REVIEW
映画『ムーンライト』
月明かりの下で青く光る愛のかけらは、本当に儚く、一瞬の夢のような出来事で…美しくも切ない男どうしの純粋な恋の物語であり、同時に、静かな怒りを感じさせる名作『ムーンライト』。クィア映画として初めてアカデミー作品賞を受賞した、この歴史的、記念碑的な作品をぜひ、映画館でご覧ください。
あの『ブロークバック・マウンテン』も獲れなかったアカデミー作品賞を、ついに獲得した『ムーンライト』。ある意味、悲願を達成した、歴史的な、記念碑的な作品になりました(おそらく天国のヒース・レジャーも拍手を贈ってくれていることでしょう)。オープンリー・ゲイのタレル・アルヴィン・マクレイニーの『In Moonlight Black Boys Look Blue』という戯曲が原案で、この物語は彼自身の子ども時代のお話なんだそうです。タレルと同じ街・同じ学校の出身であり、母親が麻薬中毒でネグレクト(育児放棄)されていたという境遇も同じだったバリー・ジェンキンスが、タレルとともに脚本を書き、映画『ムーンライト』として完成させました。すでにご覧になった方も多いこととは思いますが、レビューをお届けします。(後藤純一)
『ブロークバック・マウンテン』や『キャロル』のように、本当に切なくて、それでいてとてもいい映画を観た後は、しばらく余韻を引きずります。『ムーンライト』もそういう映画でした。
同時に、ちょうど映画祭で『夜間飛行』を観た時のように、心がヒリヒリしました。泣き顔を隠すためにわざと眉間にしわを寄せて肩で風を切って歩いてしまうような、そんな感覚です。
そして、『トーチソング・トリロジー』のラストシーンのように、大切なものとしてギュッと抱きしめていたい、そういう気持ちにさせられる映画がまた一つ登場した、「心の名画」の棚に(カバーを表に向けて)置いておこうと思える作品でした。
お話はごくシンプルで、言葉少なく、役者さんの表情が豊かに感情を物語ります。
<あらすじ>
マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年シャロンは、学校ではいじめられ、家庭では麻薬常習者の母親からネグレクトされていた。そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアン夫妻と、唯一の友達であるケヴィンだけだった。高校生になったシャロンは、ケヴィンに対して友情以上の思いを抱くようになるが……
ひ弱で「リトル」と呼ばれていた少年・シャロンは、どこか「男らしくない」がゆえにいじめられていました。シャロンが高校生になっても状況は変わらず、ますます悪化し、暴力は凄惨にエスカレートしていきます。もし自分が同じ立場だったら…と想像すると、ゾッとします(たぶん、自殺するか、逃げ出すか、です)
『ムーンライト』は、淡々とした語り口ではありますが、わざと差別的な言葉を使い、「男らしくない」男に暴力を振るい、乱暴さを誇示することによって自らの「男らしさ」を証明しようとする、男社会の呪縛とも言うべき態度に、明確にNOを突きつけます。本当はそんなことしたくない男の子でさえ、立派な「男である」ことを証明するために、暴力を振るわざるをえない状況に追い込まれていく、そういう悲しさや不条理さを告発しています。「もうこんなクソみたいなこと、やめようぜ。負の連鎖を断ち切ろうぜ」と、静かな「怒り」が炸裂しているのです。
たまたま舞台はマイアミのスラム街の黒人社会ですが、これは世界中の男社会に共通する普遍的な「病」なのだと思います(ホモフォビアという「病」もその中に含まれています)
もう1つは、「世の中、捨てたもんじゃない」というメッセージです。
助演男優賞を獲ったマハーラシャ・アリが、本当に本当に素晴らしかったのですが、フアンという男が、いじめられていたシャロン(「リトル」と呼ばれていた子ども)を助け出し、慰め、守り、妻のテレサとともに、親代わりのような存在になっていきます。彼の表情(目尻に寄ったしわとか)に刻まれた、苦労を知っている大人だからこその優しさ。フアンとテレサがいなかったら、たぶんシャロンは生きていけなかったでしょう。シャロンは成長してフアンそのものになるわけですが、そういう道しか選べなかったから、というよりも、きっとフアンのようになりたかったんだと思います(あるいは、自分の人生を捧げて恩返しとか罪滅ぼしをしたかったのではないかと思います。今の自分が生きていられるのはフアンのおかげだから、と)
そして、ほぼ乱暴でいじめる側にしかいない男の子たちの中で、ただ一人、シャロンに声をかけ、友達でいてくれたケヴィンという男の子がいました。シャロンにとってケヴィンは「希望」であり、「生きる意味」でした(ちなみに、高校生のケヴィンを演じたジャハール・ジェロームは、とても魅力的な男の子だと思いました。シャロンとは対照的な溌剌さ。キラキラした瞳の輝きは、月というよりも太陽のようでした)
