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REVIEW

映画『キキ ―夜明けはまだ遠く―』(レインボー・リール東京2017)

『パリ、夜は眠らない。』と地続きなNYのクィアカルチャーの今を映し出し、2016年ベルリン国際映画祭テディ賞最優秀ドキュメンタリー賞をはじめ世界の映画祭で高く評価された作品。本当にいい映画です。必見!

映画『キキ ―夜明けはまだ遠く―』(レインボー・リール東京2017)

現在、シネマート新宿にて第26回レインボー・リール東京(新宿)が開催中です。『キキ ―夜明けはまだ遠く―』は、25年前の名作『パリ、夜は眠らない。』と地続きな、NYのクィアカルチャーの今を映し出した作品です。2016年ベルリン国際映画祭テディ賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、世界の映画祭で高く評価されました。本当にいい映画です。レビューをお届けします。(後藤純一)


 1992年、『パリ、夜は眠らない。』という映画が(特にクラブ好きな)ゲイの間で話題になりました。NYの黒人街・ハーレムで、家を追い出され行き場を失った黒人のゲイやトランスジェンダーの若者たちは「ハウス」に駆け込み、同じような境遇の若者たちと家族同然に暮らし、自分たちのコミュニティを「パリ」と呼び、上流階級の人々の所作をパロディにした「ヴォーグ」というダンスを学び、「ボール」で競い合い、エイズの恐怖と闘いながら、全身全霊でダンスに打ち込んでいく…その過酷な現実と生命の輝きを映し出したドキュメンタリー映画は、世界に衝撃を与え、サンダンス映画祭審査員特別賞やNY批評家協会賞、LA批評家協会賞、GLAADメディア賞などを受賞しました。マドンナの『ヴォーグ』の振付をしたウィリー・ニンジャらのレジェンドも出演しています(彼をはじめ、この映画に出演した方の多くが、エイズで亡くなっています)










 あれから25年の時を経て、レインボー・リール東京で『キキ ―夜明けはまだ遠く―』が公開されました。『パリ、夜は眠らない。』を知っている方たちにとっては、すぐにこの作品が、パリ夜と地続きであることがわかると思います。そして、2010年代になっても、ハーレムのBlack&Brown(アフリカ系やヒスパニック系などの有色人種)のクィアな若者たちの状況が、あの頃とさほど変わっていない、その現実の過酷さに胸を痛めることでしょう…。変わったのはヴォーグのスタイルくらいです。
 
 そう、ヴォーギングはもうマドンナの『ヴォーグ』の時代とはずいぶん変わっています。音楽自体がHIP HOPとミクスチュアされたテイストになり、MCがDJに合わせてラップを入れるし、ダンスも、あの超高速なハンドパフォーマンスだけでなく、しゃがんで足を交互に前に出したり、激しく床に背中をつけたり(観客から「アーッ!」という合の手が入ります)、以前とはだいぶ違ったスタイルになっています(実は『マジック・マイクXXL』でチャニング・テイタムもこのスタイルのヴォーグを見事に踊っています)。惚れ惚れするくらいカッコいいダンスをカメラの前で次々に披露してくれる若者たち…シビれます。
 しかし、夜の公園でヴォーグを必死に練習し、ボールというイベント(今は「KIKI」と言うそうです)で自己を解き放ち、輝きを見せる彼らの、その語りは、決して華やかなものではありませんでした。学校でいじめられたり、虐待を受けたり、親に家を追い出されてホームレスになったり、仕事もなく、ホルモン剤や手術の費用を稼ぐために仕方なく売春を始めたり、何も悪いことをしていないのに警察に逮捕されたり、HIVに感染したり、死と隣り合わせだったり…有色人種のクィアな若者たちは、未だに社会から周縁化(Marginalized)され、苦境に置かれているのです。特に、アフリカ系でトランジション(トランスではなく、トランジションと言っていました)を決意した人は「勇気がある」と言います。ゲイよりもトランスジェンダーのほうが社会の風当たりが強い、殺されることもあるのです。
 家を追い出された若者たちは、「ハウス」の門を叩きます。そこには「ハウス・マザー」がいて、家族として面倒を見てくれます。「ハウス・マザー」は腕利きのダンサーでもあり、責任を持ってハウスの子たちをケアし、指導し、時には権利擁護の活動にも出かけます(オバマさんがホワイトハウスに招待してくれたシーンは、ちょっと感動的でした)。プッチというハウス・マザーが故郷の母親を訪ねるシーンも、ちょっとウルっとくるものがありました。
 
 これはもしかしたら感じ方に個人差があるかもしれませんが、僕は登場する人たちの美しさに魅了されました。どれだけシリアスでタフな状況にあっても、犯罪に走ったりせず、ネットで誰かを叩いたりなどもせず、仲間を大切にし、自分らしさを大切にし、ダンスに全てを打ち込んでいる、その真っ直ぐでひたむきな姿、曇りのない瞳、人としての品格のようなものが、掛け値なしに美しいと感じました。胸がキュンとして、抱きしめたくなる場面がたくさんありました。
 本当に観てよかったです。
 ぜひ、たくさんの方に観ていただきたいです。
 
 映画『キキ ―夜明けはまだ遠く―』は、7/15(土)11:30〜@スパイラルホールでも上映されますので、ぜひご覧ください。


 
キキ ―夜明けはまだ遠く―
英題:Kiki
監督:サラ・ジョルディノ
2016|スウェーデン、アメリカ|94分|英語
★日本初上映
※スウェーデン大使館後援作品
※アメリカ大使館後援作品

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