REVIEW
映画『キキ ―夜明けはまだ遠く―』(レインボー・リール東京2017)
『パリ、夜は眠らない。』と地続きなNYのクィアカルチャーの今を映し出し、2016年ベルリン国際映画祭テディ賞最優秀ドキュメンタリー賞をはじめ世界の映画祭で高く評価された作品。本当にいい映画です。必見!
現在、シネマート新宿にて第26回レインボー・リール東京(新宿)が開催中です。『キキ ―夜明けはまだ遠く―』は、25年前の名作『パリ、夜は眠らない。』と地続きな、NYのクィアカルチャーの今を映し出した作品です。2016年ベルリン国際映画祭テディ賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、世界の映画祭で高く評価されました。本当にいい映画です。レビューをお届けします。(後藤純一)
そう、ヴォーギングはもうマドンナの『ヴォーグ』の時代とはずいぶん変わっています。音楽自体がHIP HOPとミクスチュアされたテイストになり、MCがDJに合わせてラップを入れるし、ダンスも、あの超高速なハンドパフォーマンスだけでなく、しゃがんで足を交互に前に出したり、激しく床に背中をつけたり(観客から「アーッ!」という合の手が入ります)、以前とはだいぶ違ったスタイルになっています(実は『マジック・マイクXXL』でチャニング・テイタムもこのスタイルのヴォーグを見事に踊っています)。惚れ惚れするくらいカッコいいダンスをカメラの前で次々に披露してくれる若者たち…シビれます。
しかし、夜の公園でヴォーグを必死に練習し、ボールというイベント(今は「KIKI」と言うそうです)で自己を解き放ち、輝きを見せる彼らの、その語りは、決して華やかなものではありませんでした。学校でいじめられたり、虐待を受けたり、親に家を追い出されてホームレスになったり、仕事もなく、ホルモン剤や手術の費用を稼ぐために仕方なく売春を始めたり、何も悪いことをしていないのに警察に逮捕されたり、HIVに感染したり、死と隣り合わせだったり…有色人種のクィアな若者たちは、未だに社会から周縁化(Marginalized)され、苦境に置かれているのです。特に、アフリカ系でトランジション(トランスではなく、トランジションと言っていました)を決意した人は「勇気がある」と言います。ゲイよりもトランスジェンダーのほうが社会の風当たりが強い、殺されることもあるのです。
家を追い出された若者たちは、「ハウス」の門を叩きます。そこには「ハウス・マザー」がいて、家族として面倒を見てくれます。「ハウス・マザー」は腕利きのダンサーでもあり、責任を持ってハウスの子たちをケアし、指導し、時には権利擁護の活動にも出かけます(オバマさんがホワイトハウスに招待してくれたシーンは、ちょっと感動的でした)。プッチというハウス・マザーが故郷の母親を訪ねるシーンも、ちょっとウルっとくるものがありました。
これはもしかしたら感じ方に個人差があるかもしれませんが、僕は登場する人たちの美しさに魅了されました。どれだけシリアスでタフな状況にあっても、犯罪に走ったりせず、ネットで誰かを叩いたりなどもせず、仲間を大切にし、自分らしさを大切にし、ダンスに全てを打ち込んでいる、その真っ直ぐでひたむきな姿、曇りのない瞳、人としての品格のようなものが、掛け値なしに美しいと感じました。胸がキュンとして、抱きしめたくなる場面がたくさんありました。
本当に観てよかったです。
ぜひ、たくさんの方に観ていただきたいです。
映画『キキ ―夜明けはまだ遠く―』は、7/15(土)11:30〜@スパイラルホールでも上映されますので、ぜひご覧ください。
『キキ ―夜明けはまだ遠く―』
英題:Kiki
監督:サラ・ジョルディノ
2016|スウェーデン、アメリカ|94分|英語
★日本初上映
※スウェーデン大使館後援作品
※アメリカ大使館後援作品
INDEX
- 僕らは詩人に恋をする−−繊細で不器用なおっさんが男の子に恋してしまう、切ない純愛映画『詩人の恋』
- 台湾で婚姻平権を求めた3組の同性カップルの姿を映し出した感動のドキュメンタリー『愛で家族に〜同性婚への道のり』
- HIV内定取消訴訟の原告の方をフィーチャーしたフライングステージの新作『Rights, Light ライツ ライト』
- 『ルポールのドラァグ・レース』と『クィア・アイ』のいいとこどりをした感動のドラァグ・リアリティ・ショー『WE'RE HERE~クイーンが街にやって来る!~』
- 「僕たちの社会的DNAに刻まれた歴史を知ることで、よりよい自分になれる」−−世界初のゲイの舞台/映画をゲイの俳優だけでリバイバルした『ボーイズ・イン・ザ・バンド』
- 同性の親友に芽生えた恋心と葛藤を描いた傑作純愛映画『マティアス&マキシム』
- 田亀源五郎さんの『僕らの色彩』第3巻(完結巻)が本当に素晴らしいので、ぜひ読んでください
- 『人生は小説よりも奇なり』の監督による、世界遺産の街で繰り広げられる世にも美しい1日…『ポルトガル、夏の終わり』
- 職場のLGBT差別で泣き寝入りしないために…わかりやすすぎるSOGIハラ解説新書『LGBTとハラスメント』
- GLAADメディア賞に輝いたコメディドラマ『シッツ・クリーク』の楽しみ方を解説します
- カトリックの神父による児童性的虐待を勇気をもって告発する男たちの連帯を描いた映画『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』
- 秀才な女子がクラスの男子にラブレターの代筆を頼まれるも、その相手は実は自分が密かに想いを寄せていた女子だった…Netflix映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』
- 映画やドラマでトランスジェンダーがどのように描かれてきたかが本当によくわかるドキュメンタリー『Disclosure トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』
- 人生のどん底から抜け出す再起の物語−-映画『ペイン・アンド・グローリー』
- マドンナ「ヴォーグ」の時代のボールルームの人々をシビアにあたたかく描く感動のドラマ、『POSE』シーズン2
- 「夢の国」の黄金時代をゲイや女性や有色人種の視点から暴いた傑作ドラマ『ハリウッド』
- ゲイタウンでポルノショップを40年近く経営していたノンケ夫婦の真実の物語『サーカス・オブ・ブックス』
- ルポールとSATCの監督が贈るヒューマンドラマ『AJ&クイーン』
- Netflix視聴者数1位を記録中の衝撃実話『タイガーキング:ブリーダーは虎より強者!?』
- ゲイのために「いい子ちゃん」から脱却したテイラー・スウィフトの真実を描いた『ミス・アメリカーナ』