のアルマンが若々しく見えるくらいです。農機具のセールスマンをしているアルマンはゲイで、町から少し離れた山奥のハッテン場に通っています。
ある夜アルマンは、おじいさんの尻を追っかけて町を歩いている時に、たまたま少女が不良たちに暴行されそうになっているのを見かけて、ちょっとためらいつつも、助けます(暴力で解決しないところがゲイだなあと思います)。助けてもらったカルリ(16歳)は瞬間的にアルマンを好きになってしまいます。カルリを家に送り届け、親にも感謝され、アルマンも悪い気はせず、半ば親公認でつきあいが始まるように見えたのですが…。
この後、「ごめん、本当は俺ゲイなんだ」という告白でカルリが悲しんで終わり、とか、アルマンが本人にも親にも隠し通したまま偽装結婚を目指す、とかではない、すべてがオープンな状態でありつつ、あっと驚く展開になっていくところが、この作品の面白いところです。
まず、今までゲイとしてずっと生きてきた(しかもフケ専気味の)43歳が、突然少女と恋愛するようになったことについて、ゲイの仲間から疑問の声が上がります。「女とできるの?」。アルマンは「できるさ」と答えます。このあたりは決して不自然ではなく、リアルだと思いました(ゲイの世界でも、ゲイだと思ってた人が実はバイセクシュアルだったということがあると思います。男性はたくましい兄貴系が好きで、女性は華奢な感じの人が好きという方など)
カルリの父親は、仕事関係でアルマンのこともよく知っていて、ゲイとして生きてきたことも知っています。セクシュアリティのことを理解したうえで、16歳の娘とアルマンがつきあっていくことに反対するのです。反対の仕方が凄まじく、オドロキの展開になるのですが…。
だんだんと明らかになっていくのですが、この町にはゲイやバイセクシュアル男性がとても多いです。レインボーフラッグを振って、とかではなく、こっそりと、という感じではあるのですが。それにしても多いです。ある意味、マジョリティ。
親に反対されたこともあり、アルマンとカルリは駆け落ちするのですが、成り行き上、このゲイやバイセクシュアルの男たちも追っ手に加わります。(このあたり、ハチャメチャ感満載です)
アルマンはとにかく逃げます(「キング・オブ・エスケープ」です)。走ります。なぜかパンツ一丁で森の中を走り回ったりします。ストレート男性の目には太ったおじさんがパンツ一丁で走る姿はコミカルに映るかもしれませんが、クマ好きのゲイから見ると、たいへんセクシーです(そういう風に計算されているとしたら、スゴい)
二人の逃避行の行方は…書かないでおきますが、性愛についてのとてもリアルな真実が表現されており、そして、心温まるラストシーンにはジーンときました(なぜか会場からは笑いが起こっていましたが)
全体として、セクシュアリティ(性的指向という意味でも、性愛という意味でも)の本質に迫る傑作だと感じました。
ゲイとしてのアルマンは、フケ専みたいだけど、年上だったら誰でもいいというわけではなく、結構「タイプじゃない」と拒んだりします。途中で、本当にタイプな人が誰なのか明らかにされるのですが、「そこか!」という感じです(「好きです。つきあってください」ではなく、「タイプです。ヤラせてください」というふうに単刀直入に語られるところが潔い)。アルマンがどういうプレイが好きかということもちゃんと描かれていて、ゲイ=アナルセックスみたいなステレオタイプではないところも好感が持てました。
これまでのほとんどの映画は、男女モノであれセクシュアルマイノリティ映画であれ、セックスの描写を回避するか、美しくコーティングして見せるかのどちらかだったと思います。『キング・オブ・エスケープ』はそうではなく、セックス(しかもほとんどがゲイセックス)についての語りや表現がとても率直で、物語の中でとても重要な位置を占めています。
典型的なラブロマンスで二人が(性格の不一致とかで)ケンカするようなシーンも、セックスにおける失敗(そりゃそうだよね、とうなずいてしまうような)だったりしますし、映画のクライマックス的なシーンでも、二人の愛を盛り上げるような美しい描写とは真反対の、しかし、セックスにおける大切な真実(ついついヤリ捨てしがちだけど、相手を気遣う姿勢があれば、自分ももっと楽しめるんだよ、みたいな)が伝えられるようなものになっています。そして、この映画がアルマンの性愛をめぐる冒険だとすれば、(奇想天外には見えますが)ちゃんと首尾一貫した成長譚になっていると思います。
そして、通常の映画では2時間かけて1つのテーマ(メッセージ)が語られるわけですが、この作品では、恋というのは理由があって始まるものではないが、終わりには理由がある、とか、好きという気持ちとセックスしたいという気持ちは不可分である、とか、セクシュアリティについての真実が語られまくり、ハッとさせられまくりなのです。
性教育の教材にはしてもらえないかもしれませんが、性について語った映画としては『ショートバス』と並ぶくらいの傑作と言っても過言ではないと思いました。
東京での上映は終わったのですが、「第20回カイエ・デュ・シネマ週間」の巡回上映として、横浜で4月15日(土)、5月13日(土)、7月8日(土)に上映されます。この機会を逃すと、この先いつ観られるか…という感じですので、ぜひ。
『キング・オブ・エスケープ』Le roi de l'évasion [The King of Escape]
2009年/フランス/監督:アラン・ギロディ/出演:リュドヴィック・ベルティヨ、アフシア・エルジ、ピエール・ロールほか
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