母親はジャンキーで家にも居場所がなく、学校ではいじめられ、何もいいことがない、人生の意味を見い出せなくなったとしてもおかしくないシャロンが、緩慢な死を選ばず、敢然と立ち上がったのは、たぶん自分のためというよりも、ケヴィンのためだったんじゃないかと思います(『夜間飛行』のハン・ギウンのように)
シャロンは成長して別人のように生まれ変わり、麻薬ディーラーの「ブラック」と呼ばれる男になります。ブラックの過剰な「男らしさ」は、複雑な思いを抱かせます。子どもの頃はいじめられてたけど、さすがにこれだけのタフガイになればもう大丈夫だろう、サバイバルできてよかったね、という気持ちと、ここまでしなければ生きていけないのか…という切なさ。彼が決して「人生の勝利者」などではなく、誰も逃げ出せない「男らしさという呪縛」の犠牲者であるということは明らかです。
ブラックが苦労して獲得した「男らしさ」は、どんな地域に住むゲイであれ、多かれ少なかれそうすることを強いられている強迫観念であり、自分の身を守るための鎧や仮面です。おそらく気が遠くなるような昔から、ゲイたちはああやって、筋肉の鎧を身にまとい、デカイ車に乗り、金のグリム(マウスピース)をつけ、孤独に闘ってきたのです。
一方で、ゲイ的な目線で見ると、ブラックはかなりセクシーで、あれだけマッチョになったら相当モテるだろうとも思わせるものがあります。お金にも不自由してないみたいだし、彼氏がいたり、男遊びしてたりするんじゃないの?と。しかし、物語は、驚くべき展開を見せます。
『ムーンライト』は純愛映画だと言われています。その通りだと思います。ある意味、現代の奇跡です。
ブラックの仕事の相棒がどこか若い頃のケヴィンに似ているのも、偶然じゃないと思います。
月明かりの下で青く光る愛のかけらは、本当に儚く、一瞬の夢のような出来事でした。まさかそれが…。
確かに純愛なのですが、そんな生易しい言葉では言い尽くせない、世間の人たちが思ってる以上のスゴいこと、驚天動地の出来事だと(スレまくっている自分は)思い、感嘆しました。
ブラックはきっと今でも、硬い、ぶ厚い鎧を決して脱ぐことなく、生きているのでしょう。そして、それ以上に、彼が絶望せずに生きてこれたのは、あの浜辺の思い出のおかげであり、それが人生のすべてなのかもしれないと思いました。
もしかしたら、自分が何者なのかもよくわかっていない小さいリトルが、フアンとテレサに向かって「faggot※って何?」と尋ねた時から、「faggotにはなるまい」と自分を押し殺してきたのかもしれません。その後のシャロンの人生は、いわば、その問いへの答えだったのですが、いくら「faggot」という言葉の呪いを必死に振りほどこうともがいても、どうしてもできなかった…。だからこその、あのラストシーンだったのです。シャロンはあの時やっと、自分の人生の一歩を踏み出せた(ある意味、gayになれた)のではないかと思います。
※faggotは、ゲイに対する蔑称。もともと"bundle of sticks"(薪の束)という意味で、どのように侮蔑語に変わっていったのかははっきりしませんが、中世の同性愛者が火あぶりの刑にされたことと結びつける説もあるし、薪を集める老女を意味する16世紀のfaggot-gathererという言葉と結びつける説もあるそうです(Dailyillini.com「’Faggot' is more than just a bundle of sticks」より)。いずれにせよ、ひどく侮蔑的で、公の場で発すれば大問題になる言葉です。
監督のジェリー・バンキンスは、おそらくこの映画を、同じマイアミのスラム街で育ったBro(仲間)への友情の気持ちで撮ったんだろうなと思い、胸を打たれました。役者さんも素晴らしかった。ゲイ映画とも言えますが、それ以上にアライの人たちの「心意気」の映画だと思いました。
映像の美しさ、ウォン・カーウァイの影響も、随所で語られている通りです(映像の美しさの秘密についてはこちらをごらんください)
音楽の使い方もとてもよかったです。
通常は単館上映になるようなところを、シネコンの大スクリーンで観れるのは、アカデミー作品賞受賞のおかげです。歴史的・記念碑的な作品をぜひ、映画館でご覧ください。
『ムーンライト』Moonlight
2016年/アメリカ/監督:バリー・ジェンキンス/製作総指揮:ブラッド・ピット/出演:トレヴァンテ・ローズ、アシュトン・サンダース、アレックス・R・ヒバート、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、アンドレ・ホランド、ジャネール・モネイ、ジャハール・ジェロームほか/全国で上映中
INDEX
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SCHEDULE
- 11.02九州レインボープライド
- 11.02VERSUS
- 11.02堂山六尺男児
- 11.03やまがたカラフルパレード
